プロトタイプ
アドの朝は早い。
まず起きたらすぐに身支度を始め、朝食を作り、手早く済ませた後、マドの部屋へと朝食を持って行く。
オリジナルの依頼があった後は、マドは昼まで起きてこないのは分かっている。
「今回は長丁場だったし、もしかすると、今日はお昼になっても起きないかな?」
そんな事を考えながらも、いつ起きてもいいようにきちんと朝食は用意しておくのだ。
マドの部屋へと朝食を運び終えたら、次は店の準備をする。
準備と言っても大したことではないが、店の中及び周りの清掃、今日やるべき仕事のリストアップである。
近頃はオリジナルの依頼が多々あったものの、既製品の販売などは殆どなかったため、特に仕入れる物も現状はない。
強いて言うなら毛皮が欲しいところだが、先日マドが狩りで持ち帰ってくれている。現在はなめしている最中であるため、このままで問題はないだろう。
今日の予定をとりあえず頭の中で組み立てながら、掃除をする。
掃除を終え、一段落ついたあたりで、やたらと豪華な馬車が店の前に止まった。
中から出てきたのは、先日フューネルの作成を依頼してきたルカだ。
アドがニッコリと微笑みながらルカに挨拶する。
「あら、ルカさん。おはようございます。今日はどうなされたのですか?」
ルカは先日とは違い、何やら顔がツヤツヤしているように見える。
以前会った時はこの世に絶望したような顔をしていたため、それと比べると別人のようにも見える。
「おはようございます。今日は、アドさんに是非お会いしたいという方がいらっしゃいまして、その方をお連れして参りました。」
ルカがそう挨拶すると、馬車の中から小太りのやたら高価な衣服を纏った男が出てきた。
その男はブツクサと言いながら馬車から降りてきた。
「ふん、ここがあの美しいフューネルを作ったDoMaの店だと?こんな小汚い店で作っていたのか。こんな店を営んでいるDoMaなぞ、たかが知れるというもの―――」
そう言いかけた時、王子の目にアドの姿が飛び込んできた。
「なんと美しい…」
王子にとって、アドの見た目は完全に好みであった。
王子はアドに駆け寄り、手を取ってルカが今まで見た事のないような綺麗な顔で
「貴方が母のフューネルを作ってくれたのですね?是非ともお礼がしたい!我が城へこれから来ていただけますね?」
と、普段の王子からは想像出来ないような高めの綺麗な声でそう言った。
アドが困惑していると、王子が半ば強引にアドを馬車へと連れて行こうとする。
「さぁ、善は急げです!早く行きましょう!」
アドは困りますと言いながら必死に抵抗するが、王子の力は強く、どんどん引きずられていく。
見かねたルカがアドに話しかける。
「アドさんにとってもきっと悪い話ではないはずです。きっとすぐに戻って来れるはずなので、まずは一度、お城の方まで来ていただけないでしょうか?」
王子の専属DoMaになるということは、宮廷DoMaになるということだ。それ相応の手続きが必要だが、まずは王様に謁見して技量を示さなければならない。王様に認められれば、晴れて宮廷DoMaになれ、その際に荷物ぐらいは取りに帰れるだろう。なに、あの美しいフューネルを三日で作れた人だ。今日か明日にでも帰れるだろう。
ルカはそんな軽い気持ちで、アドを諭していた。
すぐに帰れるなら、とアドは了承し、馬車に乗り込み城へと向かって行った。
馬車が目的地へと到着し、アドが馬車から降りた時、目の前の光景を見て驚愕した。
「お城って本当に王都のお城の事だったの…!?」
アドは王子の事を見た事がなかった。
それもそのはずである。まずアドは王都へ行く事もなければ、国から回ってくる王子関係の新聞でも、王子の写真は載っていなかったのだ。代わりに美化された肖像画のようなものが載っていたぐらいであるため、アドが王子を見た事がなくて当然なのである。
どうしようとアドが困惑していると、王子に手を引かれ、王のいる玉座へと連れて行かれた。
王は非常に驚いた。
今まで女っ気のなかった我が子が、美しい少女を連れて来たのだ。
これはもしや、我が子にもとうとう春が来たのか?
