真白い真白いお月様
それは、四人を包み込む、暖かく眩い光。
それは、折れた心を立て直す、強く眩い光。
お月様に見護られ、お月様に見守られ。
動かぬ体が、一人でに。
地に手を突き立て、自らの体を起こす。
男が見る景色は、果たして何なのか。
希望とも違い、絶望とも違う。
「──!」
「おんやぁ──!?」
肩で息を吐き、その身を白日の下に晒す。
目を見開き、口角は限界まで吊り上がり、目の前の男二人を見る。
が、片方の男は、起き上がった男の瀕死の様を、よく知っている。
逆に言えば、もう片方の男は、この男が瀕死かは解らない。
「──そいじゃ、一足お先───」
ぐりん、と眼が男に照準を合わせる。
大柄な男は、自らを捉えた目に、僅か一瞬ばかり怯んだ。
「──!やば」
男の頬を、“見たこともない”物が掠める。
ゆらゆらと彷徨うそれは、意思を持つ刃のよう。
「…こりゃあ、まじぃのぅ」
「…手を貸せ、流命大将」
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ああ、お月様が見てる、お憑き様が見てる。
体の奥底から、何かが引っ張り上がってくる。
軽い眩暈と、吐き気を伴って。
鳴渡の体は、既に限界を超えていた。
一度心臓が止まり、更には意識までもが刈り取られた。
外部からの干渉こそあれど、中にいる“過保護”で、“眠る”という行為を知らない者が見たら。
二度目の死。
対岸に渡りかけていた魂が、無理矢理体に戻される。
行っては駄目だ、と。
四本の腕が、彼の魂を取り押さえる。
そうして、魂は体へと戻り、おしまいおしまい。
となる事はなく、過剰に反応した防衛本能が、自らを殺そうとした者、自らに近づくものを無差別に攻撃している。
『其は、天すら守護する極光』。
鳴渡を照らした月は、狂気。
そのものが持つ負の感情、“攻撃的な負の感情”を増幅させ、恣意的に暴走させる。
それは、まるで獣の様。
現に、琥珀の腕は微動だにせず、追随するはずの機能は、既に応答を辞めていた。
「──!」
「何を言っとる!?」
最早人の言葉とは聞き取れず、放つ言葉は言葉でなく、故に理性も無く。
「──」
それは、琥珀に包まれた。
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綺麗だ。
最初にそれを見て、そう思った。
天に浮かぶ筈のない月は、確かに私を照らしている。
「──ふふ」
ああ、何処か気分がいい。
柄にも無く昂ってしまっている。
こんなみっともない姿、私の頭の中だけにしまっておこう。
「──まだ、立ちますか」
「…俺は、負けるわけにはいかん」
ルルリエの格闘術を主軸に戦う、他校の生徒。
名前は分からないが、所詮覚える価値もない程、弱い。
「──カラリ」
「っ!?」
私の術は、空間を操る。
空気中の水分、酸素量、窒素量、二酸化炭素量、そして、“空気中に無い物も生成できる”。
簡単に言えば、“相手の周りにだけ、言葉に反応し爆発する成分”を大量に作ればいい。
「──カラカラ」
術では無いから、躱しづらく。
術であるから、防御も出来ず。
防御は不可、回避も困難。
それが、私の術なのです。
まぁ、弱点もあって。
要は私が、言葉を発せないほど追い込まれる、若しくはそれに近しいと、多少苦しいです。
「──シッ」
「──ボン」
相手の足元が爆ぜる。
私に向かい振り下ろされたであろう拳も、無下に空を切る。
ああ、弱い。
この程度で。
「──グサリ」
「!!」
相手の足に、刃が刺さる。
脹脛の下部、足首と足を繋ぐ橋を、落とす。
この程度で、術士を名乗るのか。
襷さえ奪ってしまえば、この戦闘も終わる筈。
「──グサリ」
相手の拳に、刃が刺さる。
深々と、二度と拳が握れない程。
相手の表情に、苦悶の色が浮かぶ。
あと一歩、後一刺しで、襷を奪える。
あと、一刺し──。
顔に叩きつけられる、男の拳。
大きく振りかぶり、頬を打ち抜かれる。
私はどこか、他人の様に私を見ていた。
体が三度ほど、地面を跳ねる。
木にぶつかって、私の体は漸く止まった。
腹の奥から、血の塊が迫り上がって、口から飛び出す。
頭は、視界はぐわんぐわんと揺れ、胃からは胃液が沸き上がってきそう。
「…俺は、女だろうと、殴る」
「──ゴホっ、ゴホっ」
鼻から、血が出ている。
それを腕で拭う。
昂っている。
痛みすら、私をどこぞかに引き上げる。
「──ぐさり」
「それは、もう効かん」
男が足を踏み出し、勢いに乗せ拳を振るう。
それは、私を十分戦闘不能に出来る威力だろう。
だが。
それを、まともにくらってやる道理はない。
「──ぱきん」
空気中の水分を凍らせる。
自らの真正面に、壁を作るように。
「──もう、それは効きません」