発注 其の弍
「なるほどねぇ。…あの腕が鳴渡くんに?良いんじゃない?僕も思ってたよ。彼はあまり刀使うの得意じゃ無いらしいし」
電話の奥から怒号が鳴る。
電話の先の相手はどうも何かが気に食わない様だ。
「そんなにそれが嫌なんだったら、貴女が何かしてあげればよかったじゃないですか」
電話の声は一瞬止み、その後また怒号が鳴る。
何がそんなに気に食わないのか、僕には全く理解できない。
生徒が強くなる事は良い事だ。
死ぬ確率が僅かにでも減るし、将来食い扶持に困る事も減るだろう。
術士として生きるも、術士の道を逸れるも、生徒の自由。
「…僕の考えは、貴女とは違うんですよ。“瑞稀さん”」
叫ぶ声を無視し、電話を切る。
親バカ…とは少し違うのだろうが、それに似た感情だとしても、彼に向けるのが遅すぎる。
一説によれば、人間個人としての人格形成は幼少期…所謂、自我という物が芽生える五歳頃から始まり、小学六年程で完成するらしい。
その多感な時期に、貴方達は“死んでしまった”。
まだ幼い鳴渡くんの大きな傷になった事だろう。
そこから約十年、彼はほぼ一人で生きてきた。
「…今更親ヅラだなんて、なんとも都合の良すぎる話じゃないですか」
彼の中で、親という存在がどういう風に変化しているのかは、僕には分からない。
彼が時折見せる、悍ましい程の“勝ち”への執着。
十傑との合宿中に起きた、あの事件。
岩雪崩と土砂崩れによる大怪我も、翠泉と神無月の助けがあったとはいえ乗り越えている。
「…まさか、その時に?」
彼の中に巣食う、なんらかの存在。
楠さんはそれを神と呼んでいるけれど、正直僕はそれを信じていない。
が、彼の身に起きたという変化。
金色の髪、真っ赤な髪、そして角。
確かに人間には不可能だ。
「──いや、考えすぎだ」
頭を振る。
それは余分な考えだと自らに言い聞かせる。
──もし、本当にその思考が当たっていたら?
術士とは常に最悪を想定し、動くもの。
もし彼が神とやらに乗っ取られた場合。
「…教師も、難しいね」
ま、今は楽観的に生きよう。
最悪な事なんて、それが起きた時にしかわからないんだからさ。
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「…おぉ」
「ん〜…まだ乖離が目立つなぁ」
黙さんに連れられて、俺は試し斬り部屋と銘打たれた所に来ていた。
巻き藁や、組み手用の何か。
そんな物が乱雑に転がり、偶に石炭の様なものが放ってある所。
そこで俺は、自分の腰ら辺に浮遊する三、四本目の腕を試運転している。
最初は、物を掴んだり投げたりといった事から。
それに慣れたら、琥珀腕に霊力を流し込み、術を琥珀腕で使えるかを試す。
「う〜ん…まあ慣れたら消えるんやろうけど、あと一週間とちょっとしか無いし、…ちょっちキツいかもなぁ」
「…まじですか」
「それに」
黙さんは指を立てて、その場に座り込む。
「──腕の方に意識が行き過ぎて、自らを疎かにしとるな」
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「──何というか、変わった武器?ですね」
「くっ、くくっ…あ〜、駄目だ。笑っちゃうわ」
早速その腕を空宮さんと七倣先輩に見せると、想定内の反応が帰ってきた。
残り十日とちょっとしかないが、その間全てをこの腕の調整に使えば、実用まで持っていけるだろう。
「…まぁ使いこなせれば頼もしいんじゃない?腕二本増えるのと変わんないし」
「──確かに、そういう点では刀よりも似合う武器かもしれませんね」
二人からの好奇の視線が突き刺さるが、確かに腕が増えるのはありがたい。
今まで何度か腕が足りないと思った事が…?
…順調に人間を辞めつつある?
いや、そんな事はない…筈。
「…やっぱり一秒くらい遅れるな」
「まじ?結構致命的じゃない?」
七倣先輩の言う通り、これは結構まずい。
それも上手く使えれば良いのだろうが、生憎それほど上手く使える気がしない。
せめてこの遅れをなんとかしなければ。
術は二の次、まずは動作から。
手のひらを開いてみる。
約二秒ほど遅れて琥珀腕の手のひらが開く。
拳を前に突き出す。
約一秒ほど遅れて琥珀腕が同じ動作をする。
「…まあ、まぁまぁですね」
「うん。マジでまぁまぁって感じ」
ふと、脳裏に浮かぶ一つの仮説。
正直できるという確信めいたものがあるが、試さなければ。
「てか、水曲先輩とか置いてきて良かったんですか?」
「だいじょーぶでしょ!…多分」