第一王子 前編
第一王子の婚約者は4歳年下の公爵令嬢。
婚約したのは婚約者が3歳で王子が7歳の時であり、第一印象はくりっとした大きい目を持つ可愛らしい女の子。
「お会いできて光栄です。カローナ・マグナと申します。よろしくお願いします」
淑女の礼を覚えたばかりで初々しく礼をしてニコッと笑うカローナに第一王子は微笑み返す。王子の笑みに頬を染めて目を輝かせるカローナは可愛らしく、王子は幼い婚約者を大事にしようと決めた瞬間だった。
令嬢教育が途中のカローナは挨拶が終わるとすぐに第一妃に手を引かれて連れていかれる姿を見送り、王子は良い婚約者を選んでもらったと笑みを浮かべて次に会えるのを楽しみにした。
令嬢教育中のカローナが王子が見かけるといつも母や侍女に手を引かれていた。会うと目を輝かせニコっと笑い礼をする婚約者が可愛らしく第一王子は偶然を装って頻繁に会いに行っていた。
「母上、カローナは?」
「聡明な子よ。でも貴方に会わせるにはまだ足りないわ」
第一王子が王宮で見かけるカローナはいつも一人ぼっち。この頃カローナは第一妃の執務室で第一妃や侍女や教師に指導を受けていた。
王宮のお茶会に招かれる令嬢達は社交デビュー後の8歳以上であり、3歳の幼いカローナが王宮に通っているのが異常な光景だと王子は気づかない。
第一妃が早期に令嬢教育と妃教育を施したいと強引に命じたための特例だった。
三人の王子の中で輝かしい金色を髪と瞳に持つ第一王子が一番美しく容姿に恵まれていた。武術が好きな王子が鍛錬や手合わせで剣をふるう姿は、泥臭さの欠片もなく、キラキラと輝く金髪と爽やかな笑顔を偶然見かけた令嬢の心を奪う。
美しい王子に愛されたいと恋い焦がれる令嬢も多く、中にはまだ幼いカローナを早々に潰そうと企む令嬢もいた。
「殿下、私もマグナ様と親しくなりたいですわ」
第一王子のもとには頻繁に同世代の令嬢達が訪ねていた。
優しく微笑みカローナを気遣う言葉を口にする令嬢達の思惑を知らない第一王子は好意と受け取り、一人ぼっちの婚約者に友達を作る機会を与えるつもりだった。母親に相談すれば止められただろう。ただ令嬢達の口車に乗せられた王子は母にはカローナの招待する了承だけとり詳細を話さず、令嬢達の言う通りに婚約者を喜ばせるためのお茶会の準備を整えた。
4歳のカローナは初めて第一王子とのお茶会に招待された。第一王子と挨拶以外で話すのは初めなカローナは緊張を隠して妃教育で身につけた鉄壁の笑顔で王子の部屋を訪ねると扉を守る騎士が扉を開けてカローナを招き入れるので礼をして頭を下げる。王子の「頭をあげよ」と言う声に顔を上げると年上の令嬢達に囲まれる第一王子が目に映りカローナは一瞬だけ固まり鉄壁の笑顔を浮かべる。
「ようこそ。カローナ。好きな席に座れ。今日は無礼講だ」
微笑む王子から一番遠い末席だけが空席だった。カローナは第一王子の命令には逆らえないので戸惑いを隠して招待への感謝の言葉を告げて笑みを浮かべて席に座る。真っ赤な唇の口角を上げ、敵意の視線を向ける令嬢達に気付いても。用意された席が国でも絶大な力を持つマグナ公爵令嬢のカローナが絶対に座らない席だとしても。笑みを浮かべて行儀良く座る愛らしい婚約者が緊張せずに楽しめるように無礼講の席を用意しカローナを微笑ましく見ている第一王子は鈍かった。
「殿下、こちらをどうぞ。私は殿下の好みを知ってますのでマグナ様にも教えてさしあげますわ」
「失礼よ。マグナ様にはいらないわ。ご存知のはずだもの」
「そうよね。婚約者が知らないはずないもの。ごめんなさい。でもその席だと…。今日は私に代りにお世話をさせてくださいな」
「お心づかいありがとうございます」
カローナは王子から令嬢達の紹介を受けた後にようやく用意されたお茶に手を伸ばし口に含みカラカラに乾いた喉を潤す。
王子のことを何も知らないと上品な笑顔で責められていたが、笑顔でのやり取りは王子には親しそうに見えていた。カローナは感情を殺してずっと微笑み受け流しながら、令嬢達と親しそうな王子の様子を眺めていた。令嬢達はどんな言葉にも動揺を見せずに笑顔で受け流すカローナを幼く無知なため嫌味が通じないとあざ笑う。そしてカローナに口が挟めない話題で王子と盛り上がり、令嬢達は王子の視線の奪い合いを始める。カローナを潰すのに手を組んでも恋敵同士。カローナには王子との仲を見せつけられ一石二鳥だった。
お茶会を進むにつれて王子と令嬢が楽しそうに盛り上がり、全く相手にされなくなったカローナは空気になったつもりで味のしないお茶に口をつけていた。
カローナは第一妃に話しを聞いて胸を躍らせ楽しみにしていた初めての王子とのお茶会が終わり、ゆっくりと立ち上がる。
