神様、大地に立つ
太陽の暖かな陽気で俺は目を覚ました。
天界から“アルンテル”へと降り立った影響なのか、どうやら俺は気を失っていたようだ。
ゆっくりと身を起こすと涼しいそよ風が頬を凪ぐ。
天界では決して味わえない大自然。知識としては理解していたことなのだが、実際に味わってみるとかなり気持ちがいい。
「……ここが“アルンテル”か」
俺は腕を伸ばしたり、手を太陽にかざしてみたり、足を動かしてみたりする。
思った以上にしっくりとくる身体の感覚と神だった頃はあまり感じなかった生の実感。
そう、俺は人間になったんだ。
「人間……人間だ! 俺はついに人間になったんだ!」
「ん、く……うるさいです」
ガサッと誰かが身じろぎをする音がした。
どうやら、俺の声がうるさかったようで声の主はムクッと起き上がる。
草と草の間から現れたのは美少女だった。
透き通るような金色の髪と青い瞳。
一瞬誰だがわからなかったがすぐにあいつだと悟った。
「ミカエルか。お前はあまりかわらんな」
ミカエルは天使の時から金髪であった。そのため、顔立ちは少し変わっていても雰囲気はほとんど変わっていない。
「んー? どちらさまですか?」
こちらを向いたミカエルは頭の上にハテナマークを浮かべる。
もともと若い天使でギリギリ少女といっても許されるような姿だったが、この世界では少女らしさが増しているようだ。
「おいおい、俺だよ……ゼウスだよ」
「ふぁっ!? ゼウス様ですかっ!?」
「なんだよその顔は。俺ってそんなにブサイクなの?」
「い、いえ! その……あまりにも以前のお姿から変わっておりましたのでつい」
「ほう、そんなに俺の姿が変わっていると?」
ミカエルはブンブンと首を縦に振る。
「たしかに身長は低くなったし、少し身体が軽く感じるな」
神としての俺はおおよそ30代前半くらいの男性の姿をだったため、ユーティが設定した15歳の少年と比べると身長が低いのも体重が軽いのもおかしくない。
「でも、私はとても良いと思います! だってすごく可愛らしいですもの♪」
「可愛らしい?」
「はい!」
15歳の少年ならまだ可愛らしいと言えるだろう……。
もし、超がつくブサイクだったなら100年後、ユーティに文句を言ってやる。
「俺がブサイクかどうかは後で確認するとして、まずはこれからどうするかだな」
全知全能だった俺はもちろん、この世界がどんな世界なのか知っていた。
しかし、記憶を探れどこの世界に関する知識がユーティと会話した程度しか残っていない。
それどころか神として知っていた世界や因果律に関する知識がごっそりと見当たらない。
どうやら、人間の器に俺の魂を収める際に落ちてしまったのだろう。
残っている知識は世界に関する天界での一般常識くらいで因果律に関する情報は完全に落ちてしまっているようだ。
予想していたことだが、全知全能だったときからいっきに無能になったようで少し喪失感がする。神だった頃は負の感情をほとんどシャットアウトしていたのでこの喪失感は人間になった影響によるものだろう。
「あ、ゼウス様。ステータスが見れるみたいです」
「なるほど、この世界ではステータスオープンができるのか」
世界によっては自身のステータスを確認することができたはずだ。
俺はさっそく、自分のステータスを開いてみた。
>ステータス
名前 :ゼロス・クローイ
種族 :人間
職業 :ニート
年齢 :15
性別 :男
ランク:0
祝福 :体0力0技0速0心0
魔法 :火0風0水0土0光0闇0無0
スキル:ステータスサーチ0
強運0
危険感知0
蜚ッ荳?逾槭ぞ繧ヲ繧ケ0
「なんだこれは0がたくさんあるぞ。それに名前がゼウスではなくゼロスになっている」
「私も同じようにステータス値が全部0です。それに名前がミカになってます」
「ステータスはわからないが、この名前は“アルンテル”で使えってことだな。よし、ミカエルじゃなくミカよ、今から俺の名前はゼロスと呼ぶのだ」
