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妖蔓延る世界のお話。  作者: 書き手のタコワサ
妖蔓延る世界のお話。対校戦準備編
173/209

落とし物

 炎と水流がぶつかる。

 雷と岩石が。

 風と焔が。


八乙女伽耶。

蛇という組織における、三幹部の一人で、五つの適性と三つの自流の属性を操る、神ノ国でも珍しい八つの適性をもつ人間。


神ノ国政府より掛けられた賞金額は、約三百両。

罪状を列挙すると暇が無くなるほど。


 氷結と焔が。

 岩石と雷霆が。

 竜巻と──が。


佐久間時臣。

歳は三十と三ヶ月。

弟と共に野良の術士として活動中に、通りがかりの弁財に轢かれてそれ以降神園学園に勤務している。

弟は二つの適性をもち、それをうまく使って戦う。

弟とは真逆の評価を生徒からされており、近づき難いらしい。


兄である時臣は三つの適性と二つの血筋からなる術。

計五つの適性を持つ。


 岩で作られた拳と、それを穿つ風の槍が。

 炎で作られた刀と、それを打ち消す水流が。

 雷で造られた三つの龍を、それを切り刻む──。


実力は、拮抗しているとは言い難い。

相反する属性やそもそもを打ち消すような威力で無に還される。

時臣が幾ら術を放とうと、八乙女はそれを全て相殺するのだ。


「…弱い、弱い。こんなものですか?私には分からない…何故あの御方はこんな些事を…」


肩で息を吸う時臣とは対照的に、“こんなものか”と肩を落として落胆する八乙女。

ため息を吐き、買ってもらった玩具に興味をなくした子供のように、八乙女は視線をはずした。


時臣は、その瞬間を待っていた。

弱者に徹し、只々弱い人間だと錯覚させた後。


極小の術力。極小の動作。極小の音。極小の一撃。

地面の内に忍ばせた、死角から放たれる、心臓を的確に撃ち抜く術。


地面の内、自らの足下に岩の術力を固め、弾丸の様に鋭く尖らせる。

後はそれを、八乙女の心臓を打ち抜ける様に調整するのみ。


(打ち抜けた、後はなるように…)


打ち出した岩の弾丸は、八乙女の背骨を砕き、心臓を貫いた。

血を吐き、時臣を睨みながら地に斃れる八乙女。


 確かに、彼女の生命活動は終わった。

心臓を撃ち抜かれ、背骨を砕かれ、常人ならば即死するであろう状態。


が。

その女は、蛇を愛する者。蛇の為、あの御方のため。

あの御方に愛される為、あの御方を最後まで見守る為。


彼女はすでに、人である事を辞めていたのだ。


「──ああ、叉白様。」


虚空に向かい、女は一人独白する。

自らを救ってくれたあの御方を、自らを救済して(たすけて)くださったあの御方に、少しでも報いるため。

人を辞める事で報いることが出来るのであれば、これ程実行しやすいものは無かった。

ただただ、狂気として。

地球の自浄作用の様に、“それはそうあるべし”といふよふに。


「私は、今一度、“蛇”に成りましょう」


斃れた八乙女を、血が囲む。

それは方陣へと成り、人から、“怪物”に成っていく。

彼女は、蛇は、生命などをこう考える。

“消費される物”、と。

無論、死ねばそこで終わりだが、蛇として、目的が達成出来れば、自らの命など、容易に投げ出す程の価値しかないと。


「あ──」


 既に女は死んだと、高を括っていた時臣は自らを戒める。

自らを殺そうと這い寄る幾百の蛇。

その一匹一匹が、人一人ならば簡単に殺せる体躯で、妖すらも呑み込むような大口を開けて、自らに襲いくる。

時折蛇を殺しながら、尚も逃げ続ける。

時臣は、自らを戒めると共に、こうも考えていた。

“俺でよかった”と。

もしこの狂気が生徒達に向いていたと考えれば、それだけで恐ろしい。


当時荒れていた俺たち兄弟をぶん殴って学園に迎えてくれた弁財に漸く顔向けできる。


「──」


俺は笑う。

未来の為?そんな大層な物じゃない。

どこまで行っても、どこまで教師であろうとしても。

所詮自分はろくでなしで、教師(おしえるもの)を名乗るなど何年も早かったのだ。


「…懐かしいな、敏明」


感傷に浸る間もなく、蛇は自らを噛み殺そうと寄ってくる。

何匹か殺して気付いたのは、こいつらは生来の蛇ではなく、蛇を模って生まれた、ただの無機物だ。


本体を殺すのは無理だ。

あれで殺せなかったのなら、今の俺にあれを殺す手段は無い。

ならば。


「──情けねえが、頼らせてもらうぞ」


空に向かい、爆裂する弾を打ち出す。

俺らを教師の道に引き摺りこんだ、“化け物”を呼ぶため。

恐らく今のあいつは、当時の状態に近いだろう。

あいつは語りたがらないが、俺には分かった。


あいつは、本質は殺人鬼と対して変わらない。

“殺したいから殺す”ような方ではなく、“これしか方法を知らないから”という方だが。

妖を殺し続けるのも、何かの贖罪のようになっているのだろう。

何への罪悪感かは分からない。

そも、俺が知ってる内は、あいつは歳を取ってないんじゃ無いかってくらい外見が変わらない。

だから、俺より若いかもしれないし、そうじゃ無いかもしれない。


ただ一つわかっているのは。


あいつは、弁財紫煙は。

必ず、ここに来るということだけだ。


「──ああ、クソ。毒か」


立っているのがやっとな程、俺は消耗している。

だが、俺はやれる事はやったぞ。

あの化け物を、生徒から大分遠くに離した。


「──!そうか、これが、蛇の」


意識も朦朧としてきた頃。

空に見える、一筋の煙。俺は、それに酷く安堵した。


弁財に伝えなければ…分かった事実を。


自らから流れ出た物を使い、木の幹に文字を書く。

あいつに必要かは分からないが、一応。


「あばよ、世界。またな、おと──」

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