神対■
それは、何千年にも渡って続いた、一つの歴史の転換点だった。
“神”対“鬼”。
高天原は真っ二つに分たれた。
一つは、天津狗ノ大神率いる総勢八百万を超える天津神。
片や、夜見ノ大神が創りし、五千の“禍津日神”。
この物語は、主に三つに別れ語られている。
一つ、天照大神とヒノミノカミの戦い。
一つ、素戔嗚尊とオオタケノミコトの戦い。
一つ、大国主神とクニクイノカミの国取り戦。
一説では夫婦喧嘩とも言われているこれは、ことの発端は“地上に沸き出た一滴の闇”からだった。
ある日、一柱の神が二柱に具申した。
“何処からか、この国に暗雲が届いている”。
日頃その神は嘘をつく事は無かったが、二柱の神は笑っていた。
曰く、“自らが作った国に闇があるものか”。
曰く、“そんな迷い言をぬかすな”。
その時より、現在時間換算で二百年ほど立った時。
夜見ノ大神は黄泉の国に引き摺り込まれ、闇と同化し、天津狗ノ大神はそれを救いに行こうとするも、後一歩届かず片腕を喪った。
その片腕と黄泉の力を媒介に、夜見ノ大神は何千ものカミを作った。
天照大神に対抗できる様に、太陽すら呑み込むカミを。
素戔嗚尊に対抗できる様に、硬く力強いカミを。
大国主神に対抗できる様に、国を乗っ取れる強大なカミを。
それ以外は、怖くない。
私を黄泉に堕としたあの神を、殺す為に。
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総数万を超える神と、百を超える龍の衝突。
それは天を割り、地を裂く衝撃となった。
始めに、神の方に死が訪れた。
人を媒介に広がる疫病の様に、死が神を包んでいた。
死を払える神はおらず、天津狗ノ大神神が一息に死を吸ってみせた。
カミはそれを知ると、さらに死を撒いた。
本来、神は死なない。
“死”という概念が、そもそも存在しない為だ。
が、唯一死と言っても良いものがある。
それは、“消える”こと。
記憶から、体験から、何もかもから“消える”。
忘れられ、信仰も無くなり、“存在していた”という証拠すら消える。
それに防ぎ用は無く、故に、天津狗ノ大神は消え掛かっていた。
そして、この好機をカミ達が逃すわけもない。
天津狗ノ大神が弱っている。
その報が夜見ノ大神神の耳に入ると、夜見ノ大神神は力を振り絞り、三つのカミを創った。
ヒトハシラ目は、後にヒノミノカミと呼ばれるモノ。
フタハシラ目は、後にオオタケノミコトと呼ばれるモノ。
ミハシラ目は、後に ■ ■ ■ ■と呼ばれるモノ。
この三つを持って、天津狗ノ大神神を殺さんと、夜見ノ大神は嗤った。
蛆に塗れた体を起こし、この体を見て青褪めた天津狗ノ大神を嗤ってやろうと。
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高天原は地獄と化していた。
太陽は飲み込まれ、辺り一面が闇に包まれている。
月すら無い夜の闇では、月読神も真価を発揮できず、ただソラを見上げていた。
素戔嗚尊は苛立ち、所構わず暴れ回った。
辺り一帯にその暴力を振るい、神もカミも関係無く潰し回っていた。
天照大神は困惑していた。
何千年と続いた安寧が、音を立てて崩れて行くのを、目の当たりにしているからだ。
自らを天岩戸から引っ張り出してくれた天細女命も、天手力雄命も、皆闇に飲み込まれてしまった。
“キリがない”。
闇から現れる存在に、辺り一面真っ暗なのだ。
延々と湯水の様に湧き出る存在に、神たちは疲弊していた。
やがて、八百万を超える神が八百程になった時、突然、ピタリとカミ達は消えた。
高天原より天上で、天津狗ノ大神尊と夜見ノ大神の一騎打ちが行われたからだ。
夜見ノ大神命は天津狗ノ大神を殺さんと、解き放った闇をその身に取り込み、自らを巨きな闇と化した。
──が、それが敗因だった。
大きく膨れ上がり、最早夜見ノ大神命とはとれない程に変わったそれは、万物を闇で濡らし、時すらも闇に引き摺り込む■。
ヒノミノカミは太陽を飲み、オオタケノミコトは素戔嗚尊を抑えている。
■ ■ ■ ■は今、もう少しでこの世を支配出来る状態にある。
現代で言うところの、鈴虫が鳴く夏の夜、神ノ国を創りし二柱の神が、全霊をかけ、唯殺しあう。
片や、堕ちた妻を救う為。
片や、見捨てた夫を殺す為。
神ノ国最古の殺し愛。
神ノ国最新の呪い愛。
一柱の神と、一■の■。
歴史の中には残されない、“■■された”歴史。
真っ黒に塗り潰された、まさに“黒歴史”。
今の神ノ国の者は知る由もない、大昔のお話。