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妖蔓延る世界のお話。  作者: 書き手のタコワサ
水泡霜霧ノ物語
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水泡霜霧 其の漆

 ある日、私は道端でふと思いに耽った。

 その日は雪が降っていて、小学生くらいの子供達がきゃっきゃっとはしゃいでいた。

信号が赤から青に変わる時、目の前ではしゃぐ少し小さめの男の子がいた。

だけど、場所が悪かった。

その子供が見えたいなかったのか見えていたかは定かでは無いが、その子に向かい、自動車が時速七十粁ほどで思いっきり突っ込んだ。

が、その子が血溜まりになる事は無かった。

すんでのところで、英雄が現れたからだ。

若かりし頃の、彼だった。


 車が男の子に向かって突っ込む寸前、周りの人間には聞こえない音が鳴った。

それは、低く、甲高く、重低でありながら、金切りの様にも聞こえた。

 僅か一瞬にも満たぬ時の中で、彼は確かに人が出せる速度を超えていた。


 私は気づかぬ内に、それに虜になっていた。

 心を、鷲掴みにされたのだ。

 あれは、よく小説で見る、“救世主”ってやつなのだろう。

何の見返りも求めずに、人を助け、知らぬ内に祭り上げられる。

まさに、彼が居なくなった後の現場は、彼に感謝する男の子の母親と、泣き叫ぶ男の子とで轟々としていた。

あの時の私は、確かに彼に見惚れていた。


 これが、私が七つの時だ。


────────────────────────


 「…ふふ、よく寝てるね」


そっと彼の頬を撫でる。

サラサラと指が通る彼の髪も、触れば少しカサカサしている彼の肌も、少し押してみれば少し苦しそうに『んうぅ…』とまるで赤ん坊の様な声を出す口も。


 彼は少しも覚えていないんだろう。

私が君と幼い頃に会っている事も、君が助けた男の子の事も。

彼の覚えていない事実を、私は確かに覚えている。

彼よりも彼に詳しく、故にこの感情ももう抑える事をしなくていい。


 彼の無くなった腕の方に回る。

チンケな義手が彼には嵌められているが、こんな物。

彼の使う術の負荷に耐えられる筈がない。

見て分かるほどの粗悪品だ。


 その事実に、少し腹が立つ。

ふと、彼に繋がれている輸血液に目が移る。

そこに書いてあった血液型の文字は、壱型。

ふと、私の血液型を思い出す。

私の血液は、誰にでも混ざる。


 彼の無くなったうでと、私の腕。

どちらが価値があるかなんて明白だ。


────────────────────────


 夜、凡そ零時は回っているという時、療局廊下に異音が響く。

肉を裂く音と、何かを引きちぎる音。


 それと、女の呻きにも似た悲鳴。


「…ハァ、ハァ…」


清潔に掃除された厠の中は、何故か真っ赤に濡れていた。

女は右手に肉塊を携え、血を滴らせながら、男の病室へと向かっていた。


「はは、あはは、これで…君は治るんだ…」


 ガラガラと戸を開け、男に近づく女。


何をするのかと思えば、血まみれの肉塊を、男の肩へと当てがった。

肉塊を肩へと押し当て、壊れた人形遊びの様に虚な目で手を当て続ける。


 その口からは、「繋がれ、繋がれ」と言葉かすら危ういものが漏れている。


「…君のお話がここで終わる訳ないだろ?お願いだよくっついてくれよ、くっつけよ、くっついてくれよ」


もはや狂気すら感じる声色が、男の病室に響く。

が、無論肉塊がくっつく訳もなく、只々時間のみが流れていく。

最早目に光は無く、口からは言葉と取れない音が漏れ出ている。


「…たのむからくっついてくれよ」


目からは涙が溢れ、余程のことでもない限り正気とは思えない。

狂気に支配され、正常な判断は難しい。


「………そうか、そんなに私が嫌か」


“私の救世主は、私が嫌いなんだ”。


一度負の方向へ思考が傾くと、芋蔓式に悪いものが顔を出す。


「そうか、そうなんだな?」


「“私”は“君”なんだ」

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