「カローナ、どうだ?」
最初の挨拶以外で初めて第一王子に声を掛けられたカローナは笑みを浮かべる。
「楽しい時間でした。お心づかいありがとうございました」
上機嫌な王子に礼をしてカローナは退室する。背中から王子が他の令嬢と親しく話している声が聞こえ、令嬢達に囲まれ楽しそうな王子に寂しさを感じた自分を責める。王族に望んではいけないと教え込まれていたカローナは必死に自分に言い聞かせる。そして、力不足の自身に気付き王族の役に立てるように王子の好みをきちんと勉強しようと決め帰宅するために馬車に乗り込む。馬車の中でなぜか泣きたくなり、涙を我慢して顔が歪んだのはカローナの秘密だった。マグナ公爵邸に帰ると、笑顔で使用人に「お帰りなさいませ」と迎えられカローナは「ただいま」と笑う。寂しい気持ちは大好きな両親に抱きしめてもらうとなくなった。妹を抱きしめるとにっこり笑う顔を見てカローナは泣きたい気持ちを我慢する。カローナは空気のように扱われても家に帰れば違う。マグナ公爵夫妻は王宮で厳しい教育を受けるカローナを全力で甘やかしていた。そして使用人にとっては大事な可愛いお嬢様だった。幼いカローナは王子の態度や令嬢の言葉、認識されない自分が存在を否定されたように感じ、傷ついていることさえ気づいていなかった。
第一妃は息子との二人っきりのお茶会から息子に興味を持ったカローナを微笑ましく思っていた。第一王子が晩餐の席で頻繁にカローナのことを聞き、気に掛ける様子にも。カローナの教育も順調に進み礼儀作法も身に付いたため、意識し合う二人のために逢瀬の時間を増やす手配を整えた。
第一妃は二人のために整えた時間に他の令嬢達が同席するのは知らなかった。カローナに息子とのお茶会の感想を聞くと楽しい時間でしたと微笑みながら答え、息子もお茶会の後は上機嫌だったので二人の仲は良好と思っていた。いつの間にか自分の侍女が第二妃に買収され誤った報告がされているのは気付かない。そして喜んでいる息子と違い、カローナは感謝を述べるだけで一度も自分から王子とのお茶会の話題に触れないことも。
第一王子は幼くても自分の周りにいる令嬢達よりも淑やかで常に微笑みを浮かべ自分の話に耳を傾ける婚約者を一番気に入っていた。第一王子に恋する令嬢達は第一王子がカローナに目をかけているのを気付き敵意を抱いていた。
第一王子は女性に優しく、令嬢にねだられれば贈り物をした。
「カローナ、欲しい物はあるか?」
「お気持ちだけで充分ですわ」
第一妃に王族に物をねだるのははしたないと教わっているカローナは微笑みいつも同じ言葉を告げる。
「そうか……」
「殿下、幼いカローナ様にはまだ難しいですよ。贈り物なら……」
何も望まないカローナに落胆した声を出す第一王子に笑顔で令嬢が話しかける。
第一王子とカローナの会話に必ず令嬢達が割り込む無礼を誰も咎めない。第一王子はカローナと過ごす時はカローナの友人と思い込む令嬢達も同席させていた。いつも母の執務室で大人に囲まれて過ごすカローナへの気遣いだった。
不満を口にせず、常に笑顔のカローナに王子の侍従が異常な環境に気付いていても二人が楽しそうならいいかと見守っていた。4歳のカローナが鉄壁の笑顔を身に付けているとは誰も思っていなかった。
この頃からカローナの第一王子への淡い恋心は砕け消えていく。
第一妃は時々執務室から抜け出すカローナに気付いていた。行先は後宮の庭園で危険はなく、しばらくすると大人しく机に向かって勉強をしているので自由にさせていた。
難しい課題を与えるといつの間にか庭園に行き終わらせて帰ってくるので、隠れて息子が教えていると思っていたがしばらくして勘違いと気付く。
カローナには王子の婚約者は感情を顔に出すことや、わからないと甘えることは許されないと教えていた。与えられた課題をどうやって解決に導くかも含めての課題だったが、自力でこなすほどの優秀さを持つとは思っていなかった。
カローナの優秀さに気付いてから第一妃の視線が変わる。第一妃は後ろ盾のマグナ公爵家ではなくカローナ自身の利用価値に目をつけた日だった。
課題として第一妃の簡単な仕事を任せると完璧にこなしたのはカローナが5歳の時。それからカローナは教育の一環として座学だけでなく王妃の隣で接待や家臣とのやり取り等の実践指導が始まるが、社交デビュー前のため同席させられる場所が限られていた。
そのため第一妃はカローナの早期の社交デビューと婚約披露の準備を整え始めた。
社交デビューは一般的には8歳以上とされていた。マグナ公爵からまだ早いと抗議を受けたが、王家の通達として第一王子の婚約者なら当然と王族命で第一妃は押し通す。
そして第一妃は課題としてカローナにもマグナ公爵への説得を命じた。
