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【短編】狼男は赤色がお好き  作者: くーよん
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3話 狼男はほだされる

「ねーねー狼男さん!なんで狼じゃなくなっちゃったの!」


「そうだよー!格好良かったのに!」


「もふもふだった」


歩きながら騒ぐガキども。一番チビのガキが、尻尾の消えた俺のケツを叩く。


「……」


「狼男さんは人間にもなれたんだわ!凄いわ!魔法みたい!」


「この姿でもバリバリーって出来んの?さっきみたいにバリバリーって!」


「もふもふなくなった……」


俺は何も言わずに黙々と歩く。一番チビのガキが、尻尾の消えた俺のケツを叩く。


「…………」


「もふもふ……」


「だああああ! お前ら黙って歩けねえのか!? あとチビガキお前、俺の尻を何度叩いても尻尾は出てこねえよ!!」


 はしゃぐガキどもに先導させて俺は森を歩く。気絶したシスターが目を覚まさないので仕方なく抱いて運んでやっている。今の俺の姿は人間の男だ。


「人間になっても髪は真っ白なのね! 目も真っ赤なまんまで不思議な感じ!」


「もふ……」


「だから尻を叩くな尻を……おいオスガキ! 村はまだか村ァ」


「もうすぐだよ……あ、ほら、あそこあそこ!おーい!皆―!!」


 赤毛のガキが指をさしてから駆け出していく。そっちを見れば、森はそこで途切れて拓けた。夕暮れに灯っている光が見える。俺は一息ついた。気絶した女と騒ぐガキを引き連れて野宿なんてぞっとしない。

 先に駆けて行ったガキが騒いだからだろう、小屋から大人が出てくるのが見える。何か話して居るのを見ながら俺はゆっくりと歩いて近づく。ここまで見えたら別に急ぐことも無かったのだが……俺が歩調を緩めたのはそれだけが理由じゃなかった。

 男が何人か鍬や鎌を握って出てくる。人間になって少し鈍った鼻でも嗅ぎ取れたそれは、敵意だった。


「見かけない顔だな、服の仕立ても良い。旅人にしては軽装だ。何者だアンタ」


「旅の者だよ。この辺りに昔住んでてな、色々あって戻って来たらこいつらが人買いに襲われてたんで成り行きで助けた」


「この兄ちゃんは俺達を助けてくれて……」


「お前は黙ってろ!」


 オスガキが怒鳴りつけられて首をすくめて悲しそうな顔をした。俺は前に立った中年の男を眺める。お世辞にも身ぎれいとは言えないが、それはシスターを含め此処にいる奴ら全員がそうだった。不潔な匂い、こけた頬、満足に食ってないのが見て取れた。


「成程、そう言う事か」


「どういう事?」


 俺の尻を触ってた一番小さいガキが尋ねる。俺の服の端を握ってたメスガキの手に力がこもるのが分かった。……メスガキは一番年上なようだから、判ってるのだろう。この男達は、人買いだと分かった上でシスター達を送り出したのだ。見透かした俺から目を逸らす男達の中で、目の前の男だけが俺を睨みつける。しかし視線が揺れている所を見ると、罪悪感があるのだろう。俺は笑ってしまう。


「余計な事をしたみたいだな、悪かった悪かった。だが、懐は少し暖かいだろう? そう睨むなよ、俺には関係が無い事だ」


「アンタ……」


「おいオスチビ、お前らが住んでた所はどこだ。案内しろ」


「……こっちだよ」


 赤毛のガキが歩き出すのについていく。男達に無邪気に手を振るチビガキ、俺の服の端を握るメスガキは俯いて何かを堪えているようだった。

 俺達が着いたのは古い教会。オスガキが言うには、ここでシスターに育てられたんだという。だがシスターはどう多く見積もっても20前半くらいだろう。母親にしちゃあ若すぎる。つまり……。


「う、ん……」


 そこで丁度腕の中で寝息を立てていたシスターが目を覚ます。俺の目とは違う青い目が寝ぼけた様子で瞬き、ぼんやりと俺を眺める。


「おう、起きたか」


「はい。おはようござ……い、ま、……きゃああああああああああああああああああああああ!?」


 人間の顔の時に頬を張られると、結構いい音がするもんだなあ、なんて俺は暢気にそう思っていた。



 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



「し、ししし、失礼いたしました、命の恩人に私はなんて事を……ッ」


「人間の女の平手なんぞ痛くもねえ、気にすんな」


「でも赤くなってるわ、冷やさないで良いのかしら?」


「シスター結構怪力だからなー、俺も悪戯すると頭ぶん殴られてな―」


「こ、こらっ」


 真っ赤になって平謝りするシスターは、子供達に何かを配っている。それは俺にも手渡された。俺の人差し指位のそれは、細く痩せた芋だ。なんだこれは、と思ってたらシスターが手を組んで目を閉じる。ガキ共もそれに倣って目を閉じる。


