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妖蔓延る世界のお話。  作者: 書き手のタコワサ
水泡霜霧ノ物語
129/236

水泡霜霧 其の捌

 朝起きると、腕が生えていた。

 あの妖に斬られ、その感触すらも鮮明に思い出せるほど記憶にこびりついた筈の、腕の消失。

それから僅かに二晩ほどしか経っていない筈なのに、何故か、俺の肩から先の腕は何事も無かった様に生えている。


 目の前に居る療局の治し手も、信じられん、と口をつぐんでいる。

生えた方の腕を触り、血液を抜き、少し皮膚を切り裂かれ、なんとか俺の周りから人が居なくなった時、唐突に電話が鳴り出した。


「やべ、消音してなかったのかよ…」


何日間か前の自分を恨みながら、黒背景に白文字の浮かんだ画面を見ながら、電話を手に取る。


「もしもし──」


「あ、三日ぶりかな?おはよう、響くん」


────────────────────────


 電話越しの彼の声は、とても優しげで、だけど何かに慌てている様な、不思議な声だった。

彼の口から飛び出してくるのは、いつもの彼の声でありながら、何処か偽物みたいな声だ。


 約三十分の談笑の後、彼は唐突に電話を切った。

何かに強制されたのか、はたまた自分の意思かは分からないが、そこからプツリと連絡はつかなくなった。


 …とても不安だ。

彼から連絡が無いと、こうも私は、不安定なのか。

“あいつら”からくる連絡もここの所全く音が無い。


「……ちょっと、会いに行こうかな」


 卓袱台に寄りかかっていた体を起こし、立ち上がる。

 療局には色々面倒くさい掟やら何やらがたっぷりと山の様にあるが、別にそんなもの今の私には関係ない。

ただ、彼に会いに行く。

軒並みある全ての障害を押し潰し、叩き壊し、煙に巻きながら、只々、私は彼に会う。


いまはもうないうでが、何故か疼いた気がした。


────────────────────────


 「…う〜む、信じられん…全く理解不能だ」

「そう言ってもう三日ではありませんか。一旦休憩を挟んでみては?」


 酷く目の下に隈を蓄えた老齢の男性に、看護師さんがそう冷たく、…僅かに優しさも感じる気がするけど。


お孫さんかな、なんて思っていると、先程から腕を触っている男性が漸く、顔を上げてこちらを見る。


「…でも理解できん。たった一晩でこんな綺麗に腕が生えるか?」


蜥蜴でもあるまいし、と付け加える老齢の男性の言う通り、確かに昨日の晩まで俺の肩から先は無かった。

なのに今日、看護師さんの叫びで目が覚めてから、その異常に気がついた。


 たった一晩で、綺麗な腕が生えていた。

まるで初めから切られていなかった様に、縫合の跡とかも見つからず、あくまで“自然に生えた”と言われた。


「…療局に勤める者としては真っ向から否定したいが、それも叶わんな」

「…もし可能になるとしたら、恐らく百年単位で時間がかかりますね」


澄ました顔で少しふざける看護師さんに、それに反応する老齢の男性。


 ──不意に、何かに見られている気がした。


 思わず、窓の外に目をやる。

療局の周りには様々な高層団地が建ち並び、お昼時でも無ければ太陽が見えないほとだ。

そんな景色の中、何故か不意に視線を感じた。


 何かに見られているのか、ただの俺の自意識過剰か。

正直、後者であってほしい。

新しく生えた腕は、まだ戦闘には活かせなさそうだし、俺のお向かいの人も普段から寝たきりだ。


──まさか、蛇の連中か?


「…ま、てなわけで、良い意味でも悪い意味でも、経過観察だな」

「…ありがたいですね、解剖されないだけ」


────────────────────────


「あぁ、響。君はまだ戦闘行為に、その身を費やすんだ?」


私は微笑む。

私は悲しむ。

私は、怒り、悲しみ、微笑み、泣き、嗤う。


それでこそ響、それだからこそ響。

“私”の救世主。私のたった一人の“人”。

どこに行こうと、何処で何をしてようと、“私”は貴方を見逃さない。

聞き逃さない。嗅ぎ逃さない。


 もう少しで、私は響と二人っきりだ。

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