マグナ公爵家はカローナの強い願いで渋々認めた。マグナ公爵夫妻はカローナが第一妃に王族の願いに拒否は許されないと教え込まれているのも説得を命じられているのも気づかなかった。
王族の命令でも理不尽であれば異を唱えることは許されていたがカローナに教える者はいなかった。
カローナは6歳で社交デビューと婚約披露が決まった。
社交デビューの当日に第一王子が親しい令嬢達と選んだ紫色の大人びたドレスと靴が王宮の使者から届けられる。
マグナ公爵家は当日に第一王子の名で贈られた6歳のカローナに似合わないドレスやヒールの高い靴を見て唖然としていた。カローナのお披露目用のドレスは公爵家で用意していたが、優先すべきは王家からの贈り物だった。
「カローナ」
どこであっても王家への不満は許されず王族の意向に沿うように最善を尽くすことを教え込まれていたカローナは戸惑う両親に微笑む。
「殿下からのありがたい贈り物です。殿下は第一妃殿下のような方がお好みです。ふさわしくあるように努力するのは当然ですわ。ポプラ、ドレスに合うようにお化粧してください。私の顔はどうなっても構いません。お母様、時間がありませんのでドレスに合う装飾品も選んでいただけますか?」
「わかったわ」
「かしこまりました」
マグナ公爵夫人は健気な娘のためにドレスに合う装飾品を探した。非常識な王子への苦言はカローナに止められ飲み込んだ。
ポプラは可愛らしい顔立ちのカローナが美女に見えるように厚い化粧を施す。この日からカローナは厚い化粧を纏うようになる始まりだった。
侍女やマグナ公爵夫人が忙しなく動いている中で妹のイナナは怒りに震えていた。
カローナの社交デビューの準備はマグナ公爵夫人とカローナとイナナで進めドレスも新調していた。
イナナは桃色のドレスとふわふわの髪に宝石やリボンで作った小さい花をたくさん飾って春の妖精のように可愛いく仕上げる予定だった。ふわふわの黒髪と大きい目を持つ可愛らしい姉には暖かい色がよく似合い、服も桃色や緋色など暖かい色のものばかり。
白い肌にくりっとした大きい目に、血色の良い頬に赤い唇、人形よりも可愛らしい顔立ちに化粧は必要なかった。今日も頬紅と口紅を塗る予定だけだった。
ポプラによって仕上げられ、化粧をした姉は身長さえあれば大人に見えた。イナナが姉の魅力がわからない第一王子に殺気を覚えた最初の日である。姉との時間を奪った王家は大っ嫌いだったがこの日が憎しみを覚えた最初の日だった。
「イナナ、どうかしら?」
「綺麗です。でもイナナはいつものお姿が好きです」
「ありがとう」
姉のにっこり笑う顔が化粧に似合っていなかったが大好きな姉を困らせないためにイナナは笑う。イナナが同行したくても社交デビューしていないから留守番だった。イナナはできるだけ早く社交デビューをしようと決め、翌年、6歳で社交デビューしたいと両親に頼み込み、権力を使ってイナナは姉の生きる世界に飛び込むことになる。
第一王子は初めての社交デビューのカローナを気遣いマグナ公爵邸に迎えに来た。
マグナ公爵夫妻に挨拶を受け、しばらくして姿を見せたカローナに第一王子は息を飲む。髪色と瞳の色以外は別人のカローナを見て一度目瞬きしても目に映る姿はかわらず、目を見張る。
「カローナか?」
「はい。素晴らしい贈り物をありがとうございます」
「似合わんな」
「申し訳ありません」
微笑むカローナに第一王子は落胆したため息をこぼして手を差し出して馬車にエスコートする。カローナがいつもより高いヒールを履いても二人の身長差はうまらない。
「自分で贈ったくせに」
二人の背中に呟いたイナナの口をマグナ公爵が慌てて塞ぐ。公爵夫人は不満な顔をするイナナに正しい報復の仕方と不敬を働くとカローナが困ると教えてから、夫と一緒に王宮に向かう。
第一王子が迎えに来なければカローナも同乗するはずだったが王家からの申し出は断れなかった。
会場に足を踏み入れると第一王子とカローナは視線を集める。
小柄な身長さえ除けば、艶やかな漆黒の黒髪を一つにまとめて結い上げ、美しい顔立ちと落ち着いたドレスと品の良い装飾品を纏う、第一妃と母親譲りの所作の美しいカローナは6歳に見えず、4歳年上の第一王子とお似合いだった。また綺麗な微笑みを浮かべ、初めてとは思えない緊張のカケラもない堂々と洗練された振舞いに聡明な言葉選びは社交デビューを迎える令嬢の中で一番目立ち格の違いを見せつけた。
令嬢達は嫌がらせに贈ったドレスがよく似合うカローナを眉をつり上げ、唇を噛み悔しさを隠して眺めていた。扇子で顔を隠す余裕もなかった。王子にサプライズのほうが喜ぶと教え当日に届くように手配させ、似合わないドレスに高いヒールに醜態を晒す姿を楽しみにしていたのに台無しだった。いつも全く釣り合わないカローナが第一王子の隣に違和感なく寄り添い、何より自分よりも美しく見える顔が気に入らなかった。
