ぶれる
目の前の息子が、なんだか最近よくぶれる。
うん、今見えてるのは、普通の息子だ。
「え、何、どうしたの。」
見つめる私に訝しげな目を向ける息子。
「宿題終わった?」
ごまかしつつ、今日の宿題チェックも怠らない。
漢字書き取りをしている目の前の息子。
左手で書きにくそうに難しそうな漢字を書き取りしている。
易 往 価 河 居 券 効 妻 枝 舎 述 招 承 制 性 版 肥 非 武…
なんというか、時折ふわりと、いろんな年代の息子が重なるのである。
小さい頃はまだわかる。実際に自分が見てきた姿だからね。
言葉が遅くて無口だったなあとか、慎重だけど度胸はあったなあとか。
だけど。
料理を手伝うとき、ふと目線が上を向く。
今の身長は140センチなのに、180センチの高さに目が行く。
自分はどこを見ているんだろう、びっくりして息子と視線を合わせることがある。
そもそも、息子がおなかの中に入った時に、こういう現象がふわりとはじまったのだな。
夢に出てきた、旦那に似ている、若くてガタイの良い男子。
照れて肩をすくめているこの男子を、私は知っている気がする。
「男の子かな、女の子かな?」
生まれる前からワクワクしていた娘。出てきてからのお楽しみねと話していたけれど、私は男子だと確信してたんだよね。娘はこんなことなかったんだけどな、不思議なもんだ。
「宿題終わった、晩御飯作ろう。」
「はいよ。」
明日の準備をして、一緒にキッチンへ。
並んで材料用意したり、野菜の皮をむいたり、細かく切ったり。
「ご飯五合でいいよね。」
米を研ぐ息子。今は、見下ろしてるんだけど、もうじきだよね、見上げるのも。
あんまり大きくなると、キッチンの入り口の桟に頭ぶつけることになりそうなんだけど。ぶつけることに、なりそうだなあ。
「あ、キッチンペーパーなくなった。」
「僕取るよ。」
うちのキッチンは天井が高めなので、備え付けの棚も高くて、収納しているキッチンペーパーのストックに手が届かないんだよね。手が届くのは、旦那だけ。
「はい。」
息子の顔が180センチの位置にある。あれ、この顔は。ずいぶん幼いな。
いや、違う。この顔が正しい。
息子は折り畳みスツールの上に乗って、キッチンペーパーを取ってくれた。
きっと、大きくなっても、このキッチンペーパーを今みたいに取ってくれるのだろうね。
ずいぶん頼もしいことだ、うん。
「ねえねえ、卵割りたい!!」
「いいよ、六個ね。」
初めはずいぶんひどい割り方をしていたけれども、今ではきれいに卵を割ることが、できる。そのうち、片手で割るようになる、はず。今は不器用な左利きだけど、いずれ器用な両利きに、なるはず。
卵液をフライパンにジュっと落として、半熟オムレツに挑戦している。ちょっと、火が強いかなー。
「半熟がしっかり卵焼きになっちゃった!!」
「それはそれでおいしいよ!!」
フライパンを見せる私の目線は…上の方から下の方へ。
―――昔はよく焼き過ぎてたけどね。
声まで聞こえたような、気もしないでもないけれど。
あと何年かしたら、この現象の正体がわかる、かもしれない。