対校戦、第一夜、神の夜。
それは、対校戦開幕の、凡そ三日前のこと。
何やらきな臭い物を感じ取りながらも、水曲は色々とあって学園に足を運んでいた。
「…水門の管理は大丈夫やろか」
が、未だ学生というのに仕事に取り憑かれたようで。
考えることは術や勉学よりも家業が多い。
「…おう、水曲じゃねぇか、珍しいな」
「──っ!べ、弁財教師…な、何のようで?」
後に、水曲は自戒する。
この時、弁財教師の話を聞いていなければ、厄介ごとに巻き込まれなかっただろう、と。
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水曲は走っていた。
枝を掻き分け、小石に躓こうと、ある一点を目指して走っていた。
あかん、あれは、呼び起こしたらあかん!
人間の反応など、元より操作はできかねる。
食う、寝る、ヤる。
所謂三大欲求と呼ばれるものに、唯一勝利する物。
それは、“絶対的な恐怖”。
「不味い、不味い不味い!」
各地に散らばっていた面子が、そこに集結しようとしている。
各三年生が、各一年生が、約十六名が。
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「神ぃ?」
「…あぁ。お前なら口も硬いし、鳴渡を見張っておいてくれ」
午後六時、空き教室に絶叫が木霊する。
それは、面倒事を押し付けられた事からくる絶叫だったろうか。
一頻り頭を掻きむしった後、ようやく戻ってきた水曲は、未だ虚な目で弁財を見る。
「──つまり、鳴渡がその…神?になんかされたら死ぬ気で止めろって事ですか?」
「違う」
弁財紫煙は、人差し指を一本立て、水曲に云う。
「“死んでも止めろ”だ」
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「あの阿保教師、頭可笑しいんと違うか!?」
愚痴は止まらず、足は止めない。
半径約百粁を、全力疾走。
軽く見積もっても十分程は掛かる。
今水曲に出来るのは、自分が着く前に被害が出ない事位だった。
「“あれ”に、立ち向えって言うんか!?無茶やろ!」
──次の瞬間。
「──ひゅぅっ」
水曲は、自らの体が賽の目状に切り刻まれる“事”を見た。
ぞわりと、全身が粟立つ。
人と、“人ならざる者”、その違いをたった今、身をもって知ったのだ。
げに恐ろしきは、その距離。
対校戦が始まる前に、例の腕につけた術式で、今現在の鳴渡の場所は常に頭の片隅に在る。
その距離、凡そ八十粁。
最南端と、最北端に居る様な物なのに、そして、恐らくそれは何もしていないのだろうに。
それを、水曲は何処か警告のように捉えている。
“これ以上近づくなら、“それ”は現実になるぞ。”と。
が、水曲は逃げない。
鳴渡に対して、道無き道を行き、ほぼ一直線に向かう。
何故、ここ迄、俺は鳴渡を守ろうと動くのか。
後輩だから?何処か親近感のような物を感じたから?
恐らく、それらは合っているのだろう。
だが。
この心に有るのは、自らが細切れになる様な絶対的な力の差を見せられて尚、諦めないのは。
単に、“ここで逃げたら、格好悪いから”だ。
苦しんでいる後輩一人救えず、何が先輩だ。
苦しんでいる人間一人救えず、何が術士だ。
臆病な自分を叩く。
弱い自分を奮い立たせる。
逃げそうになる足を無理矢理言い聞かせる。
「待っとれや響!この大先輩が救ったるわ!」
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「あぁ、ありがとうなぁ、狐に、鬼」
ソレは恍惚に微笑む。
ニタリと、まるで人のように。
刀を一度振っただけで、森の半分を切り株に変えた神は、鳴渡を触りながら、鋭い牙の様な歯を隠そうともせず、刀に手を掛ける。
「お陰で、鳴渡に私の力を植え付けれた」
神が、刀を壱度振るい、二つの剣閃が放たれる。
虚空から現れた、“煙”でできた人間モドキが、文字通り霧散する。
「…だが」
先程まで天を衝かんばかりにを上がっていた神の口角は、地面へとその方向を変えていた。
そして、鳴渡の髪の毛先が金に染まり、遂に眼の色も変わろうかという所。
突如として、神の周りを琥珀色の結晶が覆う。
「──この力…そうか、懐かしいな。■■■■か」
神が刀を片腕で振るうも、結晶には傷一つ付かず。
ならばと両手を用いて袈裟に切ろうと、結晶にはまるで一つも傷付かず。
ならばと、ならばと、ならばと、ならばと、ならばと。
これでもかと、神は刀を振るう。
そうして、須臾程の時が経ち、神は尚も諦めず。
神は微笑う。笑う。嗤う。
口が張り裂けそうな程。
ならば。
神としての矜持など投げ打ち、“我”の持つ最高の剣技で。
“貴様”を打ち破ってやろう。
「──我が身は剣ならば、万物断ち、凡て切り裂かむ」
神は、自らの力の遍くを使い、一振りの刀をお造りになられた。
それは、錆びる事なく、歪む事なく、また、何物をもを切り裂く。
その刀の名を。
『天沼ノ断チ』。
「…じゃあな、■■■■」
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「なんじゃい、ありゃあ」
