発注 其の零
「──で、なんで鳴渡クンはあそこで溜息吐きながらうなだれてるの?」
「──少し、分かりかねます」
何か、それこそ、致命的な何かを間違えたのだろうか。
そもそものきっかけは何だった?
国椚云々は置いておいて、問題は恐らく体の中にいるであろう二柱の神。
狐と鬼。
神ノ国にて信仰されている三神のうち、二柱が俺の中にいる。
そもそもは、確か御霊棲山での修行後に水泡先輩とあって…。
“水泡先輩と会って”?
今思えば、何故あそこに水泡先輩が居た?
あそこは、御霊棲山は入れば出られない磁場の狂った森、俺が降りた切り立ちすぎた崖。
雑多な妖なら一噛みで殺せる獣たち。
例え俺より何倍も強くても、そんな所をのほほんと歩ける人だろうか。
あの雰囲気だ、何の考えもなしに歩いていた事も否定できないが、それでも少し引っかかる。
「…はぁ」
「あれ、何回目?」
「──数えている限りでは十八ほどです」
手を開く、閉じる。
あの二柱、狐の神と鬼の神が居る場合、それはどこに居るんだろう。
腕、足、腹、胸、はたまた心臓や脳みたいな所にいるかもしれない。
何も分からない。
俺の体の事なのに、何一つとして分かっていない。
そして、ついさっき起きた別の変身。
七倣先輩曰く、髪が伸びただけ、黒い髪だった。
空宮さん曰く、先輩の中に居るのは“夜見ノ大神”という神。
神話には明るく無いからか、夜見ノ大神という名前は聞いたことがない。
空宮さん曰く、三神の産みの親…らしい。
神に産むという概念があるのかすら知らないが、古い家の空宮さんがそういうなら恐らくそうなんだろう。
「──なんか馬鹿にされた気がします」
「マジ?心とか読めるの?」
…辞めよう。
これからの問題は三つある。
一つ、山や対弁財先生戦で起きた、所謂暴走を防ぐ方法を探す事。
一つ、それを防げたとして、何か体に異変、つまり“防いだ、抑制した後、術が使えない”等の問題などの回避方。
一つ、何も起きない、もし中に何も居なかった場合、何が起きてああなったのかの解明。
先は長い。
下手すれば一生付き纏う問題だ。
もし学園を卒業し、術士の道に進まないとしても、街中や往来で突然頭痛に襲われるのは避けたい。
術士の道に進むとしても、何かわからない物が自分の中にいるのは気持ちが悪い。
かといって、この正体をバラして良いものなのだろうか。
真名やその正体が割れた瞬間力が倍増するのは妖にもある事だ。
その延長線上にあるだろう神が、似た様な力を持っていても何もおかしく無い。
「…」
そんな物が中にいるのに、俺は今のままで良いのだろうか。
もっと強くならなくてはいけないんじゃないか?
「…よし」
体を後ろに倒し、反動をつけて立ち上がる。
土埃を払い、息を吐く。
この空間は、最高の空間だ。
術士しか、その卵しか居ないのだから。
遠慮する事は無い。
思う存分、今ある牙を磨こう。
思う存分、その牙に毒を塗ろう。
「…空宮ちゃん、人ってあんなに怖く笑えるんだね」
「──…はっ、そ、そうですね」
──────────────────────
術の開発はこれ以上要らない。
ならば、どうするか。
今ある牙を研ぐ。
“音の砲”を。
“音の刃”を。
“音の力”を。
術に関して、俺はまだまだ赤ん坊と同じ。
周りには、俺より術にどっぷり浸かった人間がいる。
これほどまでに恵まれた環境があるだろうか。
これほどまでにいい研ぎ石は他にあるだろうか。
最高だ。
こんなにも、俺は恵まれていた。
「…ちょっと鳴渡クンが分かんなくなってきたよ」
「──…」
音の砲は威力が足りない。
もっと、風穴を開けられる程の。
音の刃は切れ味が足りない。
今のままじゃ、薄皮だって切れない。
根本的に、音の力を使いこなせている気がしない。
「…もしや」
「何すんだろ、鳴渡クン」
「──せ、先輩っ」
背後から駆け寄ってくる足音に振り返ると、空宮さんがそこに居た。
何故か覚悟の決まった顔をしている。
「──不肖、空宮空形。せめて、先輩にお力添え出来れば、と思いまして」
「…は、はい?」
後ろに立つ空宮さんの顔は、それまで見た彼女とは違って見えた。
…顔の見分けなんてつかないけど。
「──先輩の術のうち、私が口を出せるのはあの刃の術のみですが、それだけでも。と」
「…あ、ありがとうございます…?」
人が変わったように、いや、態度とかは変わってないんだけど、どこか柔らかくなった…?
「──まず、根本からですが、一回一回掌に力を溜めて打つのは非効率です」
「…お、おう」
「…張り切ってるね、空宮ちゃん」
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目の前の木に、言われた通りに術を射つ。
いつものならば少し傷がつけば良い方で、威力等を見直そうとなるが、今日の術はいつもと違う。
放った術は、勢いこそそれほどでも無かったが、木の幹に大きく傷跡を残した。
軽く振った方は、勢いが強く、切り傷は浅かった。
「…す、すげぇ」
「──でしょう。これが“想像の力”ですよ」
変えたのは、放つ方法と想像のみ。
掌に溜めて射つ方法から、手刀に合わせて放つに変えただけ。
弱い方は、指を払って出しただけ。
「──もう少し威力を上げたいなら、やはり刀に合わせるしかありませんが、先輩、刀はどこに?」
「……」
言えない、術の制御も出来ないんだから使うな、と言われたとか。
言えない、今没収状態にあるとか、黙さんに申し訳ない。
「…てか思ってたんだけどさ」
「──七倣先輩」
「学園、武器の発注辞めたの?」
「発注、ですか…?」
聞いた事のない単語に、少し考えてみるが、確かに心当たりは無い。
そもそも、俺が持っていた刀だって黙さんの試作品とか言ってたし。
「うん。発注。それぞれの戦闘方に合わせて、最適な武器を作ってくれんのよ」
「…知らなかったです」
あたしだったらこれ、と先輩は腰に携えた小太刀を抜き見せる。
「じゃあさ、鳴渡クンの発注武器、作ってもらおうよ」