冒険者ギルドマスター、ヤシノ来店
「申し訳ないのだが…今日は私の代わりにこちらの人を、しゃんぷーしてもらっていいかな?」
冒険者ギルドの副ギルマスでエルフのギルデさんが、申し訳なさそうにしている。どうかしたんですか?と聞くと、ギルドの合同会議でパラレルが話題に上がったようで、どうやら一悶着あったらしい。一緒に来た機嫌の悪そうなお爺さんがきっと関係しているのだろう。歳は六十過ぎくらいかな…。ちなみに髪は一本も生えてない。立派な髭は生えているが…。
「うちのギルマスと…服飾のギルマスがちょっともめてね…」
「ユニクさんと…ですか?何でそんなことに…」
「あいつが悪いんじゃ!儂をバカにしおって!」
隣のお爺さんが今度は怒りだす。
「て事は、この方が?」
「うちのギルマスのヤシノです…」
「…初めましてヤシノさん。よろしくお願い致します」
「うむ。今日は少し世話になる」
ギルデさんに聞くと会議では、最近は街に活気があって良いと話が盛り上がったそう。その中でパラレルの話題も上がり、うちの技術や商品、雑誌等にも関心があるようだ。鍛冶ギルドのディンドンさんや服飾ギルドのユニクさんが色々と語ってくれたらしい。だが…。
「ユニクのやつが、「髪がないからシャンプーは必要ないですね」なんて言うんじゃ、そしたら周りの皆で大爆笑しやがったんじゃ!」
「それはちょっと嫌ですね…」
「他にも、「どこ洗えばいいかわからない」とか「ハゲはオシャレができない」とか失礼な事ばかり言いおって…大恥をかいたわい」
「良くそんなこと言えますね、ユニクさん…」
「…娘なんじゃ。儂の…」
トホホとした感じでため息をつくヤシノさん。娘に辱しめられたのか。聞くとその場では、なんとかギルデさんがなだめていたそう。いつも親子でそんなやり取りをしているらしいが、髪の毛の話だけはかなり悔しかったようだ。
「まぁハゲなのはしかたないしのぅ…せめてしゃんぷーは体験せねばと思ってね、頼んでもいいかのう?」
「ええもちろん」
ピシャリと頭を叩いてお願いしてくるヤシノさん。ギルデさんも少しホッとしている。
「今は手が空いてるのでギルデさんも大丈夫ですよ!」
「ええっ本当かい!良かったよー、ギルマスのせいで疲れてたからね!」
「なんじゃ、そんなに楽しみにしてたのか」
「当たり前じゃないですか!しゃんぷーは最高です!」
シャンプーをヤシノさんに熱弁するギルデさん。本当に嬉しそうだ。ヤシノさんにも満足してもらえるように頑張ろう。そこでナナセさんから提案が起こる。
「店長!ちょっといいですか?」
「何?ナナセさん」
「スカルプケアしませんか?」
スカルプケアとは、しっかりと頭皮マッサージしながら汚れを落とし、頭皮への集中トリートメントもする、本来ならばうちの看板メニューの一つである。しかしまだ異世界では実行していないメニューだ。
「そうだね、そろそろ良いかもね」
「やった!ヤシノさん、今うちのスペシャルメニューが一つ解禁されましたよ!」
「なんじゃ急に」
「ヤシノさんの髪の毛が、また生えるかもしれないってことです!」
あまり勝手な事は言わないで欲しいなぁ。あくまでも可能性の話だよ。
「まさかそんな事はなかろう…まぁものは試しだ、好きにしてくれ」
「ありがとうございます!」
ということでヤシノさんは、スカルプケアをする事になった。見ている感じ頭のマッサージやシャンプーも、すごく気に入ってくれてると思う。何より若い女の子に何かしてもらえるだけで、少し嬉しそうにしている。
「ギルマス…だらしない顔になってますよ!」