カローナは第一王子の隣で第一妃仕込みの綺麗な笑みを浮かべて役目をこなす。
挨拶とファーストダンス終えた第一王子はカローナに問いかける。
「外すが、一人で平気か?」
「はい。お心づかいありがとうございます」
「そうか」
一瞬笑顔が曇ったカローナに気付いて第一王子は笑う。離れると自分を不安そうに見つめるカローナに気付いて踵を返しカローナのもとに向かおうとすると令嬢達に囲まれる。令嬢にダンスを誘わないのはマナー違反のため第一王子は何曲か踊ってすぐにカローナのもとに戻るつもりだった。
カローナは令嬢達と楽しそうに過ごす王子を一瞬だけ見つめて、抱えた思いに自身を叱咤し人混みをさけ壁の花になるために歩き出した。
婚約披露の場なので側にいてほしいと王子に願ってはいけないと、緊張と不安で震える手が見つからないように必死に平静を装い笑みを浮かべて、頭の中で礼儀のおさらいをしても震える手の止め方は見つからない。カローナは第一王子に恋する令嬢達に親し気に声をかけられ、震える手を隠してどんな嫌味も笑顔で耐える。手の震えは止められなくても感情を殺して微笑むのは得意だった。第一王子が令嬢達と楽しんでいるカローナを寂しそうに見ている視線には気付かない。
マグナ公爵は挨拶回りを終えると、一人で令嬢達に囲まれるカローナの様子に気付いて保護し、年齢を理由にカローナを退席させる。通常よりも2歳早い社交デビューなのでカローナを咎める者はいなかった。
家に帰ったカローナがこっそり大事にしているぬいぐるみを抱いて眠る姿をマグナ公爵夫妻が心配そうに見つめていた。
第一王子はカローナへの贈り物は令嬢達に相談してカローナに全く似合わない流行り物を選んでいた。カローナがいつも身に付けて微笑みながらお礼を言うので気に入っていると思い込み。
社交デビューで愛らしいカローナを気に入っていた王子は別人かと思うほど大人びた姿に気に入らなかった。だが自分にふさわしくあるように着飾っていると母親に聞いてからは愛しく思えた。そして愛らしい婚約者が初めて女性に見えた。
家臣達は婚約披露で並び立つ第一王子とカローナをお似合いと褒め立てて余計に意識した。この日から美しく着飾るカローナを意識して、素っ気ない態度をとってしまう日が始まった。
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社交デビューを終えてしばらくするとカローナは任された業務も慣れ余裕ができた。
第一妃の命令で第一王子の執務室を訪ねノックした。
「勝手に入れ。その書類を持っていけ」
書類に囲まれた第一王子のイライラとした声にカローナが入るとテーブルに置いてある書類の山が目に入る。カローナは無言で礼をして書類の山を抱えて退室する。大量の書類を抱えてフラフラと歩くカローナは前方不注意で人にぶつかり尻餅をつき、手から書類が落ちた。
「大丈夫?」
「申し訳ありません」
カローナは顔をあげ、第三王子にぶつかったことに気付き息を呑み、慌てて立ち上がり頭をさげる。
平凡な顔立ちの第三王子は優しく笑い、落ちた書類を手早く拾う。
「大丈夫だから気にしないで。これを運べばいい?」
「殿下にそんな」
「ご令嬢に重い物を持たせて放置したら母上に怒られるから、僕のためにも運ばせて。僕の母上は実は怖いんだよ」
カローナは優しく笑いながら冗談を言う第三王子に力が抜け好意に甘える。第三王子の話を聞きながらカローナ専用の執務室まで書類を運んでもらい、感謝を告げて笑顔で手を振る第三王子と別れた。カローナは椅子に座り、ペンを走らせ書類を終わらせた頃には窓の外は真っ暗だった。カローナの仕上げる書類はいつも第一妃が確認している。書類の持ち主の第一王子に確認してもらうために、第一王子の執務室に足を運んだ。入室許可を受けて、フラフラと書類を持ち第一王子に礼をする。
第一王子は書類を抱えるカローナに驚いて目を見張る。
「カローナ?」
「お邪魔をして申しわけありません。書類をお持ちしました。遅くなり申し訳ありません」
「そなたが、なぜ」
カローナの訪問に気づかず、書類を任せた記憶もないため戸惑う声を出す第一王子にカローナは鉄壁の笑顔を浮かべる。
「殿下のお役に立てれば光栄です。不足があればご教授お願いします」
笑みを浮かべるカローナに頷いて第一王子は書類を受け取り確認をはじめる。一人の令嬢がお茶を持って訪ねてきた。
「カローナ様、気が利きませんのね」
