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妖探偵 九条桐乃  作者: 宮城まこと
カイコ編
4/6

第四話

 九条桐乃さんは俺の手を引いて先ほどの場所から、すたすたと歩き去る。

 少なくともいまは安全。この言葉を鵜呑みするならば、危険はいずれ訪れる。彼女が一緒にいるからといって、二度三度と危険を退けられるわけではないだろう。ゆえに、あの場を離れるという判断は正しいと言える。

 しかし、疑問点は一つある。

 どうして彼女がここにいるのか。だ。

 助けに来てくれたことに嘘偽りはない。それは分かる。だが、どうやってこの状況を抜け出すのだろうか。想像もつかない。

「ひとまず、ここなら簡単に見つからないでしょう」

 九条さんはひときわ大きな屋敷の蔵の中に逃げ込んだ。

 蔵の中は薄暗く肌寒い。その中でも、彼女の黒い髪と後ろ姿ははっきり見えた。周りの淀みに汚さることの無い清らかな存在感。

 俺は薄暗い蔵の中で、目が慣れないまま何かを蹴飛ばしてしまう。

 しまったな。と倒した何かを起こそうと手に持つ。

「!?」


 手に持っていたのは、不気味な顔をした木彫りの像だった。何か呪いのアイテムなのか。心の中で平謝りをしながら慎重に元に位置に戻す。

「用心のため電機は点けません。じきに暗闇に目が慣れると思います。ここに腰掛けてください。色々とお話ししましょう」

 九条さんは手で俺を招き、木造りの椅子に腰かけさせる。彼女の言葉には不思議な力があるのか、言うことを素直に聞いてしまう。

 まぁ、状況も彼女の言うことを聞くしかないのだが。それを差し引いても、落ち着いて話すことが出来る雰囲気をたしかに持っている。

「大丈夫ですか? お怪我などしていませんか?」

「はい。特には」

 ふぅ。と息を深く吐き出す。身体に傷はないが心の傷はしばらく消えなさそうだ。

「まず。貴方に状況を話さなければいけませんね」

 九条さんは、俺が置かれている状況について静々と話し始めた。

「いま真城さんは、妖怪に囚われている状態です」

「妖怪……ですか?」

 こくりと面の彼女は頷く。


「はい。ここは、妖怪によって作られた世界なのです。貴方も薄々と気づいていることでしょう? なにせ、妖怪が変化(へんげ)した人物を見抜いたのですから」

 彼女が言っていることは、すんなり理解できた。むしろ、この世界が現実でなくてほっとしているところだ。それじゃあやっぱり、あのキヨちゃんは偽物だったんだ。

「じゃあ、この世界は妖怪が造ったってことですか? 妖妖怪が造ったにしては、リアル過ぎませんか?」

 そう。偽物にしては迫真だ。嘘だとは言われも容易に信じられない。

「一つずつ、整理してお話いたします。まず、現実の貴方はあの石階段から足を滑らせて意識を失っています。ですが、それはあの神社に封印されていた妖怪の仕業なのです」


 彼女が話すには、俺は妖怪が封印されていたアザミ神社に不用意に近づき、そこにいた妖怪に魅入られて意識を奪われた。

 町の人には、落雷で壊れた神社には近づいてはいけないと徹底されていたので、危険が及ぶことは無かった。あの日偶然、引っ越してきた俺が何も知らず立ち寄ってしまったのがすべての原因だ。

