姉妹
ルカは気が気ではなかった。
あの王子にいつ呼び出され、いつ斬り付けられるかわかったものではないからである。
案内して連れてきた少女は、Domaではなかった…
それだけで斬り付けられてもおかしくない理由だからだ。
憂鬱な気分になりながら、ルカは自室を出て城下町に行こうと思い立った。
出来るだけ王子から離れよう…そう考えての行動だった。
城内を歩いていると、皆の顔が少し安堵しているように見えた。
何か良いことでもあったのか?そう思いながら歩いていると、城の兵士が話しているのが聞こえてきた。
「今日は王子の機嫌がやけに良かったな。メイドが皿を割った時、いつもなら即斬り付けてたのに、今日は斬りかからずにそのメイドを許したそうだぞ」
「あぁ…それな、新しいオモチャが手に入ったからだそうだぞ。」
「新しいオモチャ?」
「そうだ。オモチャだ。どうもこの前入ってきた女の子がいただろう?あの子が今地下牢に捕まっているらしいんだが…見た目も王子の好みで、しかもその子が今では禁止されているプロトタイプのAMだったらしいぜ…」
「プロトタイプのAM?普通のAMとどう違うんだ?」
「まぁ再生とかの能力は同じなんだけどよ…何よりも自我と感情があるんだよ…つまり普通の人間と何ら変わらないって事だ。」
「って事は…王子の機嫌がいいのも…」
「あぁ…あの子も可哀そうにな…」
そんな会話を聞きつつ、兵士の横を通って城下町へと出て行った。
自分が仕事を依頼してしまったばかりに、あの子が自分の代わりに犠牲になっている?
ルカはとてつもない罪悪感に駆られた。
「このままじゃダメだ…あの子を助けないと…」
だがどうやって?
そのままアドを助けに行けば、間違いなく自分は謀反を起こしたとして、いいところで処刑、最悪の場合死ぬことすら許されず、王子のオモチャと化すだろう。
それだけは避けたい。何のために仕事を依頼しに行ったのかわからなくなってしまう。
「どうすればいい…考えるんだ…」
ルカが思いつめた表情で城下町を歩いていると、そこへ一人の青年が声をかけてきた。
「ようルカ。どうしたんだ?そんな青ざめた顔して?」
カインだった。
そうだ、あの時もカインに相談して何とかなったんだ。今回も彼に相談すれば何とかなるかもしれない…
そんな藁にも縋る思いで、ルカはカインに話すため、自宅へと招いた。
ルカの話を聞いたカインは、思っていたよりも深刻な悩みであることを理解した。
あの王子の事だ。一度手に入れたオモチャは中々手放さないだろう…その前にあの少女の心は壊れてしまうかもしれない。一刻も早く何とかする必要があるだろう…
一連の話を聞いた後、カインはルカに提案した。
「妹さんを連れてくるのはどうだ?」
王もまだアドの処分を迷っている。もしかすると、家族の言い分を聞けば何かが変わるかもしれない。王子よりも王はまだ信用出来る。
ルカはきょとんとした顔でこう言った。
「妹さんがいたのか。でも妹さんを連れてきてどうするんだ?」
あぁ、そうか。彼は妹の存在を知らなかったのか。そう思いながらカインは続ける。
「あの店はな、妹さんが人形を作ってるんだ。アドさんはお姉さんだな。それえで、元々はDomaを連れてきて専属にするって話だったんだろう?だったら、まずはそのDomaを連れてきて話をしてみるってのはどうだ?」
だが、これでは根本的な解決にはなっていない…何故なら、あの王子の事だ、DomaもAMも両方手に入れたいと考えるだろう。その為には恐らく手段を選ばない。ただ、少なくとも一緒に暮らしている妹にはこの事実を伝えるべきだと考えた事、少しでもルカを落ち着かせて、冷静に考えを出せるようにしておいた方がいいと考えた事で、この提案に至った。
一方で、その話を聞いたルカは、盲点だったと思った。
「そうか、妹さんを城へ連れて行って、晴れて宮廷DomaになればAMを作れるし、アドさんのAMを作ってもらえばいいのか…!」
カインは少し的外れだとも思ったが、今は一刻も早く何かしらの対策を打つことが先決だと考えた。
