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妖蔓延る世界のお話。  作者: 書き手のタコワサ
翠泉美玉ノ物語
116/209

翠泉美玉 其の捌

療局地下。

地上から凡そ五十米程下った場所にある、“特別患者収容棟”。

僅か十の部屋の内、過去埋まったのは僅かに三つ。

“全毒”、“永燃”、“龍偽”の三人。

全毒は神ノ国史上最悪となる、「未巴集団毒殺事件」を引き起こし、その後自らも毒に侵されることにより、療局地下──つまり、合法的に死刑を免れている。

永燃は、“自らの力を試す”という目的の為だけに、神ノ国政府そのものに喧嘩を売り、約二百八万の焼死体を作ったのち死刑が執行されたが“死なず”、半ば封印の様な形で療局地下に幽閉されている。

龍偽は、この場で唯一まともな理由で地下に収容されている人物である。

幼い頃に龍鱗症を患い、陽の光の当たらない暗所で無ければ碌に生活すらも出来ない。


そんな所に、四人目の収監者が来ようとしていた。

四肢、全身を拘束具で固められ、息を荒げながら。


「…新しい人かい?」

「あぁ。九番を開けてくれ」


重い扉が開き、男は台車を押しながら収監者を運ぶ。

なまじ毒物そのものの様な所為で、普通の病棟に入れることもできず、暴れた時の被害も相当な物になろうという為、約三年ぶりに地下への扉が開いた。


「おや、随分と早いんだね?」

「あぁ。六番を開けてくれ」


また扉を通り、何重にも閉じられた房へと向かう。

収監されるソレを運びながら、一瞬の気の緩みも許されなく、心臓の音が喧しい。


収監されている者の力で、収容棟の中はごくたまに燃える様な熱さに包まれる。

まぁそれが一層ここからの脱走の足止めに一役買っている事は、療局上層部のみの極秘事項である。


「…」


壁に取り付けられた絡繰に数字を打ち込み、扉を開ける。

中の空気が冷えていたのか、白い冷気が音を立てて外へと飛び出す。


中には台付寝具一つと、顔を洗う為の洗面所のみが設置された、所々苔が生えた後が見て取れる。

苔が生えていた割には、湿気はそれほどでも無く、寧ろ心地いい。


「…よし、ここで──」


刹那、男の首が刎ねる。

体は力無くその場に倒れ、首があった場所には血の池が出来ている。


「…はぁっ、かはぁっ」


拘束具に抑えられて居ながら、尚拘束に能わず。

薬切れの弊害か、其の息は荒く、目隠しの下の眼は血走っている事だろう。

未だ靄掛かる頭を無理矢理現世へと引っ張り戻し、翠泉美玉はそこに立つ。


「…ちぃっ!」


厚く抑えられた拘束具を力任せに外そうとするが、無論外れる事はない。

蔓を操り、拘束具を外し、所構わず当たり散らす。

其の姿にかつての面影は一切無く、叫びながら頭を打ちつけ、のたうち回っている。


「あ゛ぁ゛あ゛っ!」


薬の後遺症か、頭の中がまるで焼かれているように熱く、どれだけ頭を打ち付けようと、それは収まらない。

息は荒く、靄は更に強くなる。

視線は覚束ず、ただ一点を見つめる事すら難しい。

「あ゛ーぁ゛ー」と声にならない声をあげ、陸に上がった魚の様に、のたうち回ることしか出来ない。


翠泉の思惑とは裏腹に、“完璧な毒物を作る”という目標は達成されつつあった。


「ぐあ゛っがあ゛あ゛あ゛」


獣の呻き声よりも、より本質に近い叫び声をあげ壁に頭突きを繰り返す。

翠泉の思考は、困惑で埋め尽くされていた。


“消えない”


どれだけ壁を殴ろうと、どれだけのたうち回ろうと、どれだけ頭を打ち付けようと。

身を焦がす様な熱さと、それすら霞むような、苛立ち。


苛立ちを抑える為に作った薬はあらず、壁を殴れど苛立ちは消えず。


背後に感じた視線に振り返ると、三人の男が立っていた。

翠泉の頭は、思考するよりも早く、体に命令を下していた。

一人の首を蔓で刎ね、術を打ってきた男の首を人喰い草が丸呑みに。

武器を振り、翠泉へと肉薄する男は、翠泉の血に触れ、骨すらも溶けていった。


翠泉の心を満たす、殺人的快楽。

翠泉の脳裏に、一人の男の顔が浮かぶ。

思えばあの日から、全てが狂っていった。

あの男の所為で、全ての歯車が狂っていった。


“響を殺せば、この苛立ちも晴れるだろう”。


既に拘束具は解け、出口までの扉もご開帳だ。

翠泉美玉は見た事の無いような狂気的な笑顔を浮かべ、彼の元へと走る。


全ては苛立ち(これ)を鎮める為。

ほぼ全ての警備員を殺し終えた後、女は療局から姿を消した。

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