「神よ、今日の糧に感謝いたします。あなたは私達に恵みを与えられました。そして男達にさらわれそうになった我らに、助けもお与えになりました。御恩寵に感謝し、いただきます。」


「「「いただきまーす!」」」


「……おい、まさかこれが」


「夕飯です、お恥ずかしい話ですが……助けて頂いたあなたにお茶の一杯でも振舞えればよかったのですけれど……」


 シスターが俯くのを見てから俺は細い芋を眺める。ガキどもは鼠みたいにそれを少しずつ齧っている。そんなものすぐに食べ終わってしまうのだが。

 食べ終わったチビ達は俺の事を見る。正確には、俺が摘まんでいる芋を見ている。年上のメスガキ……ミリアは目を逸らすが、下のオスガキとチビガキ……アルとメイの視線は露骨だ。


「こら、二人とも、お客様の分をそんなに見ないの、みっともない」


「はぁい、シスター……」


 しかし、その瞬間腹の虫が鳴く。犯人はミリアだ。シスターと一緒に痩せた顔を赤くして、何でもないのと誤魔化す。何でもないわけあるか。


「数年前から領主様が変わって税が重くなって、たくわえを切り崩してきましたが、今年の冬は凶作で……もう貯えも底をついてしまい……」


「で、結局か」


「……」


 黙り込んでしまったシスターを見れば、俺は溜息を吐きながら立ち上がる。持ってた芋をミリアに渡せば教会の外に出る。驚いたように俺を呼ぶシスターに振り返り、俺は言う。


「ちょっと出てくる。メスガキ、それ食っとけ、3人でな」


 まだ何か言っているようだったが俺は地面を蹴って森に潜った。

 ……そして1時間も経たない内に、教会の裏でバーベキューが始まっていた。痩せてはいるがウサギはウサギだ、焼けば肉汁が滴り良い香りがする。目を丸くしてそれを凝視するガキ共の前で手だけを元の狼男の物に戻し、鉤爪で焼けたウサギをさばいて渡す。

 歓声を上げながらそれに齧り付くガキどもを眺めながら、俺ももう一匹焼いていたウサギを焚火の上でひっくり返す。


「有難うございます……有難うございます。本当に、助けて頂いただけじゃなくてこんな……子供達にお肉を食べさせてあげられるなんて、何カ月ぶりでしょう……」


「この近辺は狩りつくしてるな、俺ですらなかなか見つからなかったぞ」


「はい、村の男の人達が総出で出ても中々……」


「そりゃあご苦労なこった。ほれ、焼けたぞ」


「わ、私はそんな!貴方が召し上がって下さい、私はさっきのお芋でお腹がいっぱいでー……」


 そんなシスターの強がりを、大きな腹の虫が打ち消した。


「……」


「……」


じわじわと首から赤くなるシスターの顔を眺めてから、俺は改めて、串に刺した肉を揺らす。


「食え」


「イタダキマス……」


 飯を食わなきゃ腹が減るのは当たり前なんだから、そんなに恥じ入る事も無かろうと思いながら、俺は肩をすくめた。シスターは少しずつ齧って肉を噛み締める。ガキ共は少し腹が落ち着いたのか指についた脂まで舐めとって満足げな顔だ。


「ご馳走様! 狼男さんは凄いのね、強いだけじゃなくて狩りも上手なの!」


「ごちそうさま! なあ、俺にも教えてくれよ狩りのしかた! 明日は俺も手伝う! 皆にウサギを食わせてやるんだ!」


「ごちそうさま……美味しかった……狼さん……」


 その言い方だと俺が食われたみたいで嫌だな……。はしゃぐガキどもを適当にあしらいながら俺もウサギを齧る。全然物足りないが、今日は仕方が無いだろう。俺が満足するまで狩ったら本当に明日から狩りの成果が出なくなる。

 そうこうしているうちに、腹の皮が張れば瞼の皮が緩むとはよく言ったもので、メイがまず眠り、それをあやしていたミリアもうとうとし始めた。シスターがちび共を寝かしつけている横で、アルもうとうとし始めて、結局そのまま一つのベッドで身を寄せ合ってガキどもは眠った。


「……お察しの通り、この子達は孤児です。何年も前に魔物が村に襲い掛かって来た時に、親御さんたちが亡くなって、私が引き取って育ててました」


「そりゃあご苦労なこった、だが、凶作でそうもいかなくなって困っているところに、村の奴等から商人だと紹介された男について町に向かおうとした結果、騙されて売られそうになったと」