「そうとなれば、早くあの村に行かないと!」
ルカは大急ぎで馬車の用意を始めた。
「俺もついていくよ。お前だけじゃ不安だしな。」
そう言いながら、カインもルカについていった。
妹を探すのは少し骨が折れるかもしれない。
そう考えていたが、その心配は杞憂に終わった。
店の前に、アドそっくりの少女が心配そうな顔で立っていたからである。
馬車が見え、少女の顔が少し晴れる。姉が帰ってきたのかと駆け寄っていったが、中から降りてきたのは二人の青年だった。
ルカがマドに話しかける。
「君は…アドさんの妹さん?」
「はい…そうですが…」
「良かった!すぐに見つかった!実はお姉さんにお城に来てもらってるんだけど、実際に人形を作っているのが君だって聞いて…迎えに来たんだよ!」
それを聞いたマドはイマイチ理解が出来ない。
「…?アドがお城に行ったことと、私が人形を作っていることに何の関係があるんですか?」
「あぁ、そうか…実はね、お姉さんが人形を作ってくれたと勘違いして、王子様が連れて行ったんだけど、話を聞いてみたら妹さんが作っているって聞いてね!是非宮廷Domaになってほしくて、妹さんを連れてくるように言われたんだよ!」
「はぁ…でも…まず1つだけ聞かせてください…アドは何で戻ってこないんですか?もう三日以上帰ってきてないですよね?」
「それは…」
ルカが言葉に詰まる。
しばらく沈黙が訪れる。
「どうして言葉に詰まるんですか?アドが戻ってこない理由を教えて下さい!」
その問いかけに応えたのは、ルカではなくカインだった。
「ルカ、変に取り繕ってもいずれはわかることだ…本当の事を伝えたほうが良いんじゃないか?」
ルカは下を向く。そして身体をプルプルと震わせ、マドに話し始めた。
「実は…お姉さんがプロトタイプのAMだって事がバレて…今はお城の地下牢に幽閉されているんだ…」
その事を聞いたマドは、拳をギュッと握りしめ、身体を震わせながら質問した。
「なんで…なんでAMってわかったんですか…?」
その問いかけが来ると予想していなかった二人は、「えっ…?」という反応しか出来なかった。アド本人ですら、自分がAMだという事に気付いていなかったからである。
「なんでわかったんですか!?何かひどいことをしたんじゃないんですか!?」
どんなに鈍感なものでもわかるであろう怒りを感じた。事と場合によっては自分たちもタダでは済まないと感じるほどの怒りを…
「王子が…Domaじゃないと分かった途端に、持ってた剣で斬り付けたんだ…そしたら傷が再生して…」
目の前の二人がやったわけではない。そう分かったマドは深呼吸をして、少し怒りを鎮めた。
「君は…お姉さんがAMだって知ってたのかい…?」
カインが思わず質問する。
「知ってました…だって、精霊が教えてくれたんです…あの子は人形だよ。なのに、どうして一緒に暮らしてるの?って…でも、私にとってアドはアドなんです…人形じゃない…私のたった一人の家族で…姉なんです…」
二人は目の前の少女に対してかける言葉がなかった。
マドが強い眼差しで二人を見上げて言う。
「私をお城へ連れて行ってください。アドを助けたいです。」
だが、これから夜になろうとしている。夜になれば、街道とは言え魔獣が出る可能性がある。少女を連れて行くには少し戦力不足に思えた。
「夜の街道は危険だ。明日の朝一番に馬車を出すから―――」
言い終わる前に、マドが大声で怒鳴った。
「こうしている間にも、アドは苦しんでるんでしょう!?悲しんでるんでしょう!?すぐにでも助けに行かなきゃ!」
虚を突かれた二人は驚き後ずさりをした。
少し深呼吸した後に、冷静さを取り戻したマドが続ける。
「それに…私、弓の扱いには自信がありますので、もし魔獣が出たら迎撃するぐらいでしたら出来ます。普段の狩りも私がやっていますし、魔獣に襲われても迎撃していますので…」
これはもう今から連れて行くしかない。そう思わざるを得なくなった二人は、マドを馬車に乗せ、城下町へと急ぐのであった。