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妖蔓延る世界のお話。  作者: 書き手のタコワサ
妖蔓延る世界のお話。対校戦準備編
167/209

神封じへの軌跡

 「──なんだ、あれは」

「…駄目ですね、脳が理解を拒んでます」


対校戦会場のの森から約百粁ほど離れた地点で、“監査役”と銘打たれた教師二人が端末を見ていた。


片方は神園学園常勤、佐久間時臣。

もう片方は氷蘭皇制高等術士教育学園から、天津咲。

二人ともが、単独で中妖までなら傷一つ無く払える程の実力者である。


「…斬撃?って見えるんですね」

「いや、俺も術士歴は長いが、飛ぶ斬撃なんて神無月位しか知らないぞ」


二人の眼に映ったのは、確かに斬撃が飛んだ様。

佐久間は今まで戦った百を超える妖の攻撃法から似た妖を探していた。

天津は、佐久間はどの経験は無いものの、大妖を何度か払った経験から、あれがそれ以上の脅威である、と結論付けた。


二人の思考には、似た物があった。

“あれは、自分達では手に負えない。”そんな思考が、二人の頭にはあった。


ふぅ、と佐久間がため息を吐く。

佐久間の頭には、“逃げる”という選択肢があった。

簡単な話、あれがいつこちらに刃を向けるか分からない為、自分らでは無い教師に任せた方がいいのでは無いか、というものだ。

が。


天津の頭の中には、“逃げる”という選択肢は無かった。

ペロリと舌を出し目が血走る様は、正に戦闘狂と言って差し支えないとすら思えるほどだ。

無論、あれをどうにか出来るというものでは無い。

あの場にいた水曲が賽の目状に斬り刻まれる未来を見させられた様に、“神ノ国中”どこに居ようが、あの刃は届くだろう。という予感にも似た確信があった。


「…他校の教師に聞く事でもないが、あれをどうにかできると思うか?」

「──無理ですね、絶対」


「…そうだよな、だか「ですが」…」


天津は口から出かけた唾液を手の甲で拭い、血走った目で森を見る。

その目を見た佐久間を、“ああもう何言っても駄目だ”と思わせる程、天津は笑っていた。


「生徒を守れず、“教師”なんて名乗れませんよ」

「──まぁ、好きにしろ。尻拭いはしてやる」


よっしゃぁ!と腕を振り上げる天津に、佐久間は何処か危機感めいたものを抱いていた。


──────────────────────


 「──ありえへん、あれが、“神”やって言うんか」


一人、水曲源足は枯れ葉の上に膝を付く。

圧倒的な実力差?違う。

圧倒的な恐怖?違う。

彼は心の底、魂に至るまで、“あれ”はどうしようも無い。と悟ってしまったのだ。


「…あんなの、俺らが幾ら束になった所で敵う訳無いやんか」


頭を抱え、木の虚に座り込む。

絶望的な、格の違いをまじまじと見せられた。

その目からは、涙が溢れていた。

“あの日”以降、流さないと決めた涙も、堰を切ったように流れ出す。


「…せやけど」


か弱い心を奮い立たせる。

もう何度折れたかわからない心を、何度も奮い立たせる。

母が死んだ日も、それ以降も、周りの人に救われ、支えられて、今の俺が居る。

ならば。

今度は俺が、鳴渡(こうはい)を助ける番だろう。


頬を叩く。

自らに喝を入れるように。

弱い自分を追い出すように。

もう一度、何度も何度も立ち上がる。


もう、気付けは十分だ。


「弱い先輩ですまんなぁ、鳴渡」


目標を見据え、男は歩を進める。


「その厄病神から、助けたるわ」


──────────────────────


「──ア゛ァ゛っ!」


それは、何処からかの暗闇より姿を現した。

眼前に転がる三つの死体に何かを唱えると、三つの死体は混ざり合い、一つの生命体となった。


「──死んだとしても、あの御方の役に立て。ゴミ共」

「──」


それと生命体は、黒い森を闊歩する。

三つの口から呪詛を吐き、妖の等級に合わせれば、恐らく大妖を優に超えるであろう死体の塊と。

何処か恍惚とした表情を浮かばせながら、姿勢正しくあるく女が。


「──あぁ。あのガキを始末すれば、あの御方は褒めてくださるでしょうか?いいえ!始末するだけでは勿体無い。あのガキの中には神擬きが宿っているのですから、せめて利用してから死んで貰いましょうか…」

