全力、全開、そして兆候。
砂塵が舞う。
音に弾かれ、爆発に蹴散らされ。
遠くで鳥の声がする。
何か異変にでも気づいたのだろうか?
パタパタの飛び立つそれは、逃げる為だろうか。
声が聞こえる。
誰の声だろうか。
「──どれ、力を貸してやろう」
「対価は──だ」
突如として、拮抗していた勝負に神風がふく。
“人が変わった”様に、鳴渡の攻撃が加速し始めた。
音の力はより強固になり、だが決め手とはならなかった。
元々、鳴渡は術士としての訓練を受けていないに等しかった。
凄まじい勢いで階段を駆け上がっているとはいえ、まだまだ登り始めて日が浅い。
そして、相手は術士として、生まれた瞬間から鍛え続けて来た生粋の術士。
本来勝負になるはずもないのに、確かに十分以上戦い続けていた。
術に関わった時間が直に力に直結する術士の戦闘において、よほど老いていなければ年上が基本的に勝利を収める。
それ程に、術に関わった時間が八割を締めるのに。
鳴渡響は、正に異例だった。
が、突然速度をあげた体、術に脳が追いつくはずも無く。
鳴渡の意識は、真っ暗闇に落ちようとしていた。
三半規管すら働きを放棄し、立っているのがやっとなのに、半分気絶しながら攻撃を続ける。
「──!?」
「ぐふっ、おごっ、おげぇっ」
“気付け”と言わんばかりに、自らの体を音で“打ち直す”。
最早前方を向くことも不可能なのに。
たった一つの、それも乾いている様な見窄らしい水溜まりを必死に砂漠で探す様に。
鳴渡は進化を求めていた。
それが本人の意思であったか、何か外敵要因によるものなのか、それは誰にも分からない。
「──っ、がふっ!」
吐血。
もし人の体にヒビが入るのなら、とっくに鳴渡の体はヒビ塗れだろう。
いや、欠けて腕でも落ちているに違いない。
白目を剥きながら、尚も膝を付かず、戦意を削がず戦う。
実際、今現在鳴渡の頭の中を支配しているのは、麻薬とも呼ばれる物質。
痛みを和らげ、意識なくとも脊髄反射の様に体を動かす為の燃料。
ぱちぱちと燃える薪の様に、確かに減りつつある燃料。
だが、鳴渡は攻め続ける。
雨垂れ石を穿つ、塵も積もれば山となる。
歴で言えば、僅か一年とそこら。
自らの術すら満足に扱えないのに、骨にヒビが入るのも、筋肉が裂けるのも、目の前が霞むのも。
その全てを考慮せず、その全てを端に置き。
音を放つ。音で殴る。音で──。
無意識。
無意識のうちに、自らを死の一歩手前まで運ぶ。
死神に、あとはどうぞと託す様に。
最早汗は流れない。
体内の水分は枯れ、脱水状態を通り越していた。
でも、それでも。
何かに押される様に、勝利に必死に喰らいつく。
獲物を前にした、空腹の獅子の様に。
──コツン。
一つ意識外の事が合ったとすれば。
足を前に踏み出す事すら難しくなっていた響の体は、転がる石ころすら、回避出来なかった事だろう。
『──今回はこれほどか』
『何直ぐだ、お前は変わる。強く、強くな』
どさり。
約十五分。
術士の試合にしては、異例の長さだった。
そのうち、最後の三分は鳴渡の意識はなかった。
空宮は、生まれて初めて恐怖というものを明確に感じた。
勝つ為に全てを捨てても良いと考える人間がいる。
その事実に、空宮は打ち震えていた。
あと、後一瞬でも、攻撃が届いていれば、負けていたかもしれない。
良いとこ、五分には持っていけたかもしれない。
でも、鳴渡が受けた攻撃は、ほぼ半分程が自らの術に巻き込まれた形だ。
何かが、音を立てて崩れていった。
圧倒的な自信。
誰にも負けないという、傲慢たる自信。
無敵かと思われた城は、突かれればすぐに崩れる脆い城だったのだ。
涙は出なかった。
悔しいと思っていないのか?
確かに、試合には勝った。
だが、これは本当に勝利なのだろうか?
期せずして到来した、虚無感。
普段の空宮なら歯牙にも掛けぬであろう些事。
が、鳴渡との戦闘後、何か穴が空いた気がするのだ。
「──ちがう、ちがう。これは、ちがう」
譫語の様に、違う、と繰り返す。
側から見れば、何処か精神を病んでいる様に見えるのだろう。
──私は出来たか?
──ボロボロに傷ついて尚、勝とうと思ったか?
──化粧が落ちるから、気分じゃないから。
────私は今まで、術士たりえていたのか?
地面に倒れた先輩を見る。
体には無数の傷痕、火傷後の様なものも散見する。
私が甘えている間も、先輩は鍛え続けていた。
──何が、術士として先輩。だ。
もう、甘えはない。
もう、遊びはない。
先輩に、こんな事を教わると思っていなかった。
「────」
先輩にお礼も言えず、私の意識は闇に堕ちていった。
──────
────────
かつて、この国を統べていた神がいた。
それは、まだ世にいう『伊弉諾』『伊邪那美』が誕生する前。
世には、混沌が溢れていた。
その、“混沌”を総べていた神。
文献には一切残っておらず、また焚書した中にも、記載は全くなかった神。
名を『原初ノ者』。
それは、混沌を掻き回し、まず初めに星を作った。
そして、荒ぶる混沌をこねくり回し、太陽を作った。
それから、二柱の神を創り、自らを封印した。
そう、『国椚』に宿る神として。
今も、自らが作った世界を。
現在も、自らが想像したら事象を。
星の裏から、見守っている。