令嬢の囁く声にカローナは微笑み聞き流す。集中して書類を読んでいる第一王子の邪魔はしたくなかった。第一王子にお茶を出し、肩を揉む令嬢の姿に邪魔をしないようにカローナは笑みを浮かべて礼をして退室する。第一王子が全ての確認をおえ、顔を上げると完璧な仕事をしたカローナの姿はなかった。王子は共に仕事をするのもいいと思い付き、この日から執務の手伝いに時々カローナを呼び出すようになる。
またしばらくしてカローナは第一妃の命令で第一王子の名代として執務を引き受ける日が始まり任される仕事がさらに増えていった。
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第一王子とカローナは視察で海沿いの貿易が盛んな領を訪ねていた。
領主と第一王子の会話に、王子が言葉につまるとカローナが笑みを浮かべて引き継ぐ。
領主の案内で第一王子とカローナは商業施設を見学して歩いていた。
「お美しい婚約者をお持ちで羨ましいですな」
「そなたの奥方も魅力的だ」
女性に優しく令嬢に囲まれることが日常茶飯事な第一王子は常に女性を褒める言葉を述べる。意識してしまうカローナ以外には。
「いえ、カローナ様には敵いません」
「カローナは肉が足りん。それにまだ色々とな」
領主夫人は高い身長に健康的な日に焼けた肌、がっしりとした体躯に豊満な胸、男性を魅了するカローナと正反対な体を持っていた。
苦笑する第一王子達の話をカローナは微笑みを浮かべて聞き流す。体形や可愛げのない性格について苦言を言われるのはよくあることだった。
「でしたら、馴染みの花を伺わせましょう」
二人は領主の家に宿泊予定だった。下世話な顔で第一王子に花を勧める領主にカローナはため息を飲み込む。第一王子のお手つきになれば生家は王家の支援が受けられるため、お金に目がない欲深い領主は娘をお手付きにしたかった。
領主の思惑に気付いたのはカローナだけ。
ここで第一王子のお手付きができれば第一妃の叱責をカローナが受けるのをわかっていた。カローナと婚姻する前に妾を娶るのは外聞が良くない。また妾を迎えるのも事前に王家と相談してからであり、本能のままに手を出す前に必要な段取りがあった。
この領主と察しの悪い第一王子を二人にさせていけないと、この視察だけは命令がない限り傍にいることをカローナは決意した。王子の気をそらし話をやめさせるために笑みを浮かべて話に割り込む。
「殿下、そろそろ移動しませんか?」
「ここはつまらんか」
「いえ、違いますわ。殿下の好むものが先の店にあると伺っております。このままですと店が閉まってしまいますゆえ」
カローナの気遣いに頬を緩める王子は綺麗に微笑む婚約者に目を奪われ頷き、領主との話を中断して移動を始める。
珍しい物が好きな第一王子はカローナに勧められた店に入り、見慣れない商品を興味深そうに眺める。隣に寄り添うカローナがねだるなら何か贈りたかったが、視線が合うと綺麗に微笑むだけだった。
第一王子はカローナの後ろにある色とりどりの花の絵が描かれたティーカップに目を止める。
第一王子はティーカップに手を伸ばすと、描かれている赤い薔薇と隣にいるカローナの瞳の色がそっくりだった。
カローナは領主との話が頭から抜け落ちた第一王子にほっとして、令嬢へのお土産を探している様子を眺めていた。第一王子が真剣に見つめる姿を眺めながら、たくさん並べられたティーカップの中に薄い黄色の薔薇を見つけ、懐かしい色にカローナが小さく笑う。
第一王子はカローナが熱心に見ているティーカップに気付く。
「欲しいか?」
「いえ、もう少し色が濃ければ殿下の瞳と同じ色と見ていただけですわ」
カローナは第一王子に声を掛けられ、目の前のティーカップは令嬢達へのお土産には丁度いいと進言する。第一王子と同じ色を持つ薔薇はなく、目の前のものが一番似ていた。
第一王子はカローナの言葉に花の色に自分を連想させ同じことを考えていたことに上機嫌な笑みを浮かべる。
第一王子は赤と黄色の薔薇が描かれたティーカップを購入し、カローナに無言で渡す。カローナは贈り物と認識していない後ろに控える第一王子の侍従に渡した。
カローナは誕生日以外は第一王子からの贈り物を決して受け取らず、それ以外に贈られることもないと思っていた。
第一王子とカローナが歩いていると砂煙が立ち、暴れる馬車が走っていた。
護衛騎士が二人を囲む。カローナは子供が飛び出していくのを見つけて、騎士の間から抜け出して、子供の手を掴んで止めようとした。非力なカローナは手を掴んだ子供に引っ張られ馬車の前に飛び出たので慌てて抱きしめ目を閉じる。一人の護衛騎士がカローナを抱えて馬車の前から保護し、他の騎士が暴れる馬を鎮めた。
