刀神 大嶽ノ命
深石が神に挑み、無惨にも散るその僅か五分ほど前。
ばったりと会ったとある二人が、神をどうにかする案を講じていた。
「…おぉ、お前さんは…氷皇の」
「──アンタは、流命の」
二人の大将は、戦闘に入る事なく、神に対して“どう生き残るか”の相談を重ねた。
僅か五分、されど五分のやり取り。
その五分で、双大将は、それぞれを信頼に足ると判断するしたのだ。
「──そいじゃあ、殿は任せよ」
「…ああ、頼むぞ」
このやり取りの五分後、深石はその命を散らす。
厳密にはまだ生きてはいるが、それは相手が“神”という存在であるが故。
人の生に興味など無く、ただの塵芥としか感じぬ存在が故。
人という存在にすら、本来は興味が無いのだから。
路傍の石を幾つ数え、覚えようと次の瞬間には他に興味が移るように。
神にとって、人とは何でも無い。
これが狐や鬼ならば、せめて楽に死ねたのかもしれない。
あれらは人に対し並々ならぬ執着をもつのだから。
「…匂う、匂うぞ」
天から降り頻る雨に身を打たれ、その男は、神の目の前に立つ。
「──い〜い日だねぇ。君もそう思うだろう?響くん」
「…」
朗らかな表情とは裏腹に、纏う気迫は鬼人が如し。
神が睨もうが、それをそよ風の様に受け流す。
「おぉ〜…怖い怖い」
神が大太刀を振るう。
それは空を裂き、男が立っていた位置に大きな傷痕を残す。
が、血は飛び散らず、肉を斬った感触も無かった。
ふと、周りを見渡す。
斬った筈の木々はいつの間にか、自らを越すまでの大きさに成長していた。
「…」
「ほらほら、こっちじゃ。鬼さんこちら」
手を叩き、男は神を呼ぶ。
馬鹿にするように。
まるで子供を呼ぶように。
それが、神にどう聞こえたかは分からないが。
「──うぉ」
中標はその場から飛び退く。
すると、数瞬遅れて、先程まだ自らがいた場所が斬れる。
「…長いのぅ。思った倍はあるかのぅ」
中標は少し額に汗をかく。
この苛烈とも呼べる斬撃の嵐をいつ迄避けられるか分からないから。
身を翻し、反らせ、その場から移動し続ける。
人には見えぬ筈の斬撃を、中標は躱し続ける。
縦振りを右に避け、横薙ぎを跳んで。
何故、無意味とも取れるような事をしているのか。
「──逃げられん。あんな約束をされてはな」
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『嵐が暴れとる、お前ならどうする?』
『…晴れるまで待つ…のは得策じゃ無いな。多分あれは収まらないからな』
目の前に立つのは、氷皇の大将。
俺の胸元辺りまでの体高、片手でひょいと持ち上げられそうな程、その身は軽そうに見える。
が。
こりゃあ手を出しちゃいかん。
頭が、理性が警鐘をならす。
昔、室山の漁船に乗せて貰った時の事を思い出しとった。
その時は、投網では無く釣りでの漁獲じゃった。
なっつかしいのぉ、こん体があんな小ちゃい魚に持っていかれそうになった。
目の前の男から、それに似た雰囲気を感じる。
『──聞いてるか?』
『!おお、聞いとるよ』
話の内容はこうじゃった。
まず、氷皇の大将が自らの術で幻影を作り、それを神に斬らせる。
そうして、斬られた後俺が神の前に立ち、可能な限り攻撃を避け続ける。
そして、俺の限界か、大将の準備が整い次第、神を響くんの中に返す。
『封印するんじゃ無いのか?』
『無理だ。ここにある装備じゃ、あれは封印出来ない』
『…勝算は?』
『無いに等しい。全てがぶっつけ本番だ』
氷皇大将はこちらを見、ニヤリと笑う。
『──やるか?』
『勿論じゃ』
そう聞かれたら、断る方が阿呆らしい。
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地面を二回蹴る。
そろそろ限界、という合図。
服の一部は切り裂かれ、破片すら残らんかった。
「──っそろっそろ!限っ界じゃのう!」
「──」
眼前の神様は、その言葉を聞こうと太刀を振る手を休めない。
どんな生物であろうと、獲物があと少しで死ぬと分かっていれば、本気を出さずに仕留めにかかる筈だ。