 浅はかさが呼んだ悲劇。回避すれば出来たはずの危機。たとえ、仕方なかったとしても散歩に出かけた自分が恨めしい。

「……貴方を捕らえた妖怪の名前は『カイコ』。憑りついた人間の心に住み、喰らう妖怪です」

「カイコ……?」

「はい。そして、カイコは過去に焦がれる人間にしては憑りつきません。憑りついた人間を現実世界に帰してしまわないように、手練手管で人を追い詰めていきます」

 過去に焦がれる人間。


「この世界は貴方の意識を元に精巧に造ります。そして、憑りついた人にとって最も過去につながりがある人物や物に化け、心を溶かし喰らいます」

「じゃあ、さっきの俺って」

「かなり危ない状態でした。私の発見が遅れていれば、確実に食われていたでしょう」

 俺は、額を伝う冷や汗を拭い、彼女の言葉に固唾を飲んだ。

「私は現実で倒れた貴方を見つけ、病院に運び込みました。そこで貴方が憑りつかれていると判断し、この鈴を使ってカイコの世界に入り込み、救出に参ったという次第です」

 ここで、彼女の説明は終わった。




 カイコ――懐古であり、回顧。

 過去を懐かしみ焦がれてみては、嫌でツライ現実に回り戻る。

 だから、俺の前にあの二人が現れたのか。過去を象徴とするあの二人が。誰だって別れたくない友達の一人ぐらいいるはずだ。過去を懐かしむことはあっても、焦がれたことはない。はずだった。

 事実、俺はカイコに憑りつかれた。

 過去を割り切れていない証拠なのだろう。情けない男だ、偽物であってもキヨちゃんにあんなことを言わせてしまったのだから。

「ここの蔵は、私の家が管理しています。特殊な結界が張ってあるので、この世界でも存在できるのです。やつらも、この場所には近づけないでしょう。もう少し休憩してから、カイコを祓います」

 ちりん。と九条さんは鈴を鳴らす。

「ああ、気になりますよね。この鈴には、鳴らした人間の意識をしんと保ち、場を清める効果があります。カイコを祓うために作られた物ではありませんが、効果抜群です」

 彼女はにこりと笑った気がした。きつねの面で分からなかったが、きっと笑っている。


「それと、一つだけ忠告を。カイコの時を戻す能力。というより、過去を強く思ったタイミングに戻る能力は厄介です。貴方はそのタイミングに戻り、私はこの蔵に強制的に移動・転移させられてしまうのです。発動の引き金となっているのは、貴方が気を失うこと。気を失わない事だけ気をつけてください」

 彼女は言葉を強くしてそう言った。俺はゆっくり頷いた。

「では、行きましょう。カイコを祓いに」

 心が安らぎ、身体も休められた。俺と彼女は蔵から抜け出し、カイコを祓うために本体が陣取っているアザミ神社へと向かう。

 これで、ここから抜け出せる。

「見つけた。樹、どこに行く気だ?」

 蔵を出て数歩。背後から哲平の声がする。

「そうだよ、キミの居場所はここだよ?」

 うしろからキヨちゃんの声。

 囲まれた。違う、位置がばれていた。それも正確に。寸分の違いなく。まるで、俺たちが蔵から出て来るのを待っているかようだ。


「真城さんだけでも逃げてください。ここは私が受け持ちます。神社の石階段の前で落ち合いましょう」

 ちりんと鈴を鳴らし、九条さんは哲平を見えない力で拘束した。

 俺は逃げ出そうと足を動かすが、それよりも前にうしろのキヨちゃんは大地を蹴り俺にのしかかってきた。

「キミが悪いんだよ? キミが逃げるから。ここなら傷つかずに済んだのに」

 キヨちゃんに化けたカイコは俺の首に手をかけ、一気に力を込める。

「がっ!」

 息が……出来ない。

「二人で来て正解だった。ここでは、九条の人間でも半分以下の力しか出せまい! 私の分身を抑えるだけで精一杯のようだな!」

 身体を震わせてカイコは九条さんを嘲る。


「それは貴様も同じだ。この清められた場では息もしづらかろう!」

 九条さんは、哲平を縛り上げる力を強くし、もう一度大きく鈴を鳴らす。

「くくく。馬鹿な女だ。私が何の策もなしに、ここにいるわけがあるか。ここは! 私が造った心地良い世界だ! 道理は私が知っている!」

 さらに絞める手に力を加える。骨が軋み、空気を求めて魚のようにぱくぱくと口を開閉させている。

 視界が暗がり、意識が遠のく。

「ねぇ……私はキミが好きだよ。甘くて弱くて優しくて。最高の(ひと)だよ」

 カイコはキヨちゃんの姿と声を借りたまま、俺を見てにこりと笑う。

 そして、首の骨が容易く折れてしまうほどの力を込めたまま、口づけをする。

 すると、頭がくらくらして急激に意識がエンピツのように先細っていく。

「真城さん! 鈴の音を辿ってください! 石階段の下で会いましょう!!」



 俺は……意識を失った。 

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