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妖蔓延る世界のお話。  作者: 書き手のタコワサ
妖蔓延る世界のお話。対校戦編
106/208

“楽しみ”

「…良いのですか?」

「あぁ、然るべき物は手に入った。これより帰還する」


男は手を広げる。

その姿は、軍劇に出て来る魔王の様な風格があった。


男は、すぅと息を吸い叫んだ。


「“撤退せよ!”」


それは、虚空に向かって放たれた言葉だった。

本来ならば、ただ暗闇に反響して終わりな筈だった。

それは確かに、暗闇に吸い込まれた。


この場にいない者には、聞くことすら難しいであろうただの言葉。

だが、確実に自らの部下に届いていた。


虚空に空く約十の隙間のような物。

その中より、約二十の人が出でる。


「よくぞ戻った。二人と欠けたが、調べは良好だな」


男は椅子に腰掛け、右肘をつき顔を傾ける。

“比較的”普通に見える体格には恐ろしく似合わぬ巨大な椅子。

心なしかどこか晴れやかな顔をし、まるでこれからの報告に心躍るような素振りを見せる。


「…報告します」


左から三番目の男が手を挙げ、報告する。

顔の半分も隠れるコートを羽織り、驚くほど白い肌を隠す男が前に出る。


「一つ、神木、樹の力についてですが、神木は力がほぼ空、樹の力に関しては、まだまだ覚醒には程遠く、思慮に入れるほどですら無いかと」


男は続ける。


「二つ、“神棲の地”に潜入した工作員ですが、約四十名ほどがその地形に殉じ、約二十名が恐らく棲まう生物に殺され、約三十が洗脳を受けておりました」

「…その三十はどうした?」


男はつまらなそうに問いかける。

時折溜息や欠伸すらも出るほど。


「…全員終了してまいりました」

「情報は漏れていなかったか?」


非道く食い気味に聞くそれは、剣呑な雰囲気を持ち、非道く喉が渇くほど、異様で、鋭い。

物語や歌劇に登場する魔王のような、禍々しく、敵に回してはいけない様な。


顔こそ影を作り見えてはいないが、その声には怒気が含まれていた。


「…はい」


男は答える。

額にじんわりと汗を浮かばせ、体は微かに震えている。


「そうか、ご苦労」


その声には、何の感情も含まれていなかった。

怒りや悲しみや悔しさなどは微塵もなく、それがそうあるままと言わんばかりだった。


「…他を聞こう」


男は題を変える。


「…どうだ?会えたか?」

「…?」


男の頭に、疑問の二文字が浮かぶ。

他の質問より、少しだけ機嫌が良さそうに、椅子に座る男は聞く。

その報告を心待ちにする様に、心なしか少し楽しそうにしている。


「…彼との接触は、ほぼ失敗に終わりました」


ビキキッ


何処かに亀裂でも走ったのだろうか。

椅子に座る男の手元には、“木っ端微塵に吹き飛んだ”手摺の破片が散らばっていた。

心底不機嫌に、幼い子供なら視線だけで殺せるほど、今の男の視線は鋭かった。


「…おかしいなぁ?報告には“接触に成功した”っと書いてあったが?どこかで不備が挟まったのかなぁ?」


裂けそうなほどに口角を吊り上げながら、男は笑っていた。

非道く不機嫌な事は、この場にいる“一つ”を除いて察することが出来た。


包帯で塞がれ、開いていない眼がある位置からはこちらを睨み殺さんばかりの意思が感じ取れる。

開いた口からは先の裂けた舌が見え隠れしている。


「やっぱり、私が出た方が早かったか…」


男がそう呟いた瞬間、男の隣で静かに佇んでいた女が口を開く。

よく見れば、その女は顔は青く、髪は伸ばしっぱなし、顔にはそばかす…とても“濃かった”。


「い、いけません、八乙女様。貴方はまだ、力を取り戻す最中ではありませんか」


女は声を荒げる。


「それに!悪いのは八乙女様ではなく!この使えないクソどもではありませんか!あなた方も、恥ずかしく無いんですか!?このお方に支えておきながら!与えられた任務も碌にこなせず!」