「──」
まるで機械だ。
まるで絡繰だ。
燃料切れを起こさない、的確に俺を殺す、人間を殺そうとする絡繰だ。
「──やっちま」
ずるりと、足が滑った。
地面を見れば、泥濘んだ沼の様になっていた。
足を取られた。
起き上がるのには、十秒程を使うだろう。
そんな隙を神様が作るはずも無く。
すぱりと、正に一刀両断。
哀れにも、回環大将は真っ二つになってしまったのでした。
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「…夢心地っちゃろ?響くん」
「──」
神様は後ろを振り返りました。
そこには、先程殺した筈の人間がいたのです。
大太刀を男に向け直し、神様は鋭い一閃でもって男の首を吹き飛ばしました。
確かに、肉を斬った感触がありました。
首が吹き飛んだのも、目に映りました。
なのに、男の声が耳に入ります。
「──お生憎様、俺の術は特殊じゃけ」
神様はやたらめたらと大太刀を振います。
男の声は消える事なく、神様の耳に入ります。
「──響くん、最近寝れてなかったじゃろう?目の下の隈が酷かっちゃよ」
「──!」
神様は大太刀を振るおうとしましたが、振るえませんでした。
それもその筈。
何せもう、鳴渡響の体が眠ってしまっているのです。
所詮は鳴渡の体を“借りて”現界している神様は、鳴渡が動けなければ同じように動けないのです。
「──」
「…あんたに聞こえちょるかは分からんけど」
神様は、笑いました。
神様は、わらいました。
カミサマはわらいました。
かみさまはわらいました。
「…嗚呼」
「!」
神様は微笑みました。
神様はほほえみました。
カミサマは微笑み、涙を流しました。
「──」
「…楽しかったぞ、響。嗚呼、ゴメンな。お前を守れなかった」
その言葉を吐いた瞬間、鳴渡の目と髪の色が黒く戻り、その身体が地面に倒れた。
大人しい寝息を立てながら鳴渡響は現世に戻ってきたのです。
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「…お、終わってる」
膝に手を付きながら、深石が木々を掻き分けて来る。
ため息を吐き、一時の勝利を噛み締める。
“死んだ”深石は偽物だったが、実際深石は三度、神からの斬撃を避けている。
その鍛えに鍛え上げた目で、ほぼ未来予知にも近い様なその力で。
深石がやって見せたのは、未来を見る事ではなく、自ら直感に従い、避け続ける事でもない。
“自らの死を見る”。
どういう風に自分は死んだか。
飛び退いたら縦に斬られた。左に避ければ転んでしんで。
自らの死の可能性を可能な限り炙り出す。
数千、数万という可能性を、零コンマ数秒の間に、脳で処理する。
「──おお!こっちじゃ!」
朗らかに手を振る中標に感じたのは、まるで十も二十も離れた大人を見ている様。
「結局こいつは抜かんかったわ」
「いや、実際殺しは御法度だろ?」
中標の鋭い目が、深石を貫く。
朗らかな雰囲気からは一変し、この場はまさに一触即発。
深石は虎の尾を踏んだと自らを戒めた。
「…そういや、そうじゃったな」
そんな深石の自戒とは真逆に、中標は朗らかな表情に戻る。
「──殺しは、御法度だったのぉ」
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漸く朝日が登り始めた頃、それは接敵した。
「あら。教師二人でしたか。まぁ、あなた方の首でもいいでしょう」
「──」
呪いを口から溢れさせ、辺りを汚染する死体の塊。
そして、それを従えている、一人の女。
「…お前、知り合いか?」
「いえ、知らないひとです」
教師陣、両者共にその女に見覚えは無く。
その事実に、死体の塊がうごうごと胎動する。
それは、吐瀉。
人が胃液を撒き散らすように、それは呪いを吐き出した。
教師二人は其々、左右に回避し、戦いは始まった。
「──一応、自己紹介を」
女は腕を天に向け、高らかに宣言するように。
「私は、八乙女伽耶。“蛇の頭”にして、叉白様の“妻”にございます!」




