表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の裏事情   作者: 夕鈴
夢の世界の話   
11/13

第一王子のやり直し4  

第三王子は留学から帰国して、王宮を歩く第一王子とカローナの様子を眺めていた。他国を飛び回る第三王子は公式行事以外の二人の姿、カローナと第一王子が手を繋ぎ微笑み合う光景を見るのは初めてだった。食い入るように眺める第三王子に笑みを浮かべた第二王子が近づく。


「サントス、カローナを欲しくないか?」


第三王子は第二王子の言葉に首を横に振る。第三王子は一人ぼっちのカローナを辛い王宮から連れ出すと決めていた。でもカローナが自分の足で立ち、幸せそうに歩んでいるなら無理矢理手を引く気はおきなかった。兄に甘い視線を向けられサンの知らない顔で頬を染めているカローナ。二人の世界が出来上がっているのは一目瞭然だった。


「カローナが幸せならそれだけで構いません」


一人ぼっちのカローナを助けるために力が欲しいと努力した結果、身に付けた力でできることが増えた。他国の王家や貴族と親交を深めた第三王子は国外の後ろ盾は王子の中で一番持ち、武術も極め暗殺者も撃退でき、息を潜めなくても生きられるようになった。


「裏切るか?」

「僕は父上に従います。中立という立ち位置で動きませんのでご安心を。取引は不成立でしょ?カローナの面倒を見たのはフィリップ兄上です。それなら僕が従う理由はありません。それでは」


第三王子は第二王子に礼をして一方的に話を切り上げ立ち去る。カローナが無事なら第二王子と手を組む必要はなく、面倒な王位争いにも兄弟喧嘩にも巻き込まれるのはごめんだった。

誰一人思惑通りに動かない兄弟に不機嫌そうな兄の相手をするほど優しい弟でもなかった。




カローナとイナナと第一王子はマグナ公爵夫人の祖国の隣国に滞在していた。

カローナは皇帝である祖父と伯父の皇太子にお願いがあり公式に会えるようにお願いをした。希望通りの謁見が終わり、目的が済んだので有意義な時間を過ごしていた。

第一王子は友人の皇子と遠乗りに、カローナとイナナは皇女と三人でお茶を楽しんでいた。


「カローナも思いきりますね」


カローナ達の謁見に同席し、皇帝へのお願いを聞いていた皇女が感心した声を出す。先ほどまで堂々とした態度で強面の皇帝に向かい合っていたカローナはお茶を一口飲み、頬を膨らまし拗ねた声を出す。


「だって悔しかったんですよ。夢の世界とはいえ、私と共にいるのにずっと他のカローナのこと考えて悩んで苦しんでたって。私は・・」

「お姉様、イナナはその夢の世界のお話を詳しく知りたいです」


カローナは興味津々な妹を見て、苦笑しながら語り出す。

カローナは第一王子の夢の世界の話をもう一度詳しく聞いていた。夢のカローナ(恋敵)に勝つ情報を得るために。最初は嫉妬と怒りと色んな感情に押しつぶされそうになったが、結末に涙が止まらなかった。困惑する第一王子の胸の中で号泣して、すっきりして決意した。

決意を固めたカローナは優しく抱きしめ頭を撫でてくれた第一王子の胸から顔を上げると不安そうな顔を見て強引に口づけた。二人で赤面し、第一王子が優しく額に口づけを返してくれたので、自分に嫌われたらどうしようとバカな考えを持っていたことは許してあげた。カローナはバカなことを考えるなら、口づけて余計なことを考えさせないという対処法を覚えた。そして自分は公式でさえ赤面しなければいいかという結論に至った。伯父夫婦の家に突然単身で飛び込みカローナを抱きしめた第一王子の必死な顔に笑い、その光景を思い出せば楽しくなり、どんな時も平常心を取り戻せた。妹の悪戯で自分が行方不明と聞き、裏もとらずに単身で探しにきたボロボロの婚約者にカローナの庇護欲や母性が刺激されていた。