そんな期待を胸に、今までの王子が変わってくれるきっかけにもなるやもしれぬ少女を見た。
緊張しているのか、非常に怯えているようにも見える。
王子が口を開いた。
「父上、先日私めがルカへフューネルを調達してくるよう命じたのですが、そのフューネルの出来が素晴らしく、大変美しいものであったため、この娘を私専用の宮廷DoMaにしたいと考えております。こちらがそのフューネルでございます。」
そう言いながら、王子は予め用意させておいたフューネルの布を外した。
王はフューネルを一目見た瞬間
「モニカ…!」
と思わず声に出して立ちあがった。
今にもその人形が動き出し、こちらに微笑みかけてくるようだ。今までの王妃との思い出が蘇り、一筋の涙が流れた。
「このフューネルを…その娘が作ったというのか?」
王子は自信満々に、はいそうですと答えた。
にわかには信じがたい。恐らく国一番の宮廷DoMaであっても、ここまでのものは作れないであろう。
もし本当にこの少女が作ったのであれば、王子専属のDoMaにしても何ら問題はない。
王は椅子に腰かけなおし、アドに問いかけた。
「娘よ、お主名は何と言う?」
アドは自分の名前を名乗り、ペコっとお辞儀をした。
「ではアドよ、このフューネルを作ったのはそなたか?」
王がそう問いかけると、アドは首を横に大きく振り
「違います。このフューネルを作ったのは私ではありません。」
そう答えた。
すると、横にいた王子がなんだと?と言いアドの方を見る。
「このフューネルもそうですが…普段人形を作っているのは私ではないんです。今日は突然王子様が店に来られて、是非お礼がしたいと連れて来られまして…」
アドがそう言うや否や、王子が激昂し始めた。
「なんだと!?貴様が作ったのではないというのか!?この俺に手間と恥をかかせやがって!」
そう言うと、王子が腰にかけている剣を抜く。
「これ、やめんか!」
王がそう言うも、王子はそのままアドに斬りかかり、アドの悲鳴が玉座の間に響く。
何ということだ、また我が子が人を手にかけてしまった。
今度こそは投獄するなり、どうにかすべきかと王が考えていると、王子の声が響いた。
「お…お前なんなんだ!?斬っても血が出ないどころか再生しているぞ!?」
その言葉を聞くなり、王は立ちあがりアドの元へと駆け寄った。
アドの右肩から左腹部にかけ、斜めに服が切れているものの、血は一滴も付いておらず、アド自身に傷もなかった。
アドは王子に向かって理由を話し始めた。
「私は、昔から精霊の声が聞こえない代わりに、この回復の加護がついているんです。そう両親から教わりました。」
王子はそうだったのかと、まだ驚きを隠せないでいるが、王だけは違った。
「アドと言ったな…お主…再生の加護があると言ったが…そんな加護はこの世界にはない。」
アドはびっくりした顔で王の方を見て、両親からはそう聞いている事を必死に答えるが、王は静かにアドに対して答えた。
「アドよ…お主は人間ではない。お主はAMだ。プロトタイプのな…」
アドは王が何を言っているのか理解できなかった。
自分が人間ではない?ただの人形であると?両親は何故私に嘘をついていた?何故私は今こんな目に遭っている?ただいつも通りの朝を迎えただけなのに…
思考がまとまらない。身体の力は抜け、床にへたり込んでしまった。
王は深くため息をつき、近くにいたAMに対して
「今はとりあえず牢にでも入れておけ」
そう命令した。
命令を聞いたAMは、そのままアドを担ぎあげ、玉座の間を後にした。
王子はにやりと不気味な笑みを浮かべ、そのAMの後を追って行った。
王はどうするべきか悩んでいた。
今まで「人として生きてきた」AMの処遇をどうするべきか。
王の頭の中で、あの事件の記憶が蘇ってきた―――