初戦闘
探していた道は草原を抜けた先にある川に沿うように敷かれていた。
「ゼロス様、これが道……なのでしょうか?」
踏みわけられただけの道だが、これも立派な道だ。
「ミカよ、よく見てみろ。車輪の跡が何本も通っている。これは間違いなく道だ」
「あ、ほんとですね! 私ぜんぜん気づきませんでした」
「しっかりしてくれよ、これから一緒に旅をするんだから」
「はーい、がんばります。じゃあ、また偵察してきますねー」
そういってミカはもう何度目かになる空中飛行へと向かった。
「ったく、反省しているのか不安だな」
ミカはあれでも天使である。
それも大天使と呼ばれる一般的な天使よりも上位の天使だ。
天使の中でも最上位の存在である熾天使のユーティと比較すると見劣るがそれでも優秀であることにはかわりがない。
「まぁ、いいか。そのうち、調教すればいいしな」
ミカは天使の中でも若い。足りない部分はこれから補ってやればいいさ。
しかし、それよりもスキルって案外、簡単に手に入るものなんだな。
ミカのようにああやって、遊んでるだけで獲得できるなんて……。
空中を飛び回るミカを見ながらミカのステータスを開いた。
>ステータス
名前 :ミカ・エルシール
種族 :天翼人
職業 :ニート
年齢 :15
性別 :女
ランク:0
祝福 :体0力0技0速0心0
魔法 :火-風0水0土-光0闇-無0
スキル:高速飛行1
空中舞踊1
偵察1
当初、ミカのスキルは[高速飛行]だけだったが、遊びながら空中を飛び回っているだけで新たなスキル[空中舞踊]と[偵察]を会得したのだ。
スキルレベルはすべて1であるが、短時間で新たに2つもスキルを会得できたということはこの“アルンテル”ではスキルの会得自体は難しくないということだろう。
だったら俺も新たなスキルを獲得できるはずだ。
例えば、採取スキルとかいけるかな。
俺は道端に咲いている青い花を無造作に摘み取ってみる。
>スキル[採取]を会得しました。
「んおっ」
「どうされましたか、ゼロス様!」
「い、いやっ! なんでもない。ちょっと驚いただけだ」
急にシステムメッセージが出てくるなんて、さすがの俺も少し驚きだ。
スキルレベルが上昇したときは聞こえなかったのでスキルを新たに獲得したときだけ聞こえるのだろう。
「思った以上にゲームっぽい世界だな……だがまぁ、いいか」
スキルは想定どおり取得することができた。
[採取]というスキルはたぶん、いろいろな用途で利用できるだろう。
俺は採取した青い花をカバンの中へと収納する。
ちなみにカバンは最初から持っていたものだ。
おそらく、ユーティが初期装備として持たせてくれたものだろう。
カバンの中にはポーションっぽい薬品が3つと銀貨と銅貨。
カバン以外には今着ている衣服と背中にあるボロボロの剣。
旅をするにはなんとも心もとない装備だ。
「ゼロス様ー」
そうこうしているうちにミカが空から戻ってきた。
「ミカか、どうだった?」
「川を下った先に街っぽいものが見えました」
「でかした。じゃあ、行くとするか」
課題はまだまだたくさん残っているのだが、街へ向かうことが先決である。
ミカと共に街があったという方へと歩き出した。
◆◆◆
川に沿った道を歩いて数十分。奇妙な気配を感じた俺は足を止めた。
第6感とか虫の知らせとかいうなんていうか、鋭いけどあいまいな何かを俺は確かに感じた。
「あれ、どうされました」
「しっ……なにか妙な声とか音が聞こえないか」
静かになって聞き耳をたてるが、特段おかしな音は聞こえない。
今の身体は人間の身体であるため、神だった時のように世界すべての音を聞くことはできないから多少不便だ。
「なにも聞こえませんね、聞き間違いではありませんか?」
「いや、確かに何か嫌な予感が……そうだ」
ん、自分で言っておいてなんだが、嫌な予感?
