二位咸 其の終
後輩に、響に突き飛ばされた。
最初は、なんで突き飛ばしたんだろう、なんて考えばかりが過って。
でも、その直後。
私にとって、“死ぬよりも恐ろしい”事が起こった。
「っ痛」
響に突き飛ばされ、少し怯んで目を閉じた。
頭を擦って、ぶつけた所を摩っていた。
その直後、肉を噛みちぎる音が、路地裏に響いた。
わたしは、おそるおそる、めをあけた。
あの大男が、響の喉笛を噛みちぎっていた。
血溜まりに倒れ、ぴくりとも動かない響をみて、ようやく頭が動いた。
「──っ!」
「“死ね”」
男は、バラバラに引き裂かれた。
断末魔すら上げずに。
「“死ね”、“死ね”、“死ね”──」
何度も、何度も。
断末魔すら上げずに死んだ男に、何度も術を使う。
次の代も、その次も、これから先、お前の魂に、“災”あれと。
辺りの地盤が軋む。
水管が破裂する。
地面が隆起し、空が赤く染まる。
「…響」
血溜まりに横たわる、“ただ一人の友”をみて、名を呼ぶ。
太陽が暗く染まる。
鳥が一斉に飛び立つ。
まるで時が止まった様に、全てが、世界が歪み始める。
「…そうか、これが」
沢山、本で見た。
沢山、小説で見た。
何度も、何度も、最早陳腐と思える程、沢山見た。
雨も降っていないのに虹がかかる。
鋭く尖った棘の生えた荊が辺りを跋扈する。
街にいる、なんの罪もない人間が、叫び声をあげて死んでいく。
「…これが、恋なのか…?」
響のそばによる。
パシャリと音を立て、血が跳ねた。
死体を抱き、少女は泣いた。
私と関わったから、私に情を抱いたから。
私に、惚れられたから。
まるで、毒薬みたいな日々だった。
興味を持つことすら無かったこれに、こんなにも浮かされた。
「…響、響、響…──」
何度も名前を呼ぶ。
愛した男の名を。
男が死ぬまで、自覚すら出来なかった、この心を。
どうか、赦して。
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雑多に並んだビル群の、とある部屋に、男はいた。
あの戦争の生き残り、あの繁栄の経験者、あの絶望の生還者。
男は生き残り、数多の手を尽くして、自らを不老、そして死を遠ざけた。
男が“二位”を知ったのはつい最近だった。
その戦いぶり、その傍若無人ぶりは、まさしくあの時造った物だと、私たちを死に追いやった、忌々しい“メインシステム”だと。
男は、名うての殺し屋に、“殺害”を命じた。
術でも、兵器でも、好きなものを使い──“鳴渡響”を殺害せよ、と。
報酬金は、現金にして、約三百億。
まともな人間なら、絶対に飲まない話だろうが、殺し屋は喜び勇んでそれを受けた。
──そして、それは果たされた。
男は両手をあげて喜んだ。
誰も、男以外がいない、空間に、笑い声が響く。
“ついに、ついにやったんだ”と。
“ついに、仇を取ったんだ”と。
だが、絶望は、それすらも置き去った。
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火が、火が、燃え広がっている。
つい先程まで、生命が溢れていたのに。
水が、水が、押し寄せてくる。
つい先程まで、そこには何も無かったのに。
雷が、雷が、降り落ちてくる。
つい先程まで、晴々と澄み渡っていたのに。
正に、天変地異。
これが、一人の“ヒト”によって起こされたと、誰が信じるか。
つい先程まで、喫茶店で話していた女性が、化け物に齧られていた。
つい先程まで、露天を出してたおじさんが、まる焦げになった。
つい先程まで、手を繋いで歩いてた二人が、空から降ってきた槍に貫かれた。
地獄だ。
地獄が、現れている。
一般人の多くは、幸運と言えるだろう。
最後まで、“何も知らずに”死ねたのだから。
術士も、その大半が、幸せだったろう。
開きすぎた力量は、最早知覚出来ないのだから。
力量を持った術師は、不幸だったろう。
何が起きているか、その全てを、瞳が捉えたのだから。
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「…響、響」
生命の息吹途絶えた星で、女は一人笑う。
“ようやく、煩わしいものが無くなった”、と。
神無月と、それ以外が消えた世界。
存在するのは、“私”と、“響”だけ。
幸せ、幸せ。
だから、私達以外の命は、要らない。
これで、何かに嫉妬する事もない。
響も、私以外と話さなくてよくなる。
小説は、間違っていた。
“これ”が、歪んだ物だと決めつけていた。
そんなわけが無い。
“これ”は、確かに悪い物だ。
けれど、それを補って余りあるほど、良い物だ。
「…“我”、“基礎を築きたり”」
「…“我”、“栄光を得たり”」
“この力”も。
きっと、良い物なのだろう。
「…ふふ、な、“響”」
赤ん坊の泣く声が、玉座を模った部屋に、寂しくこだました。
なんかもうヤンデレじゃない気がする…
あ、次から本編です。(最早こっちが本編かも知れない)