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妖蔓延る世界のお話。  作者: 書き手のタコワサ
妖蔓延る世界のお話。対校戦準備編
165/208

対校戦、第一夜。

 初めは、小さな興味だった。

確か、五歳とかその辺の頃。

母親と手を繋いで歩く、何気ない日常の一コマだった。

何か脛ら辺がくすぐったくなって、見てみると蟻が一匹自分の足を登ってきてた。


母親はそれに気づいてなくて、道端で偶然合った母友と所謂井戸端会議に花を咲かせてたよ。

だから、自分の手から僕の手がするりと抜けても気づいてなかったんだろうね。


 自分の足を登ってくる蟻を手で払い落として、足で踏んでみたんだ。

そしたら、足の先だけ動いて、何か液体を垂れ流して死んじゃったんだ。


そしたら、今度はその死体にまた蟻たちが群がってくるんだ。

それも踏み潰して、僕は気づいたんだ。


「…“あぁ、徹底的に弱者をいたぶるのはこんなにも気持ちがいいんだ”ってね」

「…」

「…ごめん、話しすぎたね。君も話していいよ。鳴渡くん」

「…」


 分からない。

何故それを俺に話したのか、何故突然俺の元に飛んできたのか。


対校戦開始の合図とほぼ同時に、この男は俺の前に姿を現した。

どうやって現れたのかは謎。

何故俺の目の前にきたのかも謎。


「…一つ、聞いていいか」

「──いいよ!何でも聞いてよ。答えられる物なら答えるよ」


何処か恍惚とした様な表情で俺を見る目の前の男に、若干の寒気を感じつつも、逃げることはしない。


 この対校戦の決まりは、所謂“得点制”。

三年生は三点、二年生は二点…というふうに、そいつが持っている襷を取るか、そいつを生け捕りにして襷を貰うかすると点が手に入るというもの。


だというのに、眼前の男は俺の襷には目もくれず、何故か身の上話をし始めた。

周りにこいつの先輩や後輩が居るのかと耳を研ぎ澄ませたが、心音は一つもしない。


確かにこの男は、単身で俺の所に飛び込んできたんだ。

その上、先制攻撃するでもなく、べらべらと好き勝手話し始める。


「──あんた、名前は?」


「…咲巳。蓮学の咲巳八岐」

「──ありがとよ、名前教えてくれて」


低く構える。

いつ相手が術を打ってきてもいいように、受け身ではあるが、後出し気味に術を出す方が避けられにくいだろう。


「うん。そっちこそ、最後まで僕の話を聞いてくれてありがとう」


咲巳は笑って俺にそう言う。

俺の頭の中には、一瞬ばかり、?が浮かんだ。


そしてその?は最悪の形を伴って俺の目の前に現れる。


「おかげで、彼、彼女らを“こっち”に呼べたから」


その言葉が咲巳の口から放たれるとほぼ同時に、背後に心音が二つ響く。

慌てて振り向くと、頬に衝撃が奔った。


「…よそ見厳禁だよ…!」

「──っのクソっ!」


何故、背後にいる二人はここに来れたのだろう。

偶然にしては、やけに出来すぎている。

それに、僅か一分ほど前までは心音は咲巳の物しか無かった。


つまりあの二人は、徒歩やそれに類じた移動ではなく、何か瞬間移動のような物で俺のそばに飛んできている?