クッキーを食べ気を紛らわしながらも拗ねた様子で語ったカローナの話にイナナが首を傾げる。

姉が夢の話に嫉妬し、闘志を燃やし対抗しようとしていることに突っ込みはいれない。夢の結末が気に入らないという文句を呑み込んでいるのも気付かないフリをする。


「最初はそっくりですね。お姉様はおばあ様の家に訪問するまで毎日王宮に通って」

「そうね。でも夢の世界なのにあの人は…」


気分の切り替えが早いカローナが根に持つのは珍しく、夢の世界の自分自身に嫉妬する従妹に皇女は肩を震わせて笑っていた。


「カローナは殿下が好きですね。昔は心配してましたが幸せそうで安心しました。政略でも幸せな夫婦に憧れますもの。もちろんカローナの願いはお父様達も叶えてくださいますわ」

「ありがとうございます。まずは安全に生き残ることが優先ですもの。妃殿下の蛇に噛まれて死にたくない…」


第二妃の愛蛇は実は毒を持っている。初めて蛇を紹介された時に寒気がしたカローナは教えてもらった蛇について文献を取り寄せ調べた。よく見ると教わった無毒な蛇とは模様が違うのに気付き、新たに調べ直すと毒蛇だった。そして調べれば調べるほど第二王子と第二妃の狡猾さにカローナはドン引きした。

優しいお妃様と幻想を抱いた第二妃の本性に気付いてからは全ての行動に思惑があり最も警戒すべき対象に変わった。

カローナは留学を理由に他国に逃げた第三王子が一番賢いと思っていた。カローナも第一王子さえ関わらなければ絶対に関係を持ちたくない人種だった。第一王子が暗殺されないように手は回してもまだまだ安心できなかった。第一王子が強く、毒の耐性はあっても警戒を緩められない状況だった。

イナナと皇女はしっかりしているようで時々抜けるカローナが心配だった。イナナ達ならまずその毒蛇を始末する方法を選んだ。

第一王子の帰宅の報せを聞き、カローナが退席した後に二人が真っ黒な顔で恐ろしい話し合いをはじめたのはカローナも第一王子も気付かなかった。


****


第二王子の策はことごとく失敗していた。

カローナが手紙で第一王子のために帰国して側で仕えてほしいと願う言葉に応じ、留学に出した第一王子の側近達が少しずつ戻り始めていた。

カローナが邪魔でも力を持つ隣国の皇帝のお気に入りのため殺せない。心を壊そうとも揺さぶりがきかず、常に金でも動かない護衛がついているので近づけなかった。

カローナとイナナを引き入れようとした策は全て失敗に終わっていた。

第一王子派と第二王子派の対立はいつの間にか第一王子派が優勢だった。

第二王子はカローナが側近を呼び戻している本当の理由を知らなかった。また隣国が第一王子の後見についたと囁かれる噂の真実も。



国王は第一王子とカローナの極秘の面会を受けて絶句していた。


「なんと?」

「私の成人と共にカローナと婚姻させてください。そしてあの伯爵領を私にください。継承権は放棄します。マグナ公爵夫妻には了承を取ってます。王位争いで民を巻き込みたくありません」


王位争いは第一王子が優勢であり、混乱を避けたい王は第一王子の成人に伴い王太子に指名しようと真剣に考え始めていた。


「ずっと王を目指していたのでは」

「学んできましたが、そこまでは。やりたい者がなればいいかと」


生まれた時から王位争いをしていた息子が曇りのない瞳でサラリと言った言葉に国王は信じられなかった。そして、もう一人ずっと王妃教育を受け、第一王子派を率いていたカローナが受け入れるとも思えなかった。


「カローナ、本気か?」

「はい。マグナ公爵家は妹が婿を取ります。もしも王族の皆様が、王族位を持たない殿下を理不尽に廃したり不当な扱いをするのであれば私達のおじい様が動きます。臣下として正しく扱っていただけるなら何も望みません」


愛らしい声で聞こえた私達のおじい様という恐ろしい存在の名に国王は寒気に襲われる。

カローナが隣国の皇帝と皇太子に願ったのは第一王子の後見。

臣下に降りて不当に扱われるなら助けてほしいと頼む孫と姪の願いを二人は快く頷いた。子供が生まれたら知らせることを条件に。


「そなたらの即位を望む声のが大きいが」


王族の中で民に一番人気なのは見目麗しく頻繁に姿を見せる第一王子とカローナだった。


「ありえません。私達は臣下に降りるために、繋がりを作っていただけです」

「臣下に降りるにしても、なぜあのような場所を」

「王族は民のためにあるべきです。誰も引き受けない領地があるなら王族が動くべきでしょう」

「伯爵夫妻としての待遇で構いませんわ。ですが、」


国王はしぶしぶ二人の願いを聞き入れた。第一王子の身の安全の保証を約束しろと脅すカローナの笑顔が自分の母親とそっくりで怖かった。淑やかで純粋だと信じていた義娘も異質だったと心の中でショックを受けその晩は籠妃のもとに逃げ込んだ。


