開幕、真対校戦。
釘刺と空見と開催地の下見に行き、何日か経過した後の日、訓練疲れで夢すら見れないほどにぐっすりと寝ていた。
深夜、日付が変わり、三十分程たった頃。
ドンドン、という戸を叩く音で目が覚めた。
寝ぼけ目を擦っていると、鍵が開く音がやけに鮮明に聞こえた。
「…鳴渡、響様ですね」
「……」
弁財先生に教わった事で、術士間、若しくはそれに準ずる人達には、安易に本名を答えてはいけないらしい。
それを悪用され、何か呪いを掛けられる可能性があるらしい。
「──あ、そうでしたね。…表の表札に書いてありますから、貴方を“鳴渡響”と仮定して話します」
すぅ、とその人は息を整えた後、捲し立てるように話し始めた。
「お迎えに上がりました。鳴渡響様。本日午前四時より開始となります、“対校戦”の準備が整いましたので、開催地へとご案内いたします」
さ、どうぞ。とその人は部屋の外に指を刺す。
よく見れば、何か車の様なものが止まっているのが見える。
え、てかこんな深夜に出発するの?
開催時刻とか全く聞いて無かった俺に落ち度があるのか…?
なんかこう…もうちょっと遅くというか、せめて五時とかだったら楽だったのにな。
「…あの、どうされました?」
「うぇ!?あ、あの、き、着替えるので…」
俺がそう言うと、その人はハッと口を抑え、慌ただしく部屋を出ていく。
時計に少し目をやると、針は三と五を指している。
この間釘刺達と下見に行ったあそこで、他の校の奴らと戦う。
…恐らく。
ま、普通に戦闘でしょ、突然きのこ狩りと言われても分かんないし。
制服に足と腕を通し、顔を叩く。
気合いを入れるのと、未だ寝ぼけている自らを文字通り叩き起こす為に。
「…よし」
琥珀腕もいつもより輝きが増して見える。
動きのズレも少ない。
これなら、戦える。
ふう、と息を吐き、意を決して扉を開ける。
殺される事は無いにしろ、瀕死の重傷を負ったり負わせたりするかも知れない。
なのに。
なのに、不思議と恐怖はない。
「お待たせしました、行けます」
「…はい。ではこちらへ」
案内されるまま車に乗り、走り出す。
辺りの景色が横に流れるのを見ながら、色々と思考を巡らせる。
まず、何故こんな夜間なんだ。
いまだに少し眠いぞ。
「…会場に着いたら起こしますので、寝てもらっても構いませんよ」
「…だ、大丈夫です」
──────────────────────
片町約二時間の走行を終え、例の森に着く。
森はあの日来た時には無かったような、何か別の悍ましさの様なものを出していた。
「…夜に来るとより一層暗いな」
「せやね。こっからここで戦うんか」
後ろを見ると、片手をあげてケラケラと笑う水曲先輩が居た。
もう少し後ろを見ると、何やら和気藹々とした葛原さん、空宮さん、七倣先輩が居た。
「あんな、“女子会に男は御禁制じゃ!”って言われて爪弾きもんなんや」
「それは、お気の毒に?」
泣き真似を披露する水曲先輩に、少し慰めようと一瞬考えたが、これでいいのだろうかと踏み止まる。
「──鳴渡先輩」
呼ばれた方に顔をやると、そこには空宮さんが居た。
やっぱり名家の人は和服に似た制服が似あう──っ!?
突如、体を謎の悪寒が襲う。
辺りを見渡しても、俺たち五人以外の影すらない。
全身が寒気立つ。
「──先輩?」
返答が無いのを心配に思ったのか、空宮さんが俺の顔を覗き込む。
それに比例するように、又悪寒が俺を襲う。
「…ご、ごめん。ちょっと後にして…」
「──…はい」
そういうと、空宮さんは俺から離れていく。
すると、謎の悪寒も綺麗さっぱり引いていく。
この悪寒の正体は、とか考えているうちに、どうやら他校の人達も揃ったらしい。
情報とかは無いのだろうか。
──────────────────────
「──居た。見つけた」
「…樹咲。何かお目にかかるもんでも合ったか?」
──────────────────────
「彼が、鳴渡」
「咲巳!早くこっち来なさい!」
──────────────────────
「…」
「どした?九郎」
──────────────────────
のちに、この夜のことはこう伝わる。
『四学園、その最大の失態』
『蛇の夜』と。