「伽耶」


男が女の名前を口にする。

その声には、優しさや、牽制の様なものも含まれていただろうか。


「そこまでにしなさい」


子を諭す親の様に、つらつらと男は女を宥める。

側から見れば、大の大人が子供に怒られている様に見えるかもしれないが、年齢だけで言えば軽く数十万もの間がある。


「は、はい…。申し訳ありません…」


すごすごと縮こまる女と、はぁとため息をつく男。

いつもと何ら変わらぬこの光景に、少しの安堵すら覚える男たち。


「…俺から報告っス。え~と…鳴渡でしたっけ?とは一応接触は出来たんス。でスけど、声を聞いた瞬間、体の一部が吹き飛んだもんでスから、…何かあるとなって引いてきたって訳っス」


白い外套を身に纏い、掴みどころの無い雰囲気の男が説明する。

その口調からは、敬いなどの感情、気などは一切感じることが出来ない。


「…貴方ねぇ!今日という今日は「伽耶」…はい」


癇癪を起こしそうな女を制し、男は聞き返す。


「一部が吹き飛んだ?」


当然の疑問である。

男の顔は普段と変わらず、何処を怪我している訳でも無ければ、血を流している訳でもない。


「…そのせいで一人死にました」


非道く無気力に放つそれは、場を締めるのに十分足りえた。


「沙悟が死にました。上半身ごと頭を吹き飛ばされて」


興味なさげに、男は続ける。


「いや、本当彼凄いっスよ?いきなり“瞳孔の形が変わった”と思ったらその隙に上半身が吹き飛んでんスよ?」


身振り手振りを駆使して、何とか伝えようとする男。

よほどこの男が熱くなるのが珍しいのか、固唾を飲む様に見守る蛇達。


「…もっかい会いたいっスよ。あれは多分彼の力じゃないんすけど」


笑みと表現できない様な笑みを浮かべながら、あの時の事を思い出している。


「…会えたには会えたっスけど、“あれ”酷いっすよ」


──────────────────────────


遡る事三時間前。

男とその部下達は、一つの山に降り立った。

この山に、我らが頭領が求める人間が居るのだ。


「にしても、頭領も物好きっすね。こんな辺鄙な山に一体何が居るってんだか」

「…相変わらず、頭領の考える事は分かりませんね」


細身で身長の高い沙悟に、太めではあるが力の強い鷹遥。

頭領…八乙女様の言う事が正しければ、その子はまだ学生らしいし、自分が出る幕はないだろうと思っていた。


この二人はそれぞれの弱点を補い合う様訓練されているし、鷹遥は組織内で頭領を除けば腕力は上の方だ。

沙悟の方は、特にこれといった強みこそないが、器用貧乏、属使も三つと多い。


実際、鳴渡響に接触こそ出来たものの、手痛い反撃を貰ってしまった。

野郎、蛇の情報でも入ってるのか、的確に頭を吹き飛ばす様な攻撃ばかりをこちらに打っていた。

最初の方、接触し数分経つまで、警戒こそしていた物の会話は可能だった。

所々押し黙る所はあったが。


様子が変わったのは、接触してから暫く経った時だった。

突然、鳴渡が頭を抑えてのたうちまわり、瞳孔に変化が起きたか思うと、地面ごとを抉る様な“振動”の奔流が走った。


 その時の様はよく目に焼き付いている。

 目は充血し、常に片耳を押さえていた。


振動の奔流に正面から打ち付けられた沙悟は、その場で上半身が消滅した。

その後、突如現れた扉の様なものに吸い込まれていったが、あれはなんなんだろうか。


──────────────────────────


「成程…奴らも動くのか」


顔を歪ませながら、叉白は思案する。

今の戦力が有れば、正直向かう所敵なしだろう。


「…楽しみだ。とても、とても」

 

 嗚呼、我が宿敵よ。

 

 お前の子孫が、ついにわたしと…

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