****

隣国を訪問する前に仲直りしたカローナと第一王子はこれからについて話し合った。

第一王子は自身の欠点、気付かず見落としてきたことの多さに視野の狭さに気付いていた。たった一人の大事な子のことさえ、見落としてしまうのに、国を治めるのは向いていないと思い始めた。もともと王位に興味はなく、弟が望むなら自分は退いてもいいと思っていた。後ろ盾についてくれた貴族への申し訳なさはあっても、それ以上に臣下や民を巻き込む王位争いは避けたかった。


カローナは手を繋いで王位継承権を放棄したいと話す第一王子の言葉を聞いて笑う。


「応援してくださった方々にはお礼をすればいいわ。それに臣下は王族の声に従うのは当然よ」

「ロナは本当に・・」

「私はフィン様さえいればいいの。でも、それならこれからを決めないと・・」


カローナは不安そうな第一王子の顔を見て、閃きが浮かびにっこり笑う。


「フィン様、お願いがあるの」


カローナが耳元で囁くお願いに第一王子は驚く。


「危険が」

「フィン様が守ってくださいます。貴方と一緒なら怖い場所なんてありません」


第一王子はカローナの手に口づけを落として頷いた。第一王子はカローナが喜ぶならどんなことも叶えたい。なにより頬を染めて微笑むカローナが愛しくてたまらなかった。


カローナは第一王子が王位を望まないなら王を目指す必要はなかった。

カローナがなりたいのはフィリップの妻であり妃ではない。王妃教育を受けても王妃になりたいと一度も思えなかった。ただ第一王子の妻として相応しくなるために努力しただけである。

これからを考えた時に夢の世界の第一王子が受け継いだ辺境の力のない荒れた伯爵領は都合が良かった。第一王子がマグナ公爵家に婿入りすれば様々な憶測を生む。狡猾な第二王子達に疑惑を仕掛けられ、反逆者に仕立てあげ処刑されるのは避けたかった。火のない所に煙は立たぬと言われても、無理矢理火を起こすような二人がいた。

それなら力のない伯爵として王族の身分を捨てて、王位に興味のないことを示して生きるほうが余計な波紋を生まない。

建前は色々あるがカローナの本音は第一王子が夢の中で孤独に過ごした伯爵領での記憶を塗り替えたいだけだった。カローナは夢の中の孤独な生活に第一王子が何も思っていなくても不満だった。

そして、第一王子はカローナの伯爵夫人になりたいという願いを叶えたいだけだった。

荒れている伯爵領を迅速に平定し、第二王子達に介入されても対抗するためには優秀で信頼できる家臣と伝手が必要だったので、精力的に動いていた。

不満があっても第一王子派の筆頭のマグナ公爵家と第一王子が王位から手を引くと表明すれば他家は従わざるをえなかった。



第一王子は18歳、カローナが14歳の時に婚姻した。

二人の婚儀は王都で行い民達にも盛大に祝福された。そして民達の前で王族として最後の挨拶、荒れた伯爵領を必ず平定させると決意を述べる年若い未来の伯爵と寄り添う伯爵夫人に盛大な拍手が送られた。

荒れた領地を治めるために自ら臣下に降りた第一王子に手を出せば、民達の心象は悪くなるように保険をかけ盛大なものを準備していた。

カローナは第一王子の外見と性格を利用して民に人気が出るようにしっかりと動いていた。

そして他国の新聞にも王子の決意を乗せる手配はしていた。カローナは王都を離れても第二王子達への警戒は一切緩める気はなかった。

第一王子は王宮で築いた人脈を使い、荒れた伯爵領を様々な施策を施し一月で平定する。

伯爵領は急激に豊かになり、徐々に移住者も増えた。第一王子は王都よりも治安が悪く危険な場所のため常にカローナを隣から離さず、いつも手を繫いで歩く仲睦まじい美しい伯爵夫妻は領民の憧れだった。