「はい、ゼロス様」
俺は再び自分のステータスに目を落とす。
不思議なのはやはり0という値が並んでいることだろう。
一般的なステータスであれば0という数値は異常である。すなわち、“アルンテル”でのステータスは一般的ではないということだ。
世界に関する知識が抜け落ちてしまっているため、一般的でないということくらいしかわからない。
そして、ステータスの0表記以上に不思議なのはスキル欄にある[蜚ッ荳?逾槭ぞ繧ヲ繧ケ]だ。
ほかのスキルは名前からして能力は想像できるがこのスキルだけおかしい。そもそも文字化けしているのか名前すら読めない。
「ミカのステータスはどんな感じだ。見せてくれないか」
「あー、この世界では他人のステータスは見れないようです。私何度もゼロス様のステータスをみようとしたんですがぜんぜん見れません」
世界によってルールは大きく異なる。
“アルンテル”では他人のステータスは見れないのがルールらしい。
「そうか……いや、そうでもないな」
「え?」
「スキル[ステータスサーチ]」
>ステータス
名前 :ミカ・エルシール
種族 :天翼人
職業 :ニート
年齢 :15
性別 :女
ランク:0
祝福 :体0力0技0速0心0
魔法 :火-風0水0土-光0闇-無0
スキル:高速飛行0
「もしかして私のステータスを拝見されてます?」
「ああ、どうやら俺のスキル『ステータスサーチ』は他人のステータスが見れるらしい」
「なるほど、では他人のステータスをのぞき放題ですね」
「いや、スキルレベルによっては見れない者もいるだろう」
「スキルレベルですか?」
「スキル名の隣にほら数字があるだろ、それがおそらくスキルのレベルだ」
「なるほど、さすがはゼロス様です!」
自分のステータスを開くと[ステータスサーチ]の隣にある数値が1になっていた。
想像したどおりスキルの隣にある数値はスキルレベルなのだろう。
「うむ、やはりスキルを使えばレベルが上がるらしい。今ので[ステータスサーチ]のレベルが1になった」
「おお、では……私もっ」
ミカは背中から翼を広げると空高く飛び上がった。
天翼人という種族は天使のように翼を持った人型の種族らしく、空に自由に飛べるようだ。
「スキル[高速飛行]」
スキルが発動したのかどうかわかりづらいが少しだけ速く飛行できているようだ。
「ゼロス様ー、どーですかー」
予想通りスキルを使えばレベルが上がるようで[高速飛行]のレベルが1になっていた。
「レベルが上がったみたいだぞ」
「ホントですかっ! わーい、思った以上に楽しいですっ!」
ミカはスキルレベルが上がったのがうれしいのか空中でクルクルと回り始める。
「しかし、なんとも解せんな」
スキルの謎は例の読めないスキルの件を除いて解決したのだが、ほかのステータスだけはいまだに謎である。
とくに【祝福】という項目はなんとなくゼロスの中で察しはついているのだが、まだ完全な答えにはたどりついていないようである。
しかし、この場で考えていても仕方がないことだ。
俺はそう決着をつけると上空でクルクル回っているミカへ声をかけた。
「おーい、ミカ。そろそろ行くぞ」
「かしこまりましたっ……よいしょっと」
「空から何か見えたか」
「あー、えーと……山、大きな山が見えました」
「山以外には何があった」
「んーと、湖と川が見えました。あとは森があります」
「そうか、では道はあったか」
「あったようななかったような……」
「もう一度、飛んでみてこい。これから街へ向かうんだからな」
「はーい、りょーかいです! シュバフィーンッ!」
「……先が思いやられるな」
これから冒険を始めるのにミカは少しというかかなりポンコツである。
先行きに不安は残るけれど、ミカはあれで優秀なはずだ。
とりあえず、ミカを待ってからこれからを決めよう。