「重ね重ね、お恥ずかしい限りです……私にお金を稼ぐ力があればこんな事には……」


「力があっても、村全体が痩せてりゃあ入る金も無いだろうよ、口減らしに殺されないだけでもまだ理性的だと思うぜ、俺は」


 その言葉に顔を青くするシスターに俺は、よくある事さ、と肩を竦める。魔物でも人間でもその辺りは変わらないらしい。


「俺の育った集落も、昔は豊かだったが、ある時からめっきり森の恵みが取れなくなってな。そこを敵に襲われて滅びかけた事がある。……俺はその集落の長を張っていたからな、本気で考えたよ、どうやったら食う口が減らせるかってな」


「では、その時……」


「……その時は色々あってギリギリで助かったがな。だから、俺はあの男達の事を馬鹿には出来ねえよ。哀れだとは思うがな。そしてシスター、アンタの決断も正解じゃないが間違いではなかったろうよ。飯が無けりゃあ口を減らすしかねえんだ。……だからそんな自分を責めるもんじゃあねえ」


 そこまで言って俺は喋り過ぎたなと頭を掻く。説教臭くなっていけない。苦笑いが込み上げた所で、しかしシスターは首を振って微笑んだ。


「貴方はお優しい方ですね、魔物はもっと怖いものだと思ってました」


「怖いものだ、勘違いするなよ。あれっぽっちじゃ腹が満ちない俺は、今ここでいきなりお前を頭から食っちまうかもしれないぜ」


「いいえ、そうはなりません。あなたはそんな事をしない方だって、短い間でも分かります」


 即答かよ、と俺が眉を寄せて呆れたのを見て、なんでかシスターは頬を染めてもじもじし始める。


「それに、その、わ、私はもう、貴方にこの身を捧げると宣言したので……覚悟は……命に加えて食べ物の御恩まで重なってしまっては、こ、こここ、この上は私の、か、身体しかお返しする物が……」


 祈るように手を組みながら俺を見つめるシスターに、俺は呆れて溜息を吐く。するとシスターは傷ついた顔で自分の胸を押さえる。


「そ、その、暫くよく食べられていないので痩せてしまいましたが、村ではそのええと、い、一番、お、大きい方でして……」


「いや違う、好みじゃないとかそう言う意味じゃなくてな!?」


「でででで、では!」


「では!じゃねえ! 食わねえし身体で払ってもらう必要もねえよ!!」


「は! も、もしや狼の女の子の方が……」


「じゃなくってだな……おい、神官ってのは頭の中はピンク色なのか?」


 頭痛を堪えながら俺は言い返し、胸を押さえるシスターの手に指を押し当てて、細い女の身体を軽く突き飛ばす。ベッドに尻もちをつくシスターを脅すように、俺はその上に覆いかぶさって見せた。


「そんなに食ってほしいなら、食い散らかしてやろうか。人間の男よりもスタミナがあるからな、清い身体じゃぶっ壊れちまうかもしれないが、仕方ないよなァ、お前が自分で言ったんだからなァ?」


 舌なめずりをして顔を近づける。どうせこれ位すればブルッて黙るだろうと思った。しかし、確かにシスターはぶるっていたが、その震えた腕を俺の首に回し、涙を目に溜めながら、それでも俺を見つめて来た。


「ど、どどどど、どうぞ……お召し上がりください……で、でもっ……でも、もし、貴方が満足して下さったら……どうぞ、あ、明日以降も召し上がって下さって構いません、何をされてもわ、私は良いので……どうぞ、あの子達を守ってあげて下さい。町までで良いのです、どうぞ、お願いいたします……」


 最後のお願いは震えていても、どもらず、シスターはきつくきつく目を閉じて顎を上げる。流れる金髪、修道服の襟から覗く首は細く、肌は俺が爪を立てればあっさり切れてしまいそうなほどに薄く白い。

 この薄い唇に紅を引き、着飾りでもしたら随分と変わるだろうなんて思いながら、その目の端から大粒の涙がこぼれるのを見届け、俺は黙って体を起こし、ベッドを降りる。シスターが驚いたように体を起こして俺を見る。


「や、やっぱり、私なんかの身体じゃあ、だめですよね……あは、はは……」


「……ガキが隣で寝てるのに抱けるかバカ、今日は大人しく寝ろ」


「そ、それでは……」


「明日の昼には出るぞ、食ったものは全部体力にしろ。音を上げても歩かせるからな」


「は、はい!!」


 乗り掛かった舟だ、涙にほだされたのだと自覚はあった。情けない気持ちもあったので俺は振り返らずに部屋を出る。

 廊下に座り、壁に寄りかかった俺は、明日はあいつらが起きる前に狩りに出て、また肉でも食わせてやるか、なんて思いながら眠りについたのだった。


 そして翌朝。

 俺が狩りから戻って来た時には、シスターの姿は教会から消えていた。

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