大人しいカローナの行動に騎士が驚いたため反応が遅れたが怪我人はいなかった。カローナは目を開け、騎士に助けられ、馬車も止まった様子に安堵の息を溢す。緊張が抜けたカローナの緩んだ腕から子供が抜け出し、慌てて逃げる背中を静かに見送り騎士に向かって頭を下げる。
「ありがとうございました」
カローナの騎士とのやり取りに第一王子が近づく。カローナの咄嗟の行動も助けようとした自分を止める騎士にも苛立っていた。
「何をしておる!!」
カローナは第一王子の怒声にため息を飲み込み、慌てて苛立つ第一王子の前に立ち頭を下げる。
「はしたない姿をお見せして申しわけありません」
「頭をあげよ。傷でもついたらどうする。大事にいたらん保証はない」
「申しわけありません」
「帰る」
カローナは視察の途中で第一王子の引き返す姿に慌てる気持ちを隠して、微笑みながらも口を開く。
「殿下、申しわけありません。まだ予定が」
「いらん!!命令に従えぬか?」
「かしこまりました。申し訳ありませんでした。どうか殿下のお心のままに」
カローナが頭を下げると第一王子は不機嫌な顔をして足を進める。カローナは第一王子の一歩後ろを常に歩く。二人は無言で歩くことも多かったためしばらくして第一王子はカローナがいないことに気付く。
「カローナは?」
「カローナ様からは殿下を無事に御連れするように仰せつかってます」
「は?あやつの護衛は?」
「不要との仰せです。近衛は王族のためのものです」
「カローナを連れてこい。自衛くらいできる。命令だ!!」
王子の怒声に一人の近衛騎士がカローナを探して駆けて行く。第一王子は馬車に轢かれそうだったカローナを心配し医務官に診察させるため帰参を決めた。公務よりもカローナの体が優先だった。一人で出掛けたカローナも、自衛する力を持たないカローナの護衛につかなかった騎士にも怒りが抑えられなかった。カローナの捜索に全力であたるように、自分の傍を離れようとしない騎士達に再度命じた。
言い出したら聞かない第一王子に慣れていたカローナは説得を諦めて騎士に王子を任せて別行動を選んだ。予定に遅れが出ており、時間に余裕がないので予定を変えて効率的に視察に回っていたため、カローナと近衛騎士が合流したのは2時間後だった。
戻らないカローナを心配し第一王子が護衛を外し大捜索が行われたのは気付いていなかった。
騎士に連れられ戻ってきたカローナに第一王子は声を荒げる。
「カローナ、そなた勝手に傍を離れるとは」
「申し訳ありません。帰参しましょう」
「そなたもか?」
「はい」
カローナは第一王子の冷たい瞳に見据えられも微笑みかける。周囲に喧嘩しているように見られる訳にはいかない。王族が民の前で喧嘩など醜聞である。第一妃に知られれば叱責を受けるのはカローナである。第一王子を常に気遣い礼を尽くすべき婚約者が王子の気分を害するなど許されないのはわかっていたがカローナには難しかった。本当はカローナだけでも残りたかった。それでも荒れる第一王子を見て、一人で帰すのは心配だったので共に帰ることにした。王宮に帰って兄弟喧嘩になれば目も当てられない。
「カローナ、視察では騎士を外すな。傷をもらう身にもなれ」
「以後気をつけます。私の浅はかな行動でお心を乱させ申し訳ありませんでした」
頭をさげるカローナを一刻も早く医務官に診察させたい第一王子は顔を背けて馬車に乗り込む。
カローナには第一王子の意図は伝わらない。カローナは無言の馬車の中で笑みを浮かべて視察の放棄に荒れる第一妃をどう宥めようか思考を巡らせていた。
王宮に帰るとカローナは全身を医務官に診察された。カローナは自分が子供を身籠れないなら側室に頼めばいいと思いながら訳のわからないまま医務官の診察を受けていた。
第一妃は突然の帰還と医務官の診察の話に第一王子がカローナをお手つきにしたのかと誤解していた。想い合っていても8歳のカローナに手を出すのは問題があり、情事の痕跡のない診察結果に安心し視察の報告は頭から抜けていた。
カローナは第一妃の安堵の顔にお咎めがないことを不思議に思っていても無言で微笑むだけだった。
第一王子はカローナの異常なしの知らせを聞いて安堵した。カローナは第一王子の機嫌が直ったのを確認したので、礼をしてマグナ公爵邸に帰った。夜遅くに突然帰ってきたカローナをマグナ公爵夫妻が出迎えた。多忙の娘が心配でも、本人が大丈夫というなら手を出せなかった。
翌日カローナが一人で残りの視察を引き受けたのに王子は気付いていなかった。
また明け方に出発したカローナに気づいたイナナが怖い顔をして王宮を睨んでいることも誰も気づかなかった。