そこにひらめきを感じた俺はステータスを開いた。
>ステータス
名前 :ゼロス・クローイ
種族 :人間
職業 :ニート
年齢 :15
性別 :男
ランク:0
祝福 :体0力0技0速0心0
魔法 :火0風0水0土0光0闇0無0
スキル:ステータスサーチ1
強運0
危険感知1
採取1
蜚ッ荳?逾槭ぞ繧ヲ繧ケ0
スキル[危険感知]のレベルが1に上がっている……ということは声が聞こえたのはスキルによるものに違いない。
「ミカ、空を飛んでこの先になにがあるのか確認してきてくれ」
「はい」
「ゼロス様、野盗です。この先で野盗が荷馬車を襲ってます!」
「野盗だと!」
急いで道の先へ向かうとミカの言うとおり野盗らしき人が荷馬車を襲っていた。
「ミカ、あいつらを救助する。この世界での戦闘は初めてだがやれるな」
「もちろんです!」
ミカが元気よく答えるのを待ってからボロボロの剣を鞘から引き抜いた。
いくら、初期装備とはいえこんなボロボロの剣を渡すとはユーティはなかなかの鬼畜だな。
俺は野盗どもの前へと駆け出した。
「っ!!」
「なんだ、てめーは!」
現場はまさに危機一髪の状況だ。
襲われた荷馬車に乗っていた人は縄で縛ばられ、今まさに積み荷を運び出そうとしているところだった。
「俺はゼロス。旅の者だ」
「おいおい、なんだこの偉そうなガキは。おめーも仲間に入りたいのか?」
「兄貴、ショタの緊縛プレイっすか。マニアアックすね!」
「バカかおめーはそんな趣味、俺にはねぇ!」
「ってか、ガキ。さっさとどっかいけ。いまなら見逃してやるぞ」
ショタ?
たしかに今の俺は15歳だが……まぁ、いい。今はそんなことを気にしている場合ではない。
「[ステータスサーチ]」
ステータスサーチのスキルを発動させると目の前にいた奴のステータスが浮かび上がる。
よし、成功だ。
>ステータス
名前 :アシッド・ウガール
種族 :人間
職業 :盗賊
年齢 :22
性別 :男
ランク:18
祝福 :体0力0技1速1心0
魔法 :火-風-水-土-光-闇-無-
スキル:剣術0
弓術0
拳闘1
投擲0
女好き2
さぼり癖1
ギャンブラー4
“アルンテル”ではスキル以外の方法で他人のステータスを覗き見ることはできない。
つまり、俺が野盗どものステータスを把握することで相手よりも優位に立つことができる。
というのは建前で実際にはただ彼らのステータスが知りたかっただけだ。
ステータスを知ってこの世界では俺がどの程度の能力を持っているのか把握すること。
それが俺の目的である。ほら、どこかの世界の偉い人も『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』とかいうしな。
そのため、立て続けにほかの野盗のステータスを片っ端から開いてみる。
計5人。
スキルの発動とステータスの確認にはあまり時間はかからないため、野盗は俺が何をしているのかわからないだろう。
「よし」
「なにが“よし”だ。さっさと消えないと殺すぞガキが」
ステータスをのぞいてわかったことがある。
それは彼らが野盗になった理由である。そう、彼らはおそらくこの世界で“無能”mなのだろう。なにせ、スキル[女好き]やら[さぼり癖]など明らかに負のスキルを所有し、全体的な数値も見る限り低いのだ。
もしも、これが一般的だなんて言われたら、目も当てられないほどに彼らの能力は悲惨だ。
これでは当初の目的である俺の能力がどの程度なのか比較する材料になりえない。
また、適当な奴のステータスを開く必要があるな。
と悪い知らせばかりだがひとつだけ今回ステータスを開いて得られたことがある。
それは職業欄についての知識だ。
野盗たちは皆、職業は盗賊となっていたが彼らの中には弓を持ったものや杖を持った魔法使いっぽい者もいた。
彼ら全員の職業欄は盗賊となっているため、職業=特技ではなく実際に今ついているジョブが書かれているようだ。
つまり、俺とミカは冒険者ではなくニートなのだ。
「さてと、じゃあやりますか」
ステータスについて得られることは得られたわけだし、そろそろもう一つの目的である戦闘に移ってもいいだろう。
“アルンテル”に来たばかりであるが、どれくらい戦えるのか自分を試したい。
「よし、行くか」
「なっ……やる気かこのガキ」
ボロボロの剣を野盗へ向ける。
そして、地面をける。
「とりゃあ!」
「へっ……ガキのへなちょこ剣なんて当たるわけないだろ」
俺の放った斬撃は野盗がいうようにまったく当たっていない。
当然だ。当たるように剣をふるったわけではない。
>スキル[剣術]を会得しました。
そう、俺はこれを狙っていたのだ。
剣を振るえば剣術のスキルが手に入る。
ステータスを確認したところレベルは0。しかし、レベル0でもスキルがあるのとないのでは少しだけ違いがある。
「じゃあ、これはどうかな」
少年としての身体はまだ、未熟でボロボロな剣でも振るうのがやっとである。
しかし、たった今取得した[剣術]スキルによって身体の動きが改善する。
それは自分でもわかるほどで剣の振り方が素人から初心者へパワーアップした感じだ。
斬。
俺のへなちょこ剣が野盗を切り裂いた。
「ぐはっ」
「あ、兄貴!」
傷は浅いが急に変わった剣筋に驚いたようだ。
しかし、驚いているのは俺の方。
なんだよ、俺って……
すごく弱い!!!