「…うっひゃ〜流石に強いね」

「…」


額を拭いながら俺に喋りかける咲巳。

ついで口を出たその言葉に、俺はまた気を取られる事になる。


「二人とも、ぼーっとしてないで手ぇ貸してよ!」

「あいよ」

「…」


 ありえない。

だって、“三人共制服が違う”から。

一人は蓮学、一人は氷皇、一人は回環。


「ま、そういう事なんで──死なない程度に痛めつけるな」

「…悲しいな」


そう言い、二人はこちらに刃と掌を向ける。


──────────────────────


 三対一。

絶対とは言い切れないが、所謂絶体絶命というやつに、この瞬間は名を連ねるのだろうか。


「…!」


一人に注力すれば、もう二人が息のあった連携で的確にこちらに傷を負わせる。

かといって、じゃあ三人に意識を向ければ、琥珀腕の操作に頭が回らなくなる。


一人が攻めている間、他の二人が黙っているという優しいものは決して無い。

“今日初めて会った”とは思えない程、連携の取れた動きで、そして躊躇なくこちらを傷付ける。


「はぁ、はぁ」


肩で息をする。

気分は鬣犬に襲われ、弱らされるうさぎの様。


まるで俺の術を知っているように、三人は音砲を躱し、琥珀腕での音砲すらも躱す。


「──っ!」


なにか、いやなよかんがした。

正体は解らない。

背筋を伝う汗が、やけに遅く感じる。


「──あ」


痛みは無かった。

それに気づいたのは、数瞬遅れた時だった。

自らの体に、風穴が開いていた。


血を吐いた。べっとりと。

そして、体から力が抜けて、その上に斃れた。


よく物の例えで“目の前が真っ暗になる”と例えられるけれど、目の前は真っ赤だった。

自らの右腕が、音を立てて目の前に落ちてきた。


人間、死んだとしても耳は聞こえるらしい。

ぼとり、という音と、三人の話し声が聞こえた。


「…よし、任務完了だな」

「うん。これで、あの御方に褒めてもらえるかな?」

「さあね。一先ず、鳴渡の死体、運ばなきゃね」


──────────────────────


“お前、よく死ぬなぁ。”

“人間に力を貸すのは癪だが、まあいい。”

“『遘√◆縺。(わたしたち)』は心が広いからな。”


──────────────────────


 初めに気づいたのは咲巳だった。

何故か、鳴渡の死体から血が流れなくなっているから。

樹咲、九郎の二人はこれからあの御方にどんなご褒美を貰えるのだろうと浮き足立っていた。


どうしようか。


咲巳は考えていた。

後ろの二人は恐らく使い物にならない。

なったとして、精々肉壁がいいとこだろう。


いっそ、この二人を見捨てて逃げようか。


そうなれば、少なくともここで死ぬ事はない。

頭には殺されるだろうが、それはそれでいい。


逃げよう、命あっての物種だ。


咲巳が二人を置いて逃走を計った次の瞬間、咲巳の耳に何かが落ちる音が木霊する。


「──あ〜。しくったなあ」


咲巳は、その瞬間、何かを悟った。

所謂、宗教二世という生まれで、生まれてすぐに人殺しの術を教わった。


今まで、数多くの死に触れ、それを乗り越えた。

そんな、“人を殺す事”に長け、何より人殺しに恐怖を覚えなかった人間が。


恐怖している。

目の前の、なんでも無い人間に。

今から心臓を刺せば死ぬだろうか。

今から脳味噌をかき回せば死ぬだろうか。


彼は、咲巳と言う名前を貰い、蓮学に忍び込む蛇として、約一年ほどを過ごした。

元々自分は絆されることは無いだろうと高を括って潜入したのに。


「──すみません、香菜さん」


彼が口にした謝罪は、“蛇”の頭でもなく、それに準ずる様な幹部でも無かった。


「…あ〜!こんな所で死ぬのかぁ。…嫌だなぁ」


眼前に佇む、一人のモノ。

先程までの鳴渡響とは、乖離した印象を一目に思わせる。

鳴渡をこれから育つ若芽とするなら、眼前に佇む存在は、既に他者の手を借りずとも悠々と立ち、辺りを見渡す大木の様だと、咲巳は想像した。


「さようなら、世界。さようなら、僕の命」


「さようなら、申し訳ございません、香菜さ──」


咲巳の言葉は、遂に最後まで呟かれることは無かった。


──────────────────────


 ぴちゃり、血で赤く染まった地面に、両足で立つ。

ぱしゃり、『國』から引っ張ってきた大太刀を、背に携える。

すぱり、大太刀を抜き、振るう。

ずるり、数瞬遅れて、二つの首が地に落ちる。


「──あ〜。しくったなあ」


鳴渡の体で現界するのは、これが初めてだった。

狐や鬼が好き勝手するのを、端から眺めるだけだった。

だが、“これはいい”。

まるで第二の自分と錯覚する程、“鳴渡の体との相性が良い”。


右腕が無いのが少し不便だが、“わたし”には関係無い。

“無いなら、生やしてしまえばいい”。


『神気』。

要は、術で物を造るように、腕を作ってしまえばいい。

物を握れて、殴れば感触があるだけの、簡単なものだが。

出力を下げないと、鳴渡の体が持たない。


「──すみません、香菜さん」


目の前の男の、聞く価値もない独白が続く。

それを無視して斬るのもよかったが、どうせなら聞いてやろうと思った。

これでも、一応は神様だからな。

わたしは斬ることしか出来ないが。


「…あ〜!こんな所で死ぬのかぁ。…嫌だなぁ」


ああ、でも。


「さようなら、世界。さようなら、僕の命」


「さようなら、申し訳ございません、香菜さ──」


それも飽きたな。


「一刀」


「両断」


居合の要領で、刀を振り抜く。

目の前の男の、上半身と下半身が“ずれる”。

どちゃりと、肉が地面に落ちた音と共に、その男の背後の木々が音も立てず、ずれ、倒れる。


刀の一振りで、約百粁の木々を扇形に薙ぎ倒す。

神が放った一振りは、容易く森の半分の木を消し飛ばして見せた。

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