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妖探偵 九条桐乃  作者: 宮城まこと
カイコ編
2/6

第二話

「!」

 俺は何かに驚いて目を覚ます。

「どうしたの? そんなに慌てて起きて」

 車の助手席から母親が俺の様子を心配して、声をかけてくれた。

「変な夢でも見たんじゃないのか?」

 運転席から、前を見つめながら父がからかうように笑いながらそう言った。

 運転席には父親。助手席には運転を見守る母親。間違いない、これは先ほど夢見た光景とまるで同じだ。だが、あれがよしんば夢だったとしても信じられない。

 五感に訴えかけてくる情報は、あまりにもリアル過ぎる。予知夢だとか白昼夢だとかそういう類の泡沫ではない、アレは確実に現実だった。

 いや、疲れて変な夢でも見てしまったのかもしれない。前にいる二人は、間違いなく俺の両親だ。仕草や癖、たとえ何者かが変装していたとしても、こうも完璧とはいかないだろう。

「いま、どのあたり?」

 気分を変えるため、母に尋ねてみた。

「もう少しで玉藻町に着くわよ」

 何気ない質問に、何気ない解答。だがこれは夢で見た問答のままだ。


 どくん。と胸中に陰りが差す。

 急いでスマートフォンを確認した。

 時刻は、八時を四十五分過ぎたところ。俺が夢の中でおもむろにスマートフォンを弄った時刻と同じ。偶然の一致なのか。だとすれば気味が悪い。

 夢の記憶は驚くほど鮮明に保っていた。ほとんどはすぐに忘れてしまうはずなのに、このあと玉藻町で起きた落雷事故の記事の内容まで覚えている。だからこそ、俺は玉藻町について検索はしなかった。

