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妖蔓延る世界のお話。  作者: 書き手のタコワサ
水泡霜霧ノ物語
125/236

水泡霜霧 其の肆

ああ、彼を見ていると、世界が華やかになる気がする。

とても綺麗な清流の様な、荒く流れる濁流の様な。


彼は、一体私の事をどう思っているのだろう。

ただの先輩かもしれない。

少しお節介焼きの、彼からしたらちょっぴりうざったい先輩かも知れない。


でも、それでもいい。

“彼に思ってもらえる”。

“彼の脳の片隅には、私が常に陣取っている”。

その事実だけでも、私の心は満たされる。

もう少し詰め寄ったりすれば、脳の中枢に私を置いてくれるだろう。


でも、それは違う。

私は所詮、物語の主人公ではない。

名乗るとしても、既に血で汚れすぎた。

彼の横に立つ人間は、清廉潔白な子がいい。

ふと、寮に併設されている露台から身を出し、外を見渡す。


はしゃぐ子供、井戸端会議に興じるご婦人達。

駆け足で家へと帰る学生、手を繋いで歩く男女。


「…ケッ」


思わず口汚くなってしまうほど、外の世界は煌びやかだった。

私が送りたくとも送れない、“ありふれた日常”が流れていた。


試しに一つ、泡でも飛ばしてみようかと画策するも、“彼ら”が見張っている以上、勝手な術の行使は彼らに要らぬ警戒をさせてしまう。


はぁ、と溜息を吐き、露台から身を引き上げる。

寮部屋、僅か五と半畳の空間には、卓袱台と最低限の生活必需品が置かれるのみ。

女の子にしては、随分簡素な部屋…ってのは二位の言葉だったかな。


確かに、コレじゃあまるで女の子の部屋じゃない。

漫画も無ければ、どこか明るい雰囲気がある訳でもない。

化粧道具がある訳でも無ければ、お風呂だって狭い。


まぁ、ゴミが散乱してる訳でもないから、神無月よりはマシ。

多分。

戸棚の奥にしまったお茶っ葉を取り出し、さらさらと急須に入れる。

氷を詰め、氷でお茶を出す。

昔、まだ歩けた頃の父さんがよくこの飲み方でお茶を飲んでいた。


ただただ、何もない時間が流れていく。

時折からんと鳴るのは、氷が落ちる音だろう。

そろそろ西陽が差そうという頃、途端に家の鈴が鳴る。


戸窓から誰かと覗いてみれば、そこにはつい先ほどまで心の渦中にいた人物だった。


────────────────────────


「…いや〜…それ今日までだったんだね」


頭を掻きながら、書類に目を通す。

幾つもあるのは、総じて私の確認不足である。

隣で、呆れ顔になりながらも、一緒に書類を整理してくれるのは、自分の一つ下の後輩。


「で、何で鳴渡くんなの?」

「…たまたま、弁財先生に頼まれましたんで」

「………………へ〜」


思わず虚空に目をやる。

彼と顔を合わせるのが単純に恥ずかしい。

だが、別にコレが運命なんかじゃない事に、ちょっぴり寂しさを感じる。


「…コレで最後ですね、ありがとうございました」

「あ、ちょ、ちょっと待って!」


帰ろうとする鳴渡くんを、何故か呼び止めてしまった。

沢山の書類が入った封筒を小脇に抱えて、帰ろうとする彼を。


「…あ、あのさ」


何故呼び止めたのか、私も分からない。

しかも、こんなに、どもりながら。

後方で、からんと氷が鳴った。


「…そ、そう!一緒にお茶しない!?」


私は何て馬鹿なんだろうと思った。

彼はこれからも色々あるだろうに、私なんかに時間を使わせて良いものかと、少し残った理性が叫ぶ。


彼は腕時計を確認すると、こちらに視線を戻しながら、話し出した。


「…まぁ、三十分位なら」


貰えると思っていなかった了承に、私の頭は沸騰しそうだった。

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