見事に伯爵領を治めている王子を国王にと押す話があっても、伯爵夫妻は決して頷かず丁重にお断りする。

王宮では視野の狭い第一王子も伯爵領を治めるには十分な視野の持ち主だった。そのためカローナの役目は仕事に集中する夫にお茶を出して休憩させることと隣にいること。


****

カローナはお腹に小さい命を授かってからは少しだけ心に余裕ができた。夫が他の女を想うのは面白くはない。それでも、もしも同じカローナだったらと考えた。

第一王子が冷たく寂しい王宮で手を差し出してくれずに、冷遇された自分と第三王子が幸せになるのを想像した。カローナは令嬢達に仕返しをして、第一王子の執務室から追い出す姿が思い浮かんで首を横に振る。

どんなに考えても第三王子と幸せになれた仮定は思いつかなかったので、境遇と結果だけを真剣に考え直す。

カローナは怠惰が好きである。そして、永年の恨み抱ける強さも情熱も持っていない。第一王子が隣にいなければ生活さえも破綻する自信があったがポプラがいるから大丈夫かと思い直す。

カローナ自身も辛い時期はあった。でもいつも第一王子が手を繫いでくれたから、いつの間にか努力しないと思い出せないほど記憶の隅に追いやられている。

カローナは自身のお腹に手を当てている第一王子の優しい瞳を見つめた。


「フィン、きっとカローナは恨んでないよ。夢の中のカローナは振り返ったんでしょ?カローナは興味がなければ近づかないし、立ち止まらない。怖くて面倒なものにも絶対に近づかない。それでも、会いに来たんだよ。フィンのもう一人のカローナは貴方をずっと憎むような非合理的な子だったの?」


第一王子は無言で考え込んでいた妻の言葉に昔の記憶を思い出した。いつも笑顔で拒絶の言葉を聞いたのは一度だけ。カローナの本当の姿を見ていなかったから、確証はない。

それでも、人を憎むような令嬢には思えなかった。

カローナは理不尽とわかっていても我慢できず第一王子を拗ねた顔で見つめる。


「妻としては不本意だけど、同じ女性としては綺麗な形で記憶に残りたい。自分を思い出し、落ち込まれるより、気分が明るくなるほうがいい。フィンが罪悪感に囚われるなら何度も言うよ。カローナは第一王子殿下の幸せを願ってる。自分が幸せなのに元婚約者が不幸になったら、気分が悪いもの。女の子はハッピーエンドが好きだから人の不幸を願わない。カローナのためにも、幸せになろう。それにフィンの不器用な優しさはきっと気付くよ。私と同じカローナなら。妻の言葉が信じられないの?」


第一王子は不機嫌なカローナを抱きしめた。


「ずっとカローナを好いていた。私は、大切にしてるつもりが、できていなかった」

「フィンは大切にしてたんでしょ?貴方の誠意は伝わる。それにフィンは自分ばかり責めるけどお互い様よ。フィンの心を傷つけ続けるのが、カローナなら私にとっては立派な加害者よ。どちらが一方だけが悪いのは無差別な殺人と野盗だけよ。カローナとフィンがすれ違ったのはお互い様。本当に仕方ない人。でも私はフィンの不器用な優しさに気づかなかったカローナに同情するよ。フィンのような素敵な王子様を捨てたんだもの。フィンは私だけの王子様。王子様を独り占めできるなんて、」


カローナは第一王子に口づける。

夢の世界のカローナは愚かだと思っていた。

第一王子がいかに魅力的か気づかなかった。

領民の前で自信に満ちた顔で堂々と振る舞う姿は格好良い。

弱気になって眉を下げる顔は可愛い。

不器用に愛を伝える仕草は言葉にできないほど愛らしい。

夜にしか見せない熱を帯びた甘い瞳は思考を止めさせる魔性の力を持つ。

不器用なのは言葉だけで、仕草や表情はわかりやすい。

カローナの夫は本当の姿を見せれば全ての人を魅了する魔性の持ち主である。

カローナは独占欲が強いから、できれば誰にも見せたくない。

そしてカローナは不器用ではないから夫の分も言葉にする。


「フィン、愛してるよ。ロナはどんなフィンも。酷いことをするなら止めてって言うから安心して。逃げるなら追いかけるよ。ロナが幸せにしてあげるから」

「ロナ」


カローナは第一王子にロナと呼ばれるのが好き。遠い昔に諦めて妖精に教えた名前を愛しい人に呼ばれている。カローナの諦めたものを拾わせてくれたのは手を繫いで隣にいた第一王子である。

