蛇の思考
「盗まれたぁ?」
「はい、当時はまぁ、新手の新興宗教とか沢山ありましたからね」
赤い月を発端に、神ノ国やルルリエ、外国で発生した宗教団体は百を優に越える。
その内の多くは、大量に増えた信者を抱えきれず自壊。
その他も、半端な者が増えた為大元から崩れたりと。
「まぁ、こと蛇に関しては歴史的書物にすら載ってる程昔の組織ですからね」
「…それで、何故盗まれたのだ?」
楠が立ち上がり、秋元を睨む。
その目には炎すら見える程、彼女は憎悪の念を抱いていた。
「…私の不手際ですよ。貴女も知ってる面子に裏切り者が居たんです」
「ほぅ…?」
楠が指を折り数を数える。
千を生きている彼女は、同じ時を生きる人間を三人ほど知っている。
その三人の内、この様な阿呆な事をやるのは一人しかいない。
「…盗んだのは僕の同僚でしてね。道満と言うんですが…覚えてます?」
「…道満〜?…駄目じゃ思い出せん」
道満鐘嗣。
“印”を盗んだ張本人で、秋元の同僚。
稀代と称される程の術の使い手。
自らの事を我と呼んだり、常に甚兵衛を羽織っていたりと何処か時代に合わない様な人間だった。
「気づけなかったんです。道満が蛇の一員だと」
「…つまり、わしの所にも蛇が居るかも知らんと?」
安物のタバコを吹かし、眉間を抑えながら溜め息を吐く目の前の男に、少しばかり苛立ちを覚えるが、言っている事は正しい。
蛇の連中は正しく“何処にも居て何処にも居ない”が当てはまる奴らだ。
知らず内に身内に成りすまし、入り込む。
「…それに、下手を打てば美戸や渦巳だって蛇が成りすました偽物かも知れない…というわけです」
「…それにお主も、か?」
男は首を縦に振る。
「何処に藪があるか分かりません。術の鍛錬は怠らない様、気をつけてください」
「…分かったわ」
いつものおちゃらけた雰囲気は何処へやら。
そこには、然と学長足る秋元が居た。
「…懐かしいのう」
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『…此奴が?』
『えぇ、コイツを時期学長として育てるんです』
蓮学の学長室に押し掛けてきた古い友人と、その隣で立ち尽くす少年。
黒髪で、何処となく此奴と似ておるが何処か違う様な、そんな少年じゃった。
『言うて齢もまだ一桁じゃろう?少し気が早いのでは無いか?』
『何を言う!コイツには才能があるんだ。俺なんか目でもない才能が!』
古い友人は、目を輝かせながら少年を持ち上げる。
少年よりも少年らしい目をした此奴と、少年の癖に誰も信用していない様な目をした少年。
何処か燻る炎の様に、わしの気は落ち着かなかった。
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「…阿呆が」
掌を握り、悔しさを噛み締める。
十一年前、五十三年前、百八十八年前…
自らが体験し、抑えた赤い月は、今も鮮明に覚えている。
活性化する妖、活性化した妖に乗じ悪事を働く人間ども…
いつになっても人は変わらない。
歴史から学ばず、それどころか焚書すらする始末。
驚きよりも呆れが勝つ。
今自分達が助かれば、後の世代はどうでもいいと言うその思考も。
わしが知る最古の赤い月は…丁度千年前か。
あの時は、…何があったか…
まぁ、ええか。
当時の事はそれ程覚えとらんし、記憶も曖昧じゃ。
「のう、対校戦じゃが、また今度にせんか?」
「…意外ですね、“そういうのが”好きな貴女なら無理矢理にも強行すると思ってましたよ」
「ふん、流石に生徒の命には変えられん」
昼というのに、空には大きく月が浮かんでいる。
真白く、陽の光を跳ね返し光る。
思えば、十一年前のあの日も月は白かった筈。
突然、何故あんなに妖が活発に動いた?
「…?“月は白かった”?」
おかしい。
赤い月はその名の通り月が赤くなる筈。
三年ほどかけて月が赤くなる自然の災害の様な物。
天体の並びが直列になる事で起きるもののはず。
それに、十一年前は“臨界”の周期でも無い。
臨界まではあと百年ほどある筈。
“誰か”が意図的に似非の赤い月を引き起こした?
そんな芸当が出来、力を持つのは…神か、はたまた…
それに、赤い月中に何が起きる?それを起こす理由は?
溢れんばかりの霊力が地に満ちる事?
妖が人を喰いさらに力をつける事?
赤い月の最中、小妖が危妖になったと言う報告もある。
それが起きて得をするのは誰だ?
やはり蛇か?あそこの奴らは何処と繋がっている?
「…解せんな」
しかし、蛇の連中が赤い月を起こしたとは考え難い。
奴らとは一度戦った事があるが、あれほどの力を持つなら奴らが出張った方が人は殺せるだろう。
では何故赤い月が終わった今、蛇と思わしき痕跡が見つかる?
何を考え、奴らは行動している?
「…分からんな、異常者共の思考は」
「分かりませんか、楠溟楽」
背中に走る一筋の悪寒。
“百年前と変わらぬ”声が耳を打つ。
「…何故生きておる、“八乙女”!!」