第一王子はカローナにだけは優しい言葉をかけられない。美しく成長していくカローナを意識してキツイ言葉を言った後にいつも後悔する。ただ何を言ってもカローナは笑みを浮かべて頷くので、本心はわかってくれていると思っていた。
第一王子はカローナは察しがよく、言葉にしなくても伝わることが多いので心が繋がっていると思っていた。カローナは第一王子より執務や接待に慣れていたため王子のフォローができただけである。
***
第一王子は廊下でカローナを見つけて声を掛けようとすると第三王子と一緒だった。
「僕、暇だから引き受けるよ」
「お気持ちだけで」
「カローナはこの程度を僕ができないと?」
「違いますわ」
「任せてよ。得意分野だ」
「ありがとうございます」
カローナの手に持つ書類を半分取った第三王子に微笑み礼をするカローナを第一王子は冷たい目で見ていた。
「カローナ」
カローナは第一王子の声に第三王子に礼をして、第一王子のもとに足早に向かう。不機嫌な第一王子の前で礼をして微笑む。
「殿下、どうされました?」
自分の呼びかけにすぐに近づいてくるカローナに第一王子は笑みを浮かべる。
「忙しいか?」
「いえ、ご用があればお任せください」
微笑むカローナに第一王子の浮上した気分は下がり、さらに機嫌が悪くなる。
「願いはあるか?」
「私の願いは殿下のお役にたつことですわ」
「そうか」
第一王子は冷たい視線をカローナに向けて頷き、執務室に戻る。自分には何も望まないのに弟の手を借りたカローナが不愉快だった。
どんなに第一王子が冷たく接してもカローナの笑顔は変わらない。さり気なく第一王子の部屋を訪ねてお茶を淹れる姿も。
そして第一王子は自分とカローナの姿を見ている者にも気付かない。
****
時が経つと、第一王子は常に笑顔のカローナを好いていたが物足りなくなる。
自分にもたれかかり、令嬢に頬に口づけられた時にカローナの表情が変わったのを目に止める。
動揺するカローナに機嫌を良くした第一王子は、ねだられるままもたれかかる令嬢の腰を抱く。
カローナは目の前の光景に絶句し礼をして立ち去った。それでも次に会った時はいつもの笑みを崩さないので第一王子はカローナに好かれていると思っていた。
令嬢達もカローナが第一王子を好いていると思っていた。どんな時も笑みを絶やさず寄り添うのは愛情ゆえと思い、美しく成長し聡明と婚約者としての評価の高いカローナに負けを認めまともな令嬢は身を引いた。第一王子がカローナを意識しているのは明らかで深く想い合う二人に割り込むより、違う王子を落としたほうが効率的と判断し、婚約者のいない第二王子に矛先を変えた。後ろ盾のない地味な第三王子は対象外だった。
第一王子は友人にカローナのことを話し、年上の友人に女心を教えてもらっていた。
「自分にだけ冷たい態度を取るのは愛ゆえと聡明なカローナ様はわかっています。
特別扱いを望むのはどの女も一緒です。カローナ様は第一王子殿下の側でいつも幸せそうに微笑まれています」
「第一王子殿下の呼びかけに誰よりも早く応えるのが証拠ですよ」
第一王子は耳心地のよい言葉に気分が良くなっていた。3歳から王族のためだけに育てられたカローナは第一王子と第一妃の声に条件反射で反応するのは本人しか知らない。
第一王子はカローナの愛を試したいなら無茶を言えばすぐわかると提案されて悪乗りして、早朝にカローナに届けるように無茶な案件を任せるように手配した。間に合わず頼るなら助けるつもりだったがカローナは期日通りに完璧に仕上げた。
翌日に倒れたと聞き見舞いに行くと、いつもの笑顔で迎えられ、カローナは屋敷の者の勘違いと謝罪した。殿下のお役に立てれば光栄と微笑み足を運ばせたことに頭を下げるカローナに頷いて王宮に帰り、苦言も言わず微笑むカローナの話に友人達に愛されているとからかわれて気分が良くなった。
第一王子は単純で、第一妃は自身に似た息子には甘かった。
また第一妃の耳には第一王子を称賛する話しか入らない。気性の激しい第一妃にわざわざ第二王子のほうが優秀と耳に入れる者はいない。
第一妃も第一王子も気付かなかった。第一王子に耳心地の良い言葉を伝え、非常識を吹き込むのが第二王子派の人物達とも。
王子の先触れのないマグナ公爵家への訪問はこの日が始まりだった。
この日は先触れのない王子の訪問をポプラに聞いたカローナはイナナに時間稼ぎを頼み、慌てて着替えて化粧をして支度を整えて迎え入れた。この日からカローナの体調不良は極秘になった。王子を見送り力尽きて倒れたカローナを見てイナナがキレていた。その翌日に第一妃に呼び出され微熱のまま参内するカローナを見てイナナは泣いた。泣いてもなにもならないと気付き、涙を拭いてイナナは王家を滅ぼすための呪いの本を極秘で集める手配を整え始める。またイナナにより第一王子の突然の訪問に備えたおもてなしシフトが計画され、家臣に命じられた。
