2.「ねえ」
ひとりごと。
「ねえ」
ふと目が覚めた。ねえ、そう呼びかけた宛は誰だっただろう。静かな空間の中で俺一人。誰を呼んだかなんて分かっていた。
空虚をつかむようなことだ。
つまり、ありえはしないということ。
世界が逆さまになったとして、何かが変わるわけない。むしろ何も生まれない何かは、変わってはいけない。
偏見だとか平等だとか、そういうことを言っているんじゃない。
生み出さないものに価値はないのだと、みんなが理解してそう言っているだけだ。
だからどうして俺は、そんな無価値な感情を抱いているんだろう。
人間は、何かを生みだすように、根本のDNAにねじ込まれている。カスタマイズされている。だから男は女を好きになり、女は男を好きになるんだ。ほら、分かっている。
起き上がって蛇口をひねる。
冷たい水を出す。
顔に思いっきりかけると、夢が覚めた。
夢だった。夢だった。そう言ってくれれば、いいのに。この感情も何もかも夢にしてくれ。
「ねえ」
呟いた。掠れた声はあまりにも醜い。
ああ、なんて醜くて見にくくて、可哀想だろう。
こんな自分は、価値なんてあるのだろうか。
何も生まない人間に、価値なんて?
音がけたたましく鳴る。
夜中の静かな部屋を切り裂いた。
携帯をとって俺は、喉から変な音を出す。
その音は、これは夢ではないと言っていた。
ああ、今一番見たくなくて
夢の中で呼び止めたかった名前が、光っていた。
「ねえ」
電話越しの声は、どうして震えているのか。
先を知りたい唇が震える。
そこに生産性は無くても。
俺に向けられた声で無くても。
誰かにすがりたかっただけだとしても。
それがたまたま俺だったとしても。
何も生みだせない感情は、冷たく静かなこの部屋の片隅で、空虚を掴める時を、待っている。
「ねえ」
その言葉の後を。
今すぐ教えて。