カローナの夢は第一王子を幸せにすること。カローナは第一王子が隣にいるなら幸せだから。

カローナはハッピーエンドが大好きだから自分の物語もハッピーエンドにしたかった。

不器用な王子様が幸せになるためだけに思考を巡らせる。

伯爵領は夫と優秀な臣下がいるので丸投げである。執務は誰でもできるが、不器用な王子様を幸せにする役目は誰にも譲りたくなかった。


***


第三王子はカローナと友人になった。

膝を抱えていた少女はいつの間にか兄を尻に敷いていた。周囲は気づいてなくても第三王子だけはたくましく成長したカローナに気づいて笑う。


「カローナ、幸せ?」

「どうでしょうか。物語はまだまだ途中です。きっとハッピーエンドにしてみせます」

「人は変わるものだね」

「平凡と謳われていた殿下にそのままお返ししますわ。フィンったらお忙しい殿下が会いに来てるのに遅いですね。弟に甘えすぎですよ」

「今日は時間があるから気にしないで。せっかくだから後で兄上に手合わせしてもらおうかな」

「あまり甘やかしてはいけませんよ。呼んできます」


第三王子は伯爵邸によく訪問していた。

カローナは第一王子と第三王子が親しそうに過ごす姿を微笑ましく思っていた。

第一王子は頻繁に訪問する弟とカローナの関係を不安に思っているのはすぐにカローナに見抜かれる。

カローナは部屋に入らず佇んでいる第一王子の手を繋ぐ。


「ロナ、」


不安な顔で言い淀む第一王子が可愛く、そして鈍い夫にカローナは笑う。


「私の王子様はフィンだけだもの。第三王子殿下は義弟でお友達。私ではなくフィンに会いにきてるのよ」


カローナは第一王子の手を引いて第三王子の前に座らせ、お茶を用意するために離れる。夫にお茶を用意するのはカローナの役目なので、緊急時以外は誰にも譲るつもりはない。


「兄上、幸せにしてあげてください。いじめたら覚悟してください」

「すまぬが渡せない」

「カローナが幸せなら手を出すつもりはありません」


第三王子はカローナが幸せなら手を出さない。でも、もしまた苦しめるならいつでも奪い、潰す準備を整えるのは簡単だった。昔の無力な子供ではなく力を持つ大人になった。王族としての力はなくても動かせる力を手に入れた。

第三王子は手に入れた力を使い自由気ままに生きるだけだった。

カローナと共にいる長兄は幸せそうだが、次兄はいつも退屈そうだった。

第二王子は呆気なく終わった王位争いがつまらなかった。そして遊び道具の減った王宮は苦痛だった。

帰国した第三王子と王位争いを楽しもうとする考えは読まれていた。第三王子は継承権も王族位も放棄し第三妃を連れて王宮から去る。

第三妃は生家の伯爵家に帰り、第三王子は市井に降りた。

何も縛られずに自由に生きたかった。また父親の相手をするのが面倒になっていた。本当の理由はある情報を掴んでいたからである。

第三王子が王宮から姿を消して半年後に第二王子は隣国から皇女を正妃に迎えた。

皇女は淑やかな外見に似合わず制裁は物理を好み曲がったことが大嫌い。

第二王子にとっては相性の悪い存在だった。第二王子の遊びをすぐに見つけ、台無しにして夫に制裁をする。後宮は限られた者しか足を運べない。そのため、妃に新国王が制裁を受けていることを知る者はほとんどいなかった。知れば正妃の忠実な手駒になる未来が用意されているので知らない方が幸せである。

