提案
祝、百話突破〜!
「分かりませんか、楠溟楽」
八乙女と呼ばれた男は、心底呆れた様に首を振る。
その目は、何も理解しない愚者を見る様で、凡そ人を見る目では無かった。
また、楠の八乙女を見る目も、人を見る目ではなかった。
“死無き”化け物を見る様な。
とてつもない恨みの籠った目だった。
「…楠さん、コイツは?」
「……八乙女。“八乙女叉白”」
金の髪を棚引かせ、男は頭を下げる。
まるで何処ぞかの貴族の様に、ゆったりと。
「ご紹介預かりました。八乙女叉白と申します」
こちらを値踏みする様な眼差しを向け、敵意を明らかに隠す素振りを見せる。
「秋元」
楠が語気を強める。
「此奴は、蛇の頭領よ」
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俗称を“蛇”。
真名を“千の首を持つ蛇”と言う。
構成を“頭”、“手”、“牙”、“眼”と、取る。
楠が世に生まれ落ちる遥か前、“それ”は現れた。
『…』
『なぁ、母さん。目、開けてくれよ…」
一人の恨みが、怒りが、怨嗟が。
“幾千の”集合体となり、世界を怨む“蛇”となった。
少年の瞳孔は縦に引き伸ばされ、舌は細く先は割れ、肌は白く、鱗と化し、ヒトの頃あった歯は牙になった。
許さない。母を殺した世界を。見殺しにした、
“人共を。”
その少年、叉白と名乗る。
金の髪を棚引かせ、紅い瞳を爛々と輝かせる。
少年の笑い声が、月夜に木霊する。
自らの家が燃えていようと、少年は笑うしかなかった。
その時、少年は炎を覚えた。
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「…心外ですね。私は人を探しているのですよ」
顔を少し俯かせ、押し出すように叉白は放つ。
「その為には犠牲もやむなしと?」
「ええ、…成る可く被害者は出しませんよ」
秋元の問いに対し、何処か恨みの籠った声を出す。
髪は逆立ち、周囲の地が浮くほど、叉白は感情が昂っていた。
眼の周囲は、人とは思えぬほど太い神経が浮き上がる。
だが、その眼には泪を浮かべ、唇を噛み締めている。
「…ですが、話も聞かずこちらを殺そうとする者どもを殺すな。…と言うのは存外難しいのですよ」
顔を横に振り、叉白は続ける。
「“私は”人を殺してはいません。先程言った通り、人を探しています」
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その昔、今より二千年ほど前。
叉白は旅をしていた。
あんなに惨い様をするのは一部で、人は本当はいい者が多いかも知れないと思考したからだ。
今日はどちらに行こう、南に降るのもいい。
北に上がっていくのもいい。向こうは美味しい物が沢山あるらしい。
そして、叉白が田の淵を歩いている時の事だった。
背後から一刀。
叉白の体は横に真二つになった。
最早半神となった叉白に死は訪れ辛く、故に唖然としていた。
“何故、私は斬られた?”
叉白を切ったのは都では著名な人斬り、辻斬りであった。
自ら刀を打ち、その切れ味を人で試す。と言ったよく居る刀打ちの一人だった。
叉白は怒りよりも先に、憐憫の気が先に来た。
“今まで何人の命をコイツは奪ってきたのだろう”
“切れ味を試したいと言う下らない理由で、何人殺したのだろう”
男が去った後、叉白は起き上がる。
手のひらの開閉を繰り返し、体が動く事を確認した。
その晩、男の家は激しく燃えていた。
どういうわけか、その火は他家に燃え移る事はなく、いくら水を掛けても消えぬ炎であった。
この時、叉白は斬撃を覚えた。
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ふぅ、と叉白がため息を吐く。
「溟楽。私は人を探している。協力してくれないか?」
微笑みを浮かべながら、溟楽に提案する叉白。
そこには、裏の感情は感じ取れない。
左手を差し出し、さも安全と言わんばかりに叉白は微笑む。
「断る」
一瞬の迷いも見せず、一蹴する楠。
叉白を目の内に捉え、瞬きをもしないとばかりに睨む。
「…残念です」
心底“残念そう”に、叉白は肩を窄める。
まるで心からの演技に、楠の顔は険しくなる。
「…では、秋元さん。貴方はどうです?」
「…僕?」
突拍子もなく向けられた矢印に、少し戸惑う秋元。
その隙に付け入る様に、叉白は畳み掛ける。
「貴方は人の頼みは断らない人だと聞いています」
「…俺はそんな出来た人間じゃないよ」
「えぇ、ですから貴方に頼んでいるのです」
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その日、今から凡そ三千年前。
叉白は友人の葬儀に出席していた。
その友人は、どんな人間にも優しく、朗らかな人間だった。
愛娘と妻を残し、若輩者のまま逝ってしまった。
死因は、病気だった。感染し、人から人へと感染る物だ。
何故かこの時、叉白の中にはよく分からない感情が芽生えていた。
半神となって、数え切れぬ程、日が沈む様を見てきた。
半神となって、数え切れぬ程、月が沈む様を観てきた。
悠久の時を生き、幾億もの“死”に触れた。
それでも尚、この感情は芽生えなかった。
「…」
友よ。教えてくれ。
この感情は一体なんなんだ。
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「…貴方は、私の古い友に似ている」
「古い友?」
叉白の放った言葉を反芻する様に、秋元は繰り返す。
「…あぁ、懐かしい。…そして──
嘆かわしい。」
ゾクリと、背筋を伝うは、殺気の類だろうか?
それとも、自分が今感じている恐怖による物だろうか?
「…おっと、少し気持ちが荒ぶってしまいました」
何処かおちゃらけた雰囲気に戻った後、叉白は続ける。
「…もう一度言います。私は“人”を探しています」
──協力しませんか?