「──」


死体の集合体は何も話さない。

六本の腕、五本の足、三つの口、四つの目。

この世の物とは思えない程、“生物として”何もかもから乖離している。

体をピクピクと震わせ、口から汚泥のような呪いを吐き出し続け、森を汚染していく。


えらく饒舌な女と、喋るという機能を奪われた死体の塊。

その一人と一つが、神に憑かれた少年を目標として歩き始めた。


──────────────────────


 また一方で、人が死ぬ。

飢餓で、感情に任されて、病気で、事故で。

自ら、呵責の果てに、他人からの責苦の果てに。


そんなヒトを。

ただ私はただ黙って見ていた。

狐の様に人に優しい訳では無かった。

鬼の様に人に対し期待しているわけでもなかった。


 神ノ国では、日々人が死んでいく。

未来が満ち溢れている若者が。

老人が老いた先に。

生まれるはずだった命に火がつかず。

脈絡ない暴力によって。

病に斃れて。


飽きるほどの死を、見た。

狐の様に“それはそれ、これはこれ”と割り切れる程、強く無かった。

鬼の様に“まぁ、そんなものだな”と無関心では居られなかった。


 「…」


パチパチと燃える焚き火に、今日も骨が落ちる。

名前も知らない、赤子の骨だった。

髑髏の大きさが、私の掌と同じくらいだった。


それを火に焚べると、焚き火はごうごうと燃え盛る。

そんな火を、ただ虚な目でみる。


 神には、基本的な執着は無い。

狐や鬼の様に、人間と密接に関わっている神なら別だが、私は違った。

信仰は細く、力も全盛期からかなり落ちた。

体は痩せ細り、大きさは縮んだ。

唯一、背に背負った大太刀だけは、形を変えることはなかった。


「──あぁ」


頬を一筋の水が滴り落ちる。

それはやがて、大雨の様に土砂降りの様に降る。

神が、泣いている。


最早、神は虚勢だけで立っていた。

狐が、鬼が、日々着々と神事を行うのを、遠くから一人で見つめていた。


私には、■■が居ない。

広い広い世界に、神は一柱。

ただ万華鏡の様な人間の世界を見る事が、唯一の楽しみだった。


そうして、人間の世界を見ていれば、無論、目に入れたく無い物も目に入る。

差別、虐待、理由の無い迫害。

脅迫、詐称、謂れなき争い。


「…」


そうした物で汚れた眼は、とっくに光を忘れてしまったのです。

“ヒトは、こうも簡単な理由で同族を殺す”のか。

カミサマは心底人間に呆れていました。

カミサマは心底人間に軽蔑していました。


そんな中に、狐から召集の声がかかりました。

要は、“ちゃんとして居られる様に、偶には肩の力を抜いて、三柱で話そう”という物だが。

前回は狐の場所だったから、今回は鬼の酒場でした。


そこで、神様は“人間”に会ったのです。


鬼の見てくれをしているが、魂に神力は無く。

鬼の見てくれをしているが、角は小さく。


そして、厭な臭いを放っていました。

人間の、臭いでは無く、なにかもっと厭な物でした。


神様は、人間に刃を向けていました。

人間を睨み、自らよりも大きな太刀で、顔を裂きました。


そこは狐の機転で事なきを得ました。

ですが、人間が消えた後も、鬼との間には険悪な雰囲気が漂っていました。


狐と鬼の気を利かせた対応により、集会はお開きとなりました。


ですが、カミサマはあの人間をどこか忘れられませんでした。

そこで、カミサマは鏡で人間を捜しました。


カミサマは知りました。

彼の名前が、鳴渡響という名前である事。

彼が自らの力に見合わない鍛錬をしている事。

彼が力を求めている理由を。

彼の周りに渦巻く、何処か恐ろしいモノを。


そうして、カミサマはその人間に夢中になりました。

自らを殺す程の訓練。

死んでも構わないと言わんばかりの特攻の様な攻撃。

防御を完全に捨て、敵に立ち向かう様に。

カミサマは、心を奪われたのです。


 元来、■■■■■■■■は戦闘を得意とする神様でした。

その眼には、燻っていたのです。

かつて、“戦神”とまで呼ばれた時の、闘志の焔が。


「──久しぶりだ。酒が美味い」


とうに味を感じる事が無くなっていたのに。

どんなに美味だと言われる飯を食べても、砂を食べている様な感覚だったのに。


たった一人の人間に、カミサマは救われたのです。

人間らしい、とカミサマは自らを扱き下ろしていました。


そんな折、カミサマは自らの世界に入ってくる存在を感知しました。

いくつもの恐ろしい気配と、一つの、何処か暖かい気配でした。

飛び出して確認してみれば、侵入してきた人間は、鳴渡響でした。


カミサマは頬が緩むのを抑え、辺りを見渡します。

いくつもの黒い腕が、彼の周りを覆っていました。

それを一刀に伏せ、カミサマは鳴渡を救いました。


あの腕の正体は、呪いでした。

神代から続く、忌み物の呪い。

かつて神の世に生まれ出た、一雫の呪い。


我が母を飲み込んだ、忌々しい呪いでした。


そうして、鳴渡に怯えられながら、カミサマは鳴渡を人の世に帰しました。


自らの力の一端を鳴渡に与えて。


──────────────────────


 神が刀を振るう。

それだけで、空気が裂け、簡単な真空を作り出す。

真空には、術の元となる霊力素も無く、自らの体内に元からあるだけの量で戦うことを強いられていた。


「──あっぶね…」


男の眼前を、大太刀が通り抜ける。

男は、現在参加している術士の中で、最も強いと自負していた。

実際、鳴渡という異分子が無ければ、下馬評は覆らなかっただろう。


男の名は、深石(しんごく)(みどり)

氷皇の大将にして、“調子に幅があり過ぎる”という理由で前回の対校戦参加を見送られた人間だ。


「…見えるようになってきたわ。その斬撃も」


彼の特筆して秀でた部分は、目と、それを支える視神経と見た物を高速で処理できる脳にある。

彼の目は、凡そ百粁離れた位置の物を正確に捉え、それがなんで合ったかを瞬時に答える事ができる。


“斬撃が、刀をどう振られるか見え、分かる”。


これは、またとない勝ちの絶好の機会だった。


確かに、彼の目は斬撃を捉えていた。

だが、どんな所にも異常は発生するもので。


「──っ、ヤバ──」


彼の目に、砂が入った。

たまらず目を瞑った彼を誰が責めれようか。


見るも無惨に、“唯一”神にいい勝負ができた人間は、死んだ。

顔を、真っ二つに裂かれて。


ただ、最後まで、深石は何かを計画していたようで。


神様は気づかない。

今数瞬の戦闘が、自らを封じる為に造られた幻覚だと。

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