 夢と違う行動をすれば、当然違った反応や出来事が待っている。

 そして、住宅街に入ったところで車が停車し、新しい我が家に到着する。引っ越しの荷物を積んだトラックはまだ来ていない。

 母親に何か言われる前に車を飛び降り、荷物を新居へと運び入れ、二階の何もない部屋に向かった。

 扉の前に立ち、ドアノブをゆっくり握る。

 この部屋には何もなく、また俺は鬱屈とした気持ちでため息をつく。

 そうだ、所詮アレはただの夢なのだ。恐れることなんてない。あまりにも現実に類似しているだけで、俺に害などありはしない。珍しいこともあったものだと笑い飛ばせばいい。

 扉を開けようとすると、母親が一階から俺の名前を呼ぶ。


「樹! キヨちゃんと哲平くんが来てくれたわよ」

 俺は驚きを隠せなかった。

 夢の続きならば、俺は散歩に出かけるはずなのだ。

 ほら見たことか。アレはリアルな夢だったんだ。そうでなければ、ここまで現実と相違点が生まれるはずが無い。俺は扉を開けずに階段を降り始める。

 降りる途中、足を止めた。

 待て。あの二人は何故ここに来ている。そんなのは予定に無かったはずだ。少なくとも、このスマートフォンの連絡アプリには一切そんなことを書いた通知は来ていない。

「早く降りて来いよ! 今日は引っ越し祝いするって学校で言っただろ!」

 とやたら元気な声で哲平が叫ぶ。

「ああごめん、そういう約束だったっけ?」

  俺は階段を下りきってそう言った。

 たしかに、夕暮れの教室でそんなことを言っていた気がする。ほんの冗談のつもりだと思っていたのに、わざわざ合わせて来てくれたのか。

  俺は二人の変わらない顔を見た途端、どちらが夢でどちらが現実なのか迷う気持ちは、ただの杞憂だと思い知らされる。


「すごい良い場所じゃん! わたしもこんなところにひっこしてみたいなぁ」

 と能天気な感じでキヨちゃんは言った。

「ねぇ! まだ時間あるみたいだから三人で散歩しに行こうよ! プチ旅行ってやつみたいで楽しいよきっと!」

「お! そりゃいいな。こういう風情ある田舎をゆっくり散策して見たかったんだよ」

 うんうんと何度も頷きながら、哲平はキヨちゃんの提案に同意する。俺は散歩というワードに違和感を覚えながらも、三人だから何も起きないだろうと気を許していた。

「分かった。行こう」

 俺たちは住宅街を抜け出し、気の向くまま歩き出した。

 のどかな田園風景。あの都会の喧騒な景色とは違い、静かでゆっくりとした時間が流れている。

 畑の手入れをしている老夫婦とそれを見守る大きな山々。いまからこの景色が青々とするのが待ち遠しい。

 鼻孔を掠める土の香り。どうやら風とともに舞って来ているのだ。


「……こうして三人でいると、引っ越した感覚がまるでしないな」

 俺は居心地の良さに身を委ねて、ふらふらと元来た道が分からなくなるほど散策していた。

「でしょ? わたしたちだって樹が寂しいんじゃないかなって思って来たんだよ」

「はは、ありがとう」

 俺は、照れくさそうにはにかみながら二人にお礼を言った。

「今日だけでも、二人と遊べてよかったよ」

 と続けると、哲平が肩を組んで元気づけるようにこう言った。

「辛気臭いこと言うなって。明日のことなんか気にせず、今日を楽しめばいいんだよ。そうすれば、面倒なことなんか考えなくて済むからな」

「そう……だな」


 俺はこの強引さにどこか憧れていた。

  隣にいる二人は俺に内緒で付き合っている。哲平の真っ直ぐな気持ちがキヨちゃんに届いたのだろう。素直に言ってくれれば、祝福だってしたのに。たとえ俺の初恋が彼女だったとしても。

  だからといって、二人の仲を裂くつもりなどない。俺たちの仲を悪くするつもりも毛頭ない。

  むしろ、この初恋が断たれたからこそ、妙にすんなりと引っ越しを受け入れられたのかもしれない。もし、キヨちゃんと付き合っていれば、駄々でもこねていただろうか。

 ――そう言えば。と俺は不意に思いついたことを尋ねた。

「どうやって二人は新しい家の住所知ってたんだ? それにどうやってここまで?」

 公共機関を使ったと言えば、それまでになるだろう。だがこの町は、公共機関はあまり良くない。電車に乗ってきたとしても、住宅街からはそれなりに離れている。駅から歩いて来たにしては、涼しい顔をしていた。


「なんだっていいじゃねぇか。こうやって来たんだからよ」

「そうそう! わたしたちの友情を前に距離制限は無いんだから!」

 明確な答えは聞けなかったが、実に二人らしい答えが返ってきて深くは問わなかった。こうして二人が遊びに来てくれているだけで良いのだ。この心地よさがずっと続けばいいのにと、願ってしまう。

 ちりん。と鈴の音が鳴った。眼前で鳴らされたようにハッキリと。

「鈴……?」

 俺は辺りを見渡す。気が付くと、夢で見たあの坂の上で立ち尽くしており、鈴ましてや季節外れの風鈴の音など、周りに山とガードレールしかないここで、聞こえるはずが無い。

「いま、鈴の音が聞こえなかったか?」

 二人に尋ねても知らぬ顔。

 もしかして、俺にしか聞こえてないのか。いや勘違いにしては現実味を帯びている。どうしても気になってしまって、俺は哲平に組まれた肩を外し、きょろきょろと音の出所を探す。


「お! こんなところに階段があるじゃねぇか。おい、折角だから登ってお賽銭でもしようぜ」

 哲平の言葉に俺は探すことを止めた。いや、止めざる負えなかった。視界の端に捉えている石階段は、紛れもなく夢が途切れた場所。

 山中を割る形で作られている石階段は、俺たちを待っているようだ。

「それいいかも! 樹のことお願いしますって、頼もうよ!」

 俺は二人の強引さに引っ張られて、石階段を登り始める。  

 そうだ、足を滑らせたとしても彼らが支えてくれるはずだ。臆することなどない。

 階段を登り切ろうとしたとき、俺が誰かに腕を強く引かれる。

 驚いて転げ落ちてしまいそうになったが、予想した通り哲平とキヨちゃんが俺の腕を掴んでくれていた。

 俺はうしろから腕を引いた正体をたしかるため、視線を向ける。そこには艶やかで長い黒髪をなびかせ、きつねの面をつけ顔を隠している女性(ひと)がいた。


「え――?」

 時折夢で見る彼女の姿が、そこにはあった。

「これ以上、ついて行ってはいけません。彼らの手を離して私について来てください」

 彼女は、清く静謐(せいひつ)たる声で俺に話しかける。

「何言って――」

 今度は明らかに、俺は背中を押された。呆気にとられたまま、踏ん張ることすらできずに彼女ごと巻き込んで滑落していく。

 最中(さなか)。支えてくれていたはずの哲平とキヨちゃんに助けを求めるが、そこには二人の姿など最初から無かったかのように消えていたのだ。

 転がり終えた石階段の踊り場で、先細る意識の中、ポケットから飛び出し持ち主と同様、地面に転がっていたスマートフォンを手繰り寄せた。


 急いで、救急車を呼ばなければ……。


 だが、いつの間にかスマートフォンの画面には、調べていないはずのアザミ神社の落雷事故の記事が映し出されていた。


「な……んで……?」




  俺は、父が運転している車の中で目を覚ました。

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