第二王子にとって初めての恐怖を抱く相手だった。妃に怯えながら、遊びを許されず玉座に座り、退屈な生涯を過ごし、その姿は父親にそっくりだった。

皇女は第二妃とは物理ではなく心理戦で戦っていた。隣国は全てが進んでいたため第二妃よりも義娘のほうが優秀で強かで上手だった。正妃の参謀であり情報源は今まで第二妃の目論見を邪魔し続けたマグナ公爵夫人とイナナである。無意識に策を壊したカローナがいなくても第二妃が相手にするのは難しかった。

国王は恐ろしい義娘を迎えた現実に胃を痛めながらも、話を聞いてくれる第三妃も、王子の中で一番気に入っていた無害な第三王子もいなかった。

淑やかになった第一妃も不気味で怖かった。

両親のように隠居し辺境に逃げようとした国王を義娘が許さず逃がさなかった。

皇女はカローナとイナナの従姉である。イナナは幼い頃にカローナが受けた嫌がらせを調べ上げ皇女に伝えていた。

曲がったことが嫌いな皇女は大事な従妹の処遇に腹を立てていた。そして性根を鍛え直し、報復を誓った。愚かな王族は公害である。他国とはいえ皇女はすべての民を慈しむという信念を持っていた。

皇女による後宮の掌握という名目で調教が始まった。

第一王子は民のために動いていたのとイナナが手出しを止めたので見逃された。第三王子と第三妃は市井に降りたため、対象外。

そのため残った王族には恐怖の日々が待っていた。

自分の平穏のために子供を犠牲にした国王も、私利私欲のために動いていた王妃達も許せなかった。民を第一に思えない王族は許せなかった。

第二王子は被害者でも兄への嫌がらせに臣下で社交デビュー前のカローナを利用した方法が気に入らなかった。謀も潰し合いが必要なのはわかっても皇女の許容範囲を超えた。社交デビュー前の貴族の一人として認められない子供を巻き込むのは非常識だった。

第二王子は報復対象でなくても愚王にならないため、結局教育が必要だった。

王族にとっては恐怖の、臣下にとっては淑やかな皇女の本当の顔を知る者は一人しかいなかった。

皇女は側室を快く受け入れた。自身の代りに夫の相手をするなら大歓迎だった。

誰の子供でも王族としてふさわしくなるように正しく教育するつもりだった。

民のために生きる皇女は夫からの幸せを求めていない。幸せは自分で掴むものと良く知っていた。皇女の本当の名前を呼ぶのは一人だけだった。

皇女が絶対に側から離さない侍女がいた。皇女個人はその侍女さえいれば幸せなので夫に何も求めていない。ただ尊い血を持つ皇族として務めを果たすだけだった。


****


殺伐とした後宮と違い伯爵領は穏やかだった

伯爵に就任した第一王子はカローナに連れられた場所で目を丸くしていた。


「ロナ?」

「強情なフィンが悪いのよ」


カローナは小さい墓を作りカローナとフィリップの名前だけ刻んだ。


「不本意だけど私の誕生日の半日だけ一人にしてあげる。そこであなたのカローナと過ごしていいよ」


不機嫌な顔で嫌そうに言うカローナを第一王子は抱きしめた。


「どっちも大事だから」

「私だけを選んでなんて言わないよ。貴方の心の傷はいずれ消してみせる。でも軽くする方法があるなら」


第一王子は口づけてカローナの言葉を封じた。


「ロナ、私はカローナを好いていたが心から愛したのはそなただけだ」


第一王子はもしも昔のカローナに会えたら謝りたい。弟と幸せに過ごすなら幸せにと見送れる気がした。ただ今の腕の中にいるカローナは違った。誰よりも幸せになってほしくても手離せないのがわかっていた。傷つけるのが怖い。それ以上に離れていくのが怖かった。

でもカローナは離さない、逃がさないと笑ってくれる。自分がいるなら何もいらないという言葉に歓喜するのに、言葉に出し夢が覚めるのも怖かった。昔はカローナに会えるなら夢でも現実でも構わなかった。でも今はこの夢のような世界が続いてほしいと願っていた。カローナに言えば、現実はこっちと笑われ口づけられ誘惑されるのがわかっていた。第一王子は愛しい妻に抗うすべは持っていなかった。そして妻のことしか考えられなくなるのは経験済みだった。


