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妖探偵 九条桐乃  作者: 宮城まこと
カイコ編
5/6

第五話

 最悪のタイミングだった。カイコにとっては最高のタイミングと言えるあの場においての気絶。おそらく、九条さんが現れてから勝ち目がないと判断し、首を絞める選択肢を取った。

 恐ろしくなるほどの執着。必ず俺を喰ってやるという気迫を感じる。だが、俺も大人しく喰われてやるつもりはない。

 俺は、目を覚ました。



「おっ、起きたか」

「良く眠れたみたいだね」

 言葉を失った。

 八時四十五分。俺は未だ父親の運転する車の中で、目を覚ます。これがカイコの能力。たしかにここは父親の車だ。だが、運転席と助手席にいるのは、紛れもなく哲平とキヨちゃんの姿をしたカイコだ。

 父親と母親の役をすっかり入れ替えている。今度こそはと九条さんが現れる前に先んじて手を打った。

「ここは私の世界。あの女に割り込ませるのは癪だ。だから先手を打たせてもらった」

 俺は身をよじる思いで、逃走を図ろうと頭の中でシミュレーションを繰り返す。

 車の速度は到底飛び出して助かるものではない。それこそ、また意識を失ってリセットさせるだけだ。では停車してから走る。これが一番現実的だろう。

 カイコはバックミラー越しに、俺の怯えた表情を舌で転がしている。

 逃げるのは難しいか。

 待て。


 カイコがキヨちゃんに化けているのなら、この車の移動しているうちに襲いかかるのが定石だろう。しかし、ヤツはそうしない。

 何故だ。

 しないのではなく、出来ない。

 俺の頭に別の可能性が過る。そうだ、あの喰われそうになった前回、俺はカイコに心を許しかけた。だから襲えた。あの九条さんがいる場で喰えなかったのは、俺がヤツを拒絶したから。

 あの場で俺の気絶させる選択をしたのは、これが要因に違いない。

 確証はない。純粋に九条さんが邪魔だったからリセットしただけなのかもしれない。だが、この不確定な確証に命運を賭ける。

 俺が助かるとすれば、そこの細道しかないのだ。


「……車、運転できるのか?」

 計画に勘付かれないために、会話を試みる。無論、自分自身を落ち着かせるためでもあった。

「これはお前の記憶をもとに扱っているだけだ。この鉄の籠は、町に辿り着くまでしか機能しない。それよりも、必死なって逃げ道を探しているようだが、腹は括ったか?」

 運転しながらカイコは、けたけたと嗤う。

「そんな言い方酷いよ。樹だって必死になって考えているんだから。ね、どうしても逃げるの?」

 思考が読まれているのか、口々に逃走を図る俺を嗜める。

「……お前に喰われたくないからだ」

 俺は相手の神経を逆撫でしないように、慎重に言葉を選びながらカイコの質問に答えた。

「大丈夫、全然怖くないから。むしろ気持ち良いことなんだよ。好きな人と一緒になって融けていく。キミたち人間にとってこれ以上の幸福はないよ」

「……違う」

 小さな声で甘言に抵抗する。


「違わないよ。それともキミは自ら進んでツライ思いや悲しい思いをしたいの? それって命としておかしくないかな?」

「え?」

 カイコはくすくすと、脇腹をつつかれたような小さな笑い声を漏らす。

「本来生は喜びを得るために生まれ落ちるものだ。だが、貴様ら人間は違う。苦の道を良しとし、自ら死へと進んでいく。そもそも悲哀など乗り越える必要が無い、逃げればいいのだ。それなのに、人間(おまえら)は向かっていき、傷つき死ぬ。実に愚かではないか?」

 反論は……できなかった。

 しなかったというのが正しいか。まさか妖怪なんかにそんなことを言われるとは思わなかった。いや、生まれた年月で言えばきっとこいつの方が長い。人生の先輩としての忠告なのかもしれない。


「かも……しれないな。だけど、悲しむことが出来るからこそ、苦しむことがあるからこそ、俺たちは他人に優しく出来るのかもしれないって……思う。だから、お前はこの世界を幸せと呼ぶが、違う。幸せは人それぞれあって良いはずなんだ。お前に押し付けられたモノなんて要らない!」

 徐々に語気を強めて俺は言い切った。人間も多種多様なら、幸せの形が十人十色で良いはずなのだ。自分で見つけ、育む。決して他人に与えられ、興じるものではない。

 俺は身体に巻き付いていた見えない糸を断ち切った。

「そう言うと思った。キミはそう言う人だもん。だから無理矢理にでも心を融かしてあげる」

 カイコは俺の言葉を意に介さず、未だに喰う腹積もりでいるらしい。

 車が住宅街に入り、新居の前に停まると同時に、俺は車のドアを開けて飛び出す。

 走る。ただがむしゃらに。


『どこに行くの?』

『逃げられないぞ』

 カイコの声がうしろから這い寄る。振り切るためではない、これは九条さんと会うために走っているのだ。石階段へ、鈴の音を辿って。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 くたくただ。何回も走らされている。リセットしているとしても、俺の気分は最悪のまま。

