真っ赤な鬼ごっこ
「──よし」
ふうと息を吐き、戦闘の準備を進める。
眼前に、大木の様に悠々と聳える、一人の人。
「…」
岩をも貫かんばかりの眼で、今まさにこちらを睨んでいる。
腕を組み、膨大な威圧を放ち、殺さんとばかりの勢いで。
“いつもの”深呼吸をする。
息を吸って、吐く。それだけの行為。
息を吸えば、筋肉が引き締まる。
息を吐けば、筋肉が弛む。
──突如として、攫われる様に始まった戦闘。
相手は、自らを道にひっぱり戻してくれた人。
「…お願いします」
「おう」
今は精一杯、胸を借りよう。
──────────────────────
学長…秋元からの連絡と、いけすかねぇクソ女からの言伝で、響を調べる事になった。
秋元からは“金色の髪”の正体。
クソ女からはあの子に感じる“何か”の正体。
それを調べろと、半ば強制的に話が進められた。
秋元曰く、“古くからも有り、新しく出来たばかり”とかよく分からん事ばかり言われ、クソ女からも、似た様なことしか聞けなかった。
手っ取り早く、“修行”と銘打って響を連れ出し、色々と調べさせてもらう事にした。
一つ、嬉しい誤算があった。
前回戦った時より、何倍も響は強くなっていた。
術の一つ一つが、確かに私を捉え殺せる威力を持っていた。
なんども、向かってくる響を叩き落としては、地面を跳ねさせる。
顔から、腕から、ほぼ全身から血を流しながらも、響は笑って向かってくる。
私はそれに、一抹の不安とごく少量の希望を見ていた。
汗が、垂れる。
久々に汗をかいた。
妖との戦闘でも、汗をかくことは大分減った。
なのに。
この教え子は、音という言い方はあれだが恵まれてはいない術で、私を追い詰めている。
楽しい。
つい、忘れてしまっていた。
本来の目的は、戦いではなく、あくまで“観察”。
だが、金色の髪なんて片鱗すら──
──────────────────────
最初は、僅かな違和感があった。
蛇の連中との戦闘後、気付けば公園で寝そべっていた。
距離を聞いたら、数粁はあったらしい。
何かが、俺を運んだのか。
はたまた、俺が知らない間に、夢遊病の様になっていたのか。
「──ぁぐっ!」
突然、それは頭痛を伴って現れた。
頭が割れる様、とはよく言ったもので、実際に割れているんじゃないかと錯覚する程の激痛が、絶え間なく襲いくる。
目の前がチカチカと明滅する。
歯に違和を感じる。
視界が、“真っ赤”に染まっていく。
頭の奥に、何か銅鑼の様な音が響く。
手に持っている刀が、何故か変形していく。
「──!」
恐らく、言葉は発せて居ないのだろう。
それか人間の言葉じゃないのか。
何故か、笑みがこぼれた。
何故、分からない。
でも、楽しい。
とても、楽しい。
あぁ──緋が見える。
──────────────────────
燃える様な赤色だった。
それと、天を衝く二本の角。
話に聞いていた金色は鳴りを顰め、真紅がそこにはあった。
先程まで私に振るっていた刀は、響の身の丈以上の金棒に姿を変え、地面に突き刺さっていた。
「──ぁ、あ」
ゾワリと、背筋を恐怖が撫でた。
術士になり何年経ったかは忘れたが、一度や二度感じた事があるかないか程の恐怖。
その場に貼り付けられた様に動けない。
今明確に、“死”が形を持って目の前に在る。
「──あ?」
「っ!」
何故そうしたのか、自分でも分からない。
脊髄反射か、長年培った戦闘の経験からか。
私は、確かに煙兵を五体“それ”に突撃させた。
音すらなく、煙兵は消えた。
それによりはっきりとこの“真紅”の特性が分かった。
こいつは、自分に近づいた物を蒸発させる。
確定ではないが、凡そとしては当たっているだろう。
「…」
ぶぉん、と“それが金棒を振るう。
衝撃波が体をうち、全身が引き裂かれる様に痛む。
竜巻の中に放り込まれた様な、筋肉が剥がれていく痛み。
立っているのがやっとで、確かに、これは野放しにしておくとまずい。
封印は、不可能。
できるとしても“ここ”では無理。
迎撃は、不可能。
そもそも攻撃が通るかすら怪しい。
解は一つ。
時間切れまで粘る。
正真正銘──“鬼ごっこ”だ。