カローナは頬を染め、うっとり見惚れていた。口下手な夫からの愛の言葉は貴重だった。


「私もフィンを誰よりも愛してる。でもお墓せっかく作ったのに無駄になった」

「私達が使えばいい」

「まだまだ先の話ね。ハッピーエンドのために頑張らないと」


第一王子はすでに幸せだった。昔のカローナへの罪悪感は消えない。それは自分の罪だから当然だった。それでも手を繋ぎ、笑顔のカローナが隣にいるのは心が満たされた。

うまく言葉にできなくても、隣でかわりに言葉にしてくれるカローナに救われていた。第一王子はカローナへの言葉だけはうまく伝えられなかった。

カローナは鈍い第一王子への気持ちは全て言葉にして伝えた。愛の言葉も不満も要望も。

第一王子の欠点の究極の鈍さと女心のわからなさをよく理解していた。それでも、カローナは愛されているのはわかっていた。いくつになっても自分にだけは時々迷子の子供のような顔を見せ、不安を瞳に宿した夫が想う夢のカローナに面白くなくても、可愛らしくも思えていた。

頼もしくならなくていい。ただ正直に隣にいてくれること以外第一王子に望んでいなかった。

カローナにとって冷たい世界から連れ出してくれた王子様。カローナの冷たい手をいつも温めてくれた大きい手にどれだけ支えられ守られていたかを第一王子は気付いていない。

カローナにとっての太陽にうまく伝えられる言葉はまだ見つかっていなかった。

いつか不器用な王子様も抜け出してほしい。でもカローナと第一王子の物語の結末まではまだまだ時間がある。

だからカローナは諦めない。

どうか不器用な愛しい人が幸せでありますようにと。



昔の記憶を持つ不器用な王子様は憶病で怖がりになった。それでも大事な子のずっと隣にいて、守る努力だけはやめなかった。

常にはりつけた笑みしか浮かべない冷たい手のカローナの手を握っていた。傷つけるのを恐れて言葉はかけられなかった。また成長していくカローナに見惚れて意識してさらに悪化した。冷静ではない自分が伝える言葉が怖かった。

カローナのことを真剣に悩み、色んな人に相談していた。その姿を見てから、カローナが第一王子に向ける視線が変わったのに気づいていなかった。

言葉に出さなくても、いつもカローナの歩調に合わせ、危ない場所は抱き上げ、何かあれば駆けつける姿はカローナに伝わっていた。

カローナは偶然なんて信じていない。第一王子が駆けつけたのは必然である。極秘で護衛につけた騎士に保護を命じるのではなく、王子に報告させ駆けつける姿は凛々しく格好良かった。使える駒はたくさんあるのに自身で動く不器用な王子様。だからカローナは荒れた伯爵領も冷たい王宮も、見知らぬ国も怖くない。離れてもすぐに駆けつけて手を繋いでくれるのを信じられるから。


いい女は本人に気づかれずに、男を掌で転がすという母の教えをカローナは忠実に守っているつもりだった。この言葉を聞けばほとんどの者が首を横に振るのをカローナは知らない。

傍から見れば、お互いに振り回し合っているように見えていた。

人は一人では生きられない。夫婦の形もそれぞれである。

頼りになる伯爵と淑やかに寄り添う伯爵夫人の本当の姿を知るのは当人達である。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

第一王子のやり直しはこれで完結です。

もう一話エピローグを綴っているんですが、お付き合いいただける方はもう少しだけお待ちくださいませ。

過去の罪は背負わなくてもいいよと少しでも思ってくださり、

ファンタジーの世界で、暗さのかけらもないハッピーエンドを許していただける方のみ覗いていただけると幸いです。

一部の方々だけは幸せにする方法が思いつかなかったのでそれだけは許してください(苦笑)。

ここまでお付き合いくださりありがとうございます。

ブクマ、評価、感想、誤字報告もいつも感謝してます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] やり直し編があってよかった。これが読みたかった!
[一言] 泣けました。 第一王子も幸せになれて、本当に良かったです。
[良い点] おぉ~~本編もテンプレも織り交ぜて嫌いではないけど、番外編の方が断然好き。 ラブラブというよりかいぶし銀が利いた年とっても仲良くできる穏やかな雰囲気が最高です。 サイコである第二王子と第…
2020/10/07 20:33 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