「いやいやすまんすまん。あまりにも気持ち良すぎて…少しスースーする感じも格別じゃわい」
「少しエロい顔してましたけどね…奥さんやユニクさんに言おうかな…」
「かっ勘弁してくれっ!そっそれだけはっ!」
※※※
途中コントみたいだったけど、とても喜んでくれた。一応帰り際にサンプルのトニックをプレゼントして、気に入ったら買いに来て下さいと伝えた。本人は毛が生えたらなと言っていたが、どうなることやら…。
「毛、すぐ生えるかもしれないですね」
ナナセさんがそんなことを言う。
「どうして?」
「店長も気付いてますよね…」
「…まあね」
そうなのだ、異世界に来てから気付いた事の一つとして、うちの商品や技術が、この世界の人達に対してやけに効果が高い。シャンプーブローにしてもカットにしても、異常に仕上がりが良い。乾燥していた髪も、皮脂たっぷりの髪も、ボリューム等も、基本的にそれにあった商品と技術をしっかり選べば完璧に効果が出る。
「まぁ、一ヶ月もすればわかるよ」
「そうですね!」
その時はまだ少し軽く考えていたと思う。だが一週間経つと自分達の考えの浅はかさを知る事になる。そうヤシノさんの髪の毛は生えてきてしまったのだ…。たった一週間で…。
※※※
「どうなってるのじゃ!これは凄すぎるぞ!」
僕もそう思っている。予想以上だ。短いとはいえ、全体的にしっかり生えてきている。
「とりあえずある分は全部売ってくれ!」
「一本で半年位は持ちますよ?そんなにたくさん必要ですか?」
「20年ぶりに自分の髪の毛を見たからって慌てすぎよ。お父さん」
今日はユニクさんも一緒だ。ユニクさんも相当驚いたらしいが。
「髪の毛のある奴に、儂の気持ちはわからんわい。お前にもさんざんバカにされたしな」
「それは謝ったでしょ!まさかそんなに気にしてるとは思わなかったんだもん」
「それに興奮してるだけではない。儂に髪の毛が生えてきたのだから、そのうち噂になるのは間違いない。絶対にこれから売れる!今のうちに買いしめじゃ!」
「それはそうかもねぇ…服も売上が大分上がってるし、パラレルの影響力は凄いからねぇ」
確かに二人の言うとおりだ。自分達が思ってるよりも、売れる気がしてきた。大量に注文する事になるかもな…雑貨屋のマリベルさん達に協力してもらう事も近いかもしれない。いつか相談しなきゃな…。
「あと貴族にも流行るかもしれんぞ」
「え…何でですか?」
「儂が宰相のヤッカムに自慢するからじゃ!」
「そっそんな、止めてくださいよ!」
いきなりの貴族進出はまだ早い気がする。いつかそういう日が来ればと思ってはいるけど。いきなりすぎるし、なぜ宰相なんだ。
「仕事柄会う機会も多く、昔からの腐れ縁じゃ。お互いにハゲじゃからのう。今はヤッカムだけじゃがな!はっはっは!」
「まぁヤッカムさんは貴族といってもすごく国民思いの良い人ですし、国の実質ナンバー2ですから、言えば秘密にしてくれるんじゃないですか?」
「来週、王都にいく予定じゃ。そこで間違いなく会う。多分あやつも髪は気にしているはずじゃ。儂より少し生えてるだけじゃしな。王都は半日足らずの距離じゃからすぐ来るかもな」
不安だなぁ。まずはこの街の領主とか、他の爵位の低い貴族から会いたいけど。
※※※
その後、二人はしっかりシャンプーとスカルプケアをして帰っていった。こっちの不安な気持ちも気にせずに…。
「大丈夫ですよ!きっとなんとかなります!」
「ナナセさん…とりあえず多めにトニック注文するよ…」
そして案の定、これから大変な事になる。想像を遥かに越えて…。