天高く聳える、一つの大木。
その枝に腰をかける、一人の男。
名前を中標。
回環の大将にして、室山蟹の従兄弟である。
回環には、主に二通りの生徒が門を叩く。
一つは、漁業を生業としながらも、術士としての才があるもの。
こちらは、白泣鯨、金山嵐、室山蟹が属する。
もう一つは、術士の家系に生まれながら、漁業に食指を動かす者。
こちらは、車坂一重、海月坂八幡、そして、今回の大将、中標康隆が属する。
つまり、白泣達が漁業と術士を七と三とするなら、中標達は術士九、漁業一…もしくは八と二である。
「…きれーな琥珀じゃなぁ」
琥珀に見惚れる中標の僅か十粁後方に、何かを見つめる二つの目。
縦に引き絞られた瞳孔は、まるでそれが人間でないかのように、夜目に特化した一族なのだと物語る。
「…見られとるなぁ、まぁええか」
自らが狙われている事を分かっておきながら、中標は意に介さない。
それよりも、目を引いて止まないのは、この大木に匹敵するよな巨きな琥珀。
「…美しいのぉ。だけど」
中標は幹に手を当て、枝の上に立つ。
下駄と枝がぶつかり、何処か小気味好い音が鳴る。
目を閉じ、後方に居るであろうそれに、“一応”報告する。
「あれは、とめにゃいかんなぁ」
愛刀を手に、中標は木から飛び降りる。
常人ならば骨が折れる高さであろうと、さすがは術士、振動すら起こさずに着地する。
この時、中標の脳裏には、何処か嫌な予感がこびりついていた。
その状態までは分からずも、“これ”が良くないものである事は察せた。
「…お〜お〜、風が哭いてやがるぜ」
ザワザワと、風が木の葉を揺らす。
それに混じり、何処かから血の匂いが漂う。
「…な〜んか、きな臭いのぉ」
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同時刻、蓮学の大将は頭を抱えていた。
それが何に起因した物なのかは、本人にしか知る由が無いが、歯をガチガチと鳴らし、目からは大粒の涙が溢れている。
「どうしようどうしようどうしよう…やっぱり私には術士としての才能なんて無かったんだ」
頭を掻きむしり、蓮学大将は何かに縋るように言葉を紡ぎ続ける。
それは何かに対する謝罪なのか、はたまた全く別のものなのだろうか。
「てかなんだよあの化け物!音もなく忍び寄ってきて的確に私を狙ってきやがって…」
親指の爪を噛みながら、蓮学大将は呪詛の様に言葉を呟き続ける。
目は充血し、側から見れば大分な異常者に見えるだろう。
「…そもそも、わたしにじゅつしなんてむりなんだよぅ〜」
暗い森の中で、一人いじけて泣く様は、何処か歳不相応に見える。
そんな蓮学大将に、一つの影が忍び寄る。
その影が小枝を踏もうと、何故か音は鳴らない。
「『橘香菜は、その場から動けない』」
「!?」
「やっほ、三分ぶりかな?」
蓮学大将、橘香菜に忍び寄る影とは、神園学園大将、七倣真であった。
開始とほぼ同時に、七倣は各学校の大将を狙った。
その為、橘香菜はこの対校戦中、ほぼずっと逃げている。
暗闇からぬっと現れる七倣に怯えない人間が居るだろうか、いや、居ない。
悪魔の様な形相で、七倣は橘を追い詰める。
「…鳴渡クンがなんであんなことになってるかは分かんないけど、私は汚れ役だからさ」
「ふ、ふざけるなっ!わ、私がタダで負けると「『橘香菜は言葉を話せない』」──っ!?」
「ま、大人しくやられてよ、アタシは華々しい活躍なんて出来ないから、こうやって堅実に積み上げるんだよ」
七倣の口角が吊り上がる。
蓮学大将、橘香菜。
七倣真との戦闘後、戦線離脱。
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それは、神が放ちし斬撃。
凡ゆる物を断ち、凡ゆる物を無へと帰す一太刀。
それを感じ取ったのは、とある二人を除いた全員であった。
「──っ!?」
七倣は琥珀の内から放たれる殺気の様なものに。
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「──うぉっ!?」
中標は突如として自らに襲いかかった風圧に。
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「…」
氷皇大将はこれから起こるであろう事に。
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三大将が、同じ瞬間に、同時に、全く同じ方向を向いた。
先程まで聳え立っていた琥珀の方を見た。
音もなく、それは放たれた。
“斬撃”。
所謂剣気と呼ばれる物は目に見ることが出来ない。
が、それは十五人の目に、しかと写った。
大木よりも巨きな、斬撃。
刀の一振りで、山を分割し、谷を作るような斬撃。
其れは、神の斬撃。
戯れではなく、真の力をもって放ちし一撃。
琥珀を容易く破り、森であった切り株等が今度は谷に変わったのだ。
距離にして、約五十粁。
深さにして、約二百米。
そんな谷が、たった今、神によって造られた。