最初の振るった感触でなんとなく理解はしていたが今の一振りで完全に把握した。
そう、俺は弱い。さすがはランク0。思った以上に弱い。
本来であれば、今の一撃でしとめるつもりであったが力がなさ過ぎて傷が浅い。
「よくも兄貴を!」
あ、やばい。他の野盗たちが俺を取り囲もうとしている。
今の俺の実力では取り囲まれたら終わりだ。
「ちぃ!」
なので早めの撤退をすべきだろう。
道に転がっている石を持って投げる。当然、威力は弱く足止めくらいにしかなっていない。
>スキル[投擲]を会得しました。
システムメッセージが流れるが無視。
俺はすぐに次の石を投げるが威力は先ほどとあまり変わらず、野盗たちには足止め程度にしか効果がない。
やばい。
やばい。やばい。やばい。
このままだと負けてしまう。
初めてすぐにゲームオーバーなんて結末嫌だ。
もしも、死んでしまい天界へ帰ったらユーティに笑われる。
それも見下すような瞳で絶対に俺を笑うはずだ。
「ゼロス様っ!」
救いの神……いや、天使は空から現れた。
ミカだ。ミカは空を飛びながら右手を前に突き出す。
「【ハイドロ・シュート】」
きれいな光を放つ幾何学模様が空中に描かれ、水の弾がミカより発射される。
「ぐおっ! な、天翼人だとぉ!! な、なんでこんな辺境にいやがる!」
ひとり、またひとりと野盗が水の弾に撃ち抜かれる。
魔法。
ミカはおそらく魔法を使ったのだ。
「[ステータスサーチ]」
>ステータス
名前 :ミカ・エルシール
種族 :天翼人
職業 :ニート
年齢 :15
性別 :女
ランク:0
祝福 :体0力0技0速0心0
魔法 :火-風0水1土-光0闇-無0
スキル:高速飛行1
空中舞踊1
偵察1
どうやって覚えたのかわからないが魔法のレベルが0だったのが1に変わっている。
さすがは天使といったところか。
気が付いた時には野盗はすべてミカの魔法によって倒されていた。
「ゼロス様、お疲れ様です! 野盗どもに突撃するお姿とても凛々しく私すごく感動しました!」
「あ……うむ、お前もご苦労だったな」
言えない。
貧弱すぎて逃げようとしてたなんて絶対に言えない。
「ありがとうございますゼロス様! では、ご命令どおり捕まった人たちを救助してまいります」
そう言うなりミカは捕まっていた人たちの元へと飛んで行った。
いきなり魔法を使ったミカには驚かされたけれど、そういえば彼女は俺のお付きなのだ。
もしかしたら、ユーティが少しだけ彼女を強く設定したのかもしれない。
……
まぁ、それはただの願望だけど。
それにしても予想以上に弱いな俺。“無能”なはずの野盗ごときに負けそうになるなんて神としてめちゃくちゃ恥ずかしい。
強くならないとな。
神だった時の俺が行きたいリストに入れていた世界なんだから多分、強くなれる方法は確実にあるはずだ。でないと全然面白くないからな。
「ふっ……楽しくなってきたな」
俺はそうひとりで笑うとミカの元へと向かった。