微熱のあるカローナはポプラから王子のお出迎えシフトの話を聞いていくつか修正をする。心配するイナナを抱きしめ優しくなだめて、王子への無礼はやめるように言い聞かせる。苦いお茶を出して機嫌を損ねイナナや使用人が不敬罪にされるのは避けたかった。念のため、王子好みのお茶の淹れ方を侍女達に教え、侍女達は王子のお茶汲みをするカローナに複雑な顔をした。カローナは第一王子の侍女の真似事も完璧だった。
どんな状況でも第一王子の役に立てるように侍女のポプラに指導をしてもらったおかげである。この頃のカローナは自分は第一王子の婚約者と言う名のお世話係と認識していた。そして全ての手配を終えたカローナは食事もせずにベッドに力尽きて倒れこんだ。
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第一王子はカローナが自分にだけは頼らずになにも願わないことに気づいた。
王子の中で一番多く執務を任されているのは第二王子のため、第一王子よりも第二王子に確認すべき案件が多かった。カローナは執務の話をして書類のやりとりをしているだけであり、それを見た第一王子が嫉妬しているとは一切気づかない。
カローナが第一王子のすべき仕事を任されていることは第一妃と第二王子により第一王子だけは知らないように手を回されていた。
第一王子と第二王子は特に仲が悪いので二人が話すことはほとんどない。顔を合わせると喧嘩するので、家臣達は会わせないように気を配っていた。
年下の第三王子とは喧嘩はしないが、無関心で会話を交わす姿はほとんど見られなかった。影の薄い第三王子は第一王子に認識されていないことが多かった。
カローナは突然第一王子に呼ばれることが増えた。
早朝に王宮の使者に第一王子からの火急の呼び出しを伝えられ、慌てて化粧して支度を整え向かう。まだ明るくなったばかりの時間だった。
第一王子はカローナに自室にノックせず自由に入ることを許していた。
カローナは中に入り椅子に座っている第一王子を見てお茶の用意を始める。共に視察に出た時に王子が気に入って購入したティーカップに紅茶を注ぐ。10年以上も共に過ごせば王子好みの茶葉のブレンドも淹れ方も覚えていた。
第一王子はカローナの用意する紅茶を気に入り、自室をカローナにだけは好きにしていいとも伝えていた。カローナはあまりに突然呼ばれることが多いため茶葉とお茶の道具だけ置いていた。カローナは第一王子が令嬢にお茶を淹れさせるのが趣味だと思っていた。そして自由に出入りを許されるのは自分だけとは気づかない。
「変わらんな」
第一王子の気まぐれに慣れているカローナは笑いながらお茶を飲む王子に微笑みを浮かべながら時が過ぎるのを待つ。
他愛もない話に付き合い侍従が王子を食事に呼びにきたため退室する。第一王子はカローナが自身の我儘を微笑みながら聞いてくれるのに安心していた。侍従は早朝のお茶会は多忙な二人の逢瀬だと勘違いし仲睦まじい二人を微笑ましく見守っていた。
第一王子がカローナ以外の令嬢を側に呼ぶのはカローナがいる時だけ。近づいてくれば相手をするが、令嬢に触れるのはカローナの前だけだった。
王宮での夜会はカローナは外交に出かけ不在のため、イナナは令嬢達に囲まれる第一王子に笑みを浮かべて近づき礼をする。
「カローナはまだか?迎えはいらんと」
イナナはつまらなそうな第一王子に心の中の苦言を一切表さず、笑みを浮かべる。
「申し訳ありません。姉はまだ帰国しておりません」
「そうか」
つまらなそうな第一王子にお手付きになりたい令嬢達が体を密着させる。高慢な態度も令嬢達には魅力的に見え美しい王子の妾でもいいのでお手付きになりたい令嬢達も多かった。
「あやつも、もう少しふくよかに」
第一王子は腕に胸を押しあてられ、華奢なカローナを思い出す。成長してもカローナは小柄で華奢な体の持ち主だった。目の前の令嬢達と違い抱いたら折れそうなカローナにエスコート以外で触れられなかった。第一王子の言葉はカローナにはさらに不器用だった。
令嬢達とカローナの体について、はしたない言葉を並べる第一王子をイナナは張り付いた笑みを浮かべて眺める。申し訳なさそうな顔をした姉に何かあれば第一王子のフォローを頼まれているイナナは姉のためにフォローしながらつまらない夜会が終わるのを待っていた。
カローナと第一王子は仲睦まじい婚約者と思っている貴族は8割、第一王子はカローナに不満があると思っている貴族は2割。カローナが王子を好いていないことに気付いている者はほとんどいなかった。