DoMaの日常
ツインズの工房。
先程の注文を受けたアドは、工房へと向かい、奥の方へと声をかける。
「マドー!マド!いるー?」
はーいと元気な返事が聞こえたかと思うと、奥から少女がパタパタと出てきた。
栗色の短髪に赤色のエプロンを付け、アドと比べると少し幼く見える。落ち着いたアドとは正反対に、少し子供っぽさが残るような、そんな雰囲気を感じる。
アドは先程受けた注文をマドに伝え
「明後日までこの村にいるって言ってたから、なるべく明日までには完成させて持って行きたいところだけど…どうかしら?」
と話した。
マドは大丈夫!と元気に言うと、早速人形作りの作業に入るべく、材料を取りに行く。
「手伝えることがあったら教えてねー」
アドがそう言うと、奥の方から、はーい!と元気な返事が返って来た。
アドは工房に貼ってある、マドが書いた欲しいものリストをチェックし、仕入れの段取りのために受付へと戻る。
二人の役割分担として、基本的に人形の造形はマドが、材料の仕入れ、受付、帳簿を付けるなどのその他事務はアドが担当している。
「私も人形が作れるようになればなぁ」
そうボヤきながら、アドは帳簿を取り出してつけ始める。
「っ…!」
紙で少し指を切ってしまった。だが、切れた傷はみるみる再生し、すぐに跡形もなくなった。
「この加護も便利なんだけどなぁ…なんで私には精霊の声が聞こえなくて、マドには聞こえるんだろう…私も皆からはDoMaって呼ばれてるけど、本当にいいんだろうか…」
ハァ、とため息をつき、そんな独り言を言いながら、事務作業をこなしていく。
本来、人形の製作は容易ではない。
通常であれば、一体の人形作りに数カ月は要する。
予め大量にパーツを作成していたとしても、一カ月はかかるだろう。
だが、作る物にもよるが、DoMaであれば早くて半日、遅くても一週間以内には人形を作ることが出来る。そうでなければ、一つの製作に一カ月もかかっているようならば、人形の需要が多いこの国ではとてもじゃないが追いつかない。
では、何故そんなにも早く作成出来るのか?
それは精霊の力を使っているからこそ、成せる技である。
精霊とは、この世界全体に漂う一つの概念のようなものである。
DoMaはこの精霊とコミュニケーションを取ることができ、力を借りることでよりふさわしく、かつ高速に人形を作成することが出来る。
DoMa側から精霊に力を貸す場合もある。とは言っても、大地や水の汚染を精霊が知らせ、その対処を行う、というようなものだ。
持ちつ持たれつの協力関係である。
先程アドがため息をついていたのは、精霊とコミュニケーションが取れないため、DoMaとしての高速作成が出来ないからである。
ただ、全く人形が作れないという訳ではないため、既存のパーツに関しては、アドが空き時間に少しずつ製作している。
事務作業があるのに大変ではないか、と思うかもしれないが、城下のDoMaとは違い、ひっきりなしに客が来るわけでもないため、材料に関してはたまに補充したりする程度である。
受付も簡単な質問をいくつか行い、特にこだわりがなければマドがデザインなども行うため、そこまで忙しいわけではない。
帳簿の書き込みが終わると、まだ昼ではあるが、全く客も来なさそうだったため、受付の後ろに置いてある小さな作業机で、アドはパーツ作りの準備を始める。
「今日はこれでおしまいかなぁ」
そうこぼすと、アドは木材を削り始めた。
一方、工房にてマドは着々と人形の造形を行っていた。
「こういう顔にした方がいいと思うんだけど…あっ、なるほど?そっちの方がいいかもね!じゃあ体型としてはちょっと細めにして…」
傍から見ると、ずっと独り言を言いながら作業をしているようにしか見えないが、精霊と話しながら作業しているだけである。
「そこのD-2の両足と、C-4の両手、それからB-5のボディを合うように調整しておいて!」
マドがそう言うと、各パーツがひとりでに動き始め、削られ、磨かれ、艶が出てくる。
その間、マドは顔部分の造形を行う。輪郭、目、鼻、口…アドから聞いた送り手と受け取り手の事を考えながら
「この人形で、少しでも幸せになってくれますように」
そう想いを込めて作っていく。
作業を行っている最中のマドは、まるで秘密基地を作る無邪気な子供のように楽しげに、だがそれでいて一つ一つの作業はとても細やかでスムーズに進んでいく。
彼女は時間の経過も忘れ、夢中で人形を作り続けた。
気が付いた時には、次の日の昼前になっていた。
アドが晩御飯と朝御飯を置いてくれていたようだが、手もつけずに人形を作り続けてしまっていた。
またやってしまった、とマドは思いながらも
「でも、とってもいい人形が出来た!」と笑顔で喜んだ。
出されていたご飯をさっと食べ、アドに完成したことを伝える。
アドはマドに対して、無理し過ぎであることに対して少し怒り、その後、依頼人に完成を伝えるために宿へと向かい、マドは床に着くことにした。
青年は、昨日の今日で完成するとは思っておらず、せいぜい明日になるだろうと思っていたため、知らせを聞いてとても驚いた。
知らせを聞いた段階ではまだ半信半疑だったが、店で完成品を見て更に驚いた。
「これは娘にぴったりだ…!」
直感でそう思えるほど、その人形の完成度は高かった。
宝石のように光る瞳、シンプルながらもしっかりと人形にマッチした衣装、手に取るだけで作り手の楽しさや幸せが伝わってくるような、そんな人形だった。
「本当に銀貨5枚でいいんですか?」
思わず口からそんな言葉が出た。
アドはニッコリと笑い
「はい、銀貨五枚となります。」
と続けた。
ここまでの出来となれば、オリジナルの製作依頼をする人が多いのではないか疑問になった青年は、その事をアドに聞くと
「大体の方は既製品を購入される方が多いですね。今回はたまたま依頼もなかったので、この人形に全てをかけることが出来たこともあって、早く作れました。」
と答えた。
確かに、村人であればいつでも依頼に来れるとは言え、そう頻繁に人形の製作を依頼することもないだろう。
かと言って、旅人がこの村に訪れた際の手土産に、と言っても、オリジナルだと時間がかかると考え、既製品を購入する者も少なくはない。たまたま村人に土産の相談をしてみて良かったというものだ。
「流石にフューネルはオリジナルしか承ったことはありませんけどね。その人形、私の妹が作ったんですが、オリジナルの依頼が久しぶりというのもあってか、本当に楽しそうに作っていましたよ。」
アドは笑顔でそう言った。
ここに依頼して本当に良かった。そう思いながら支払いを済ませた青年は店を後にし、宿へと向かった。
その際、彼は幸福感に満ちた顔で歩いていたという。