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妖蔓延る世界のお話。  作者: 書き手のタコワサ
妖蔓延る世界のお話。対校戦編
103/235

神園学園代四十八代目学長「秋元充」

「…しぃっ!」

「っとぉ、危ないねぇ」


蛇の子の振るう拳が、僕の頬を掠める。

幸い、毒の様なものは恐らく無い。

そもそも、毒を使うなら、もう少し武器の攻撃範囲を伸ばすはず。

 僕は叉白君がどういう子かは詳しく知らないけど、恐らく、彼は結果主義者な気がする。

現に、三人とは少ないながらも、僕が苦手な近距離力押し型、楠さんが苦手な接近戦撹乱型、それを補助できる遠距離からの攻撃型。

彼が何処から情報を得ているかは分からないけど、こちらの弱点を知っていて、それに合わせる様な敵を送り込んでくる。

戦術としては当たり前だけど、“対人”なんて久しぶりだから大事な事を忘れてたよ。


「っ、感謝、するよっ!」

「!」


躱しざま、体を捻り、回し蹴りをお見舞いする。

体重を思い切り乗せた渾身の一撃は、恐らくその辺の妖くらいなら体ごと飛ばす威力を持つ。

それは相手の顔に当たるが、そこで違和感に気づく。


“硬い”。

まるで、岩でも蹴ったかの様で、蹴りを放った足が少し痺れている。

それに、相手方も特に痛がっている様子は無い。

人の頭くらいなら容易に吹き飛ばせると思ったけど、僕も鈍ったね。


「…全く、貧乏くじをよく引くね」


口から漏れ出た言葉は、自虐だろうか。


今一度、服を着直し、気を引き締める。

地を二度蹴り、相手の姿を、眼中に収める。

良かったよ、相手が“蛇で。

この場には生徒も居ないし、思い切り戦える。


時折り、聞こえることがある。

楠溟楽。千年という途轍もない時間をかけ編み出した彼女の術は、今や、神ノ国に並ぶのも無しと賞賛される程で木神と呼ばれている。

美戸棗。若齢二十三にして、氷蘭皇制高等術士教育学園の学長を任される程の実力者で、雷神の異名の通り、雷を扱えば右に出るものは居ない。

渦巳海哉。海に面し、神ノ国唯一の外国からの出入り口となる“海祗港”の総管理人で、海から上がってくる妖をその拳と漁業の様な術で蹴散らす。


その三人と肩を並べる程、僕は戦えるだろうか?


つい先日、龍笠と戦ってみて分かった。

大分僕は衰えた。

事務仕事に追われ、体を動かすことすらままならぬ日々。

たまの休日も、返上して厄介事の後処理。

お陰で、随分と体が鈍った。


「…それじゃ、アンタには手伝って貰おうかな」

「…!」


さて、凡そ十年ぶりの殺し合いだ。


──────────────────────────


行けるか…?既にさっきので足が震える程疲弊してるんだけど。

腰の自刀に手を添え、何か敵が動けば即座に切れる体制に入る。


ズ…という音と共に、地が揺れ動く。

空から響く異音に、耳を貸す暇は無く、眼前の敵を見据える。


楠さんは術力で。

美戸は保有力で。

渦巳は腕力で。


あの時代は、術力はもちろん。

他にも何か自分だけの強みがないと生きていけなかった。


だから、僕も鍛えた。


“眼”を。

元は、何の変哲も無い普通の目。

凡そ十五年間、学生の頃から鍛えた自慢の眼。


眼に霊力を集中させ、敵の霊力の流れを観る。

いまは、肩から腕にかけて、濃い霊力の流れが見える。

それと、足先に。


先ほどの戦闘からも察せるが、恐らくこの子は術が使えない。

それは他の二人も例外では無い。…と思う。

それに、先ほど飛んできた術は、何か印から発せられたものだろう。


「…全く、めんどくさいね」


蛇にどれほどの技術力があるかは知らないが、印の開発、行使は相当な練度を持つ術士でないと行えない。

霊力が上手く付着しなかったり、肝心な所で暴走したりと失敗事例は枚挙に暇がない。


使わせてもらうよ、帳野。

目に薬品を落とし、息を吸う。


薬品の効果により、約十分の間、僕は眼を閉じる事は無くなる。


刀を抜き、逆手に構える。

相手が肉薄するのを確認次第、足に力を込め、駆ける。

地が抉れるほど、強く踏み込み、相手の右腕を切り落とす。


直ぐに相手に向き直り、攻撃に備える。

女はそれでも怯む事なく、左腕一本で拳撃を打つ。

肩を入れて放つ拳は、先ほどよりも攻撃範囲が伸び、左腕を掠める。

一瞬の痺れと、目眩。恐らく毒だ。


「…参ったね。毒耐性は付けてないんだよ」


幸い、傷が浅かったのか理由は定かでは無いが、目眩も痺れももう無い。

手は問題なく開くし、足だって同じ様に動く。


体が問題なく動く事を確認し、敵に向き直る。


「…温まってきたよ」


心なしか、先程よりも世界が遅い。

久しぶりになるこの姿。


刀を投げ捨て、少し身の着を着崩す。

大きく息を吸い、久しぶりに使う術を発動する。


「…行くよ、“蛇”」


──────────────────────────


女は、困惑していた。

先程迄とは打って変わり、足の速度、切れ味、威力とその全てが跳ね上がったこの男に。


秋元充。年は三十八。

性別は男で、少しずぼらな所がある。

妖や対人はここのところからっきしで、“火付け”には丁度いい。


それが、私たちの頭の発言だった。

蛇穴さんが襲うのは楽と言っていた。

幾つか私達にも勝機があると。


嘘じゃ無いか。

女は疲弊していた。

腕を切り落とされ、術は悉く躱され、ならばと放つ打撃も、全て避けられる。

遠方から聞こえる音も、恐らく味方が殺されている音だろう。


目の前に立つ男は、あの激動の時代を確かに生き抜いた男なのだ。



……それがどうした。

元々碌に生きて碌に死ねる様な生まれじゃ無いんだ。

ならばせめて、一つでも多く“あの御方”に情報を──


 その女の首がするりと落ちると共に。


──その女の思考は、そこで途切れてしまった。

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