 意識を尖らせていくと、清々しい鈴の音が明瞭に聴こえてくる。

「いた!」

 坂を駆け上がると、きつねの面をつけた九条さんが立っていた。

「真城さん、私の後ろに!」


 そう言われて、振り向かずに九条さんの小さな背中に隠れる。

 りん。と鈴を鳴らし、俺でも分かるほどくっきりと直径2メートルほどの円を作る。

「まさか、ここまで手こずるとはな。俺としても想定外だ」

「樹、最後のチャンスだよ? 私と一緒に楽しいことしようよ」

 哲平とキヨちゃんが俺たちの前に立ちはだかる。

「イヤだ! お前たちの餌になんかならない!」

 大声を出して拒絶すると、ぶるぶるとポケットに入れていたスマートフォンが震える。この状況で有り得ないことが起こった。

『無理矢理にでも融かすって言ったよね』と連絡アプリに一言送られてきていた。しかもキヨちゃんから。しかし、カイコが変化しているのは彼女のはずだ。どうやっても連絡を送れる状態ではない。

「真城さん! 私から離れないで!」


 場を清め続け、妖怪を強く拒絶する。しかし、カイコは苦しむことを恐れずに円の中に足を踏み入れる。皮膚が焼き爛れ、分身が消え始める。

 一体、カイコにどんな作戦があるのか。予想がつかない。ただ俺を逃がしたわけでは無いはずだ。

「こっちだ」

 身体を強く引かれて、円の外へと強制的に出される。

 コンクリートに背中をぶつけ、痛みに耐えながら目を見開くと目の前にキヨちゃんがいた。

「一人でダメなら二人。二人でダメなら三人。キミを融かして交わって、美味しく食べてあげる」

 言葉の通り。キヨちゃんが何人も現れ、俺を囲んで抱きついてくる。生々しい肉の感触に戸惑いを隠せず、気が動転する。

「まさか――真城さん!」

 九条さんは、先に襲いかかってきたカイコの分身を跡形も無く祓い、俺を助けに駆け寄ってくる。

「貴方の過去に最もつながりがあるモノ。それを壊してください!」


 疲労の色が見える九条さんをよそに、俺の視界と耳は初恋の人で埋め尽くされていく。

 おそらく、この世界に留まるのも限界があるのだろう。分身を相手にし、鈴の音を辿らせて俺を導いた。彼女だって人間だ。これ以上負荷はかけられない。

 分身の正体は分かっていた。そうではない、辛うじて聞こえた九条さんの声でようやく気が付いたのだ。

 九条さんが言っていた。カイコは過去に最もつながりのあるモノや人に変化する。キヨちゃんがカイコでないとすれば、このスマートフォンしかない。いつも過去を懐かしむとき、コレを片手に持っていた。俺の位置を正確に知り、分身に伝えることも最初からスマートフォンに変化していれば、たとえ見つけられない蔵の中であっても、それが可能というわけだ。

 騙されていた。このカイコという妖怪に。

 スマートフォンを地面に置き、思い切り拳を叩きこむ。画面がひび割れ、想像以上にもろく崩れていく。

 すると、キヨちゃんたちが消え去り手元に弱った一匹の虫がいた。


 蚕。カイコは懐古であり、回顧、そして蚕。こいつが妖怪の正体なのだ。

「カイコという妖怪は、過去を思い焦がれた人間を、その糸で包み繭にして喰らいます。元は、小さな蚕の姿をしているのです。人の邪気と生気を啜り、長年生き妖怪としての格を保ち続けた」

 九条さんはカイコを手に持ち、話を続ける。

「ですが、妖怪のすべてが悪というわけではないのです。カイコという妖怪もそれが生きる術だったのです。闇雲に祓えば良いというわけではないのです。だから先祖が社を建て封印した。妖怪も私たちと同じように生き、自然の一部だからです」

 彼女はおもむろに面のひもをほどき、俺に背を向ける。

「今回は、カイコという妖怪の生きたいという意地を感じました。このまま放置すればいずれ人に害を及ぼします。……もう一度私が封印します。二度と出られないほど深いところへ」

 面を外した彼女の元へ一陣の風が吹き込むと、いつの間にか手中に収められていたカイコは姿を消していた。

 九条さんはこちらを振り向く前に、お面をつけ直した。


「手を握ってください。私とともに帰りましょう。貴方がいるべき世界に」

 俺は彼女の手を握り立ち上がると、九条さんは優しい声色でこう言った。

「あちらでまたお会いしましょう」

PCが壊れてしまいました。再開までしばらくお待ちを。

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