魔族の王妃サハラ、一触即発
営業終了後のパラレルに、大勢の人がいる。スタッフ四人、王様夫妻にヤッカム様、タハラシ様、アントレン様、そして魔王夫妻。皆が神妙な顔付きをしている。
「キクチ、この度は本当に申し訳無い。アカサタナ帝国の魔王カナヤとして、正式に謝罪をする」
「はい…」
カナヤ様が深く頭を下げる。王としてここまで出来るなんて…本当に素晴らしい人物だと思う。
「サハラ、次はお前だ…」
「はい…キクチ…パラレルの皆様…本当に申し訳無かったのじゃ…」
「はい…」
カナヤ様同様、深く頭を下げる。凄く反省し、沢山泣いたのだろう。そんな雰囲気だ。
「ではキクチ許してやってくれるか?」
「ジーク様…アカサタナ帝国としての、謝罪は受け入れますが…サハラ様個人を許すつもりはありません」
「…そうか」
またサハラ様は泣きそうになっている…。いや泣いている。
「でも『今は』です。もしあの時、僕達に殺意を持って行動したのであれば許しません。でもそんなつもりは無かったと思ってます」
「もっ、もちろんじゃ!そんなつもりは!」
「では、どんなつもりで?」
「すっ少し、ビビらせてお願いしようかと…」
まぁそんな事だろうとは思っていたけど…。でもやっぱり感覚が僕達とは違うんだろうな…。
「それは、お願いじゃなく脅しです。傲慢な方ですね。そんな方が、働ける訳がない。下の者におだてられた事しかないお山の大将が、何を言ってるんですか。美容学校の学生ですら、身分を捨て必死に頑張ってます。うちのオーパイさんだって、怪我で冒険者が出来なくなり、そこから新しい夢を見付け今があります。なんの覚悟も無いのに、軽い気持ちで来られても困ります。挙げ句の果てに、自分の思った通りにならないから、脅す…。最低です」
もうサハラ様は、涙と鼻水で顔がクシャクシャだ。心なしか他の皆も引いている。他のお山の大将方も思い当たる事でもあるのかい?まぁアントレン様はカイーノの時と同じ様に、笑いを堪えているけどね。
「これがパラレルではなく、外交の場だったとしたら、許されるのですか?ジーク様、カナヤ様」
「…いいや…会談のような場で脅しとはいえ、魔法を発動させたら…」
「戦争だな…少なくともそいつは処刑だ…」
「そうですね。僕が言いたいのは、場面の大小は関係無いという事です。そういう人は、いつかそういう事をするかもしれません。今回はたまたまパラレルだっただけです。だから僕は今後、サハラ様に近付いて欲しくないと思っています」
サハラ様は一気に青ざめる…。そりゃそうだ。何故かディーテ様も…。さては、思い当たる事があるな…。
「とまぁ、極端な話しはしましたけど、そもそもなんでパラレルで働きたいなんて言ったのですか」
オースリー王国の面々が、顔色を変えていく…。ディーテ様はかなり怪しい。相変わらずアントレン様は別だけどね。
「どうせまたディーテ様が要らない事を言ったんでしょ?」
皆、黙る。ギクッて音がした気がするよ…。
「色んな商品や魔道具を自慢したり、侍女の技術を見せたりして…」
ディーテ様も泣きそうだ。
「美容学校の自慢したりして、「あなたの国では無理ね」とか「サハラには無理ね」とか「私達の国で良ーく勉強していきなさい。オーッホッホッホ!」なんて言ったんでしょ?」
ディーテ様…。図星ですか…。
「もしかしてキクチの店で働いて勉強して来なさい、なんて言ってませんよね!」
「ごべんなざい~!ごんなに大事にっなっなるなんで、思っでなぐで~」
言ったのか…ディーテ様が号泣で平謝りだ。あなたも30代後半でしょうに。でもまだ許さない。
「ジーク様とカナヤ様もです。一国を預かる上で、なんでこんな事になるんですか!自分の妻もしっかり見れないで、国民の為に何が出来るんですか!」
「「もっ申し訳無い!」」
まさか自分達が言われるとは、思ってなかったのだろう。慌てている。
「ヤッカム様もです。自分の娘でしょう、しっかり教育して下さい。宰相という立場は無能でも出来るのですか?タハラシ様もいつも側近として何をしてるんですか!」
「「申し訳無い!」」
この二人も同様だ。そしてついでに…。
「アントレン様は何ニヤニヤしてるんですか。マイさんはそんな人嫌いですよ!」
「えっ!俺も?」
かなり怒りを払拭した。まあこんなもんだろう。サハラ様もどうしていいかわからない、そんな表情だし。
「サハラ様」
「はっ、はいっ!」
「反省してますか?」
「とっ、とても反省してますのじゃ…」
「じゃあ、許します」
「えっ!」
一瞬の沈黙…。
「うえぇ~ん!ありがどう~なのじゃ~!」
また号泣だ。
「サハラ~私もごめんなざい~!」
サハラ様にディーテ様が抱きつき二人して号泣。皆なんかお互いに謝っている…。特に僕へ…。他のスタッフにも謝ってもらい、改めて話し合う。
※※※
「それじゃこれでいいかな?」
「私はキクチくんに任せるよ」
「店長!私も!」
「師匠!アタシもです!」
取り合えずサハラ様への罰が決まった。罰と言って良いのかわからないけどね。美容学校での二ヶ月の無償奉仕だ。仕事内容はマイさんに決めてもらうが、主に掃除や洗濯、寮の食堂の手伝い等々。その間は王妃という立場は関係無く、一平民として寮で過ごす事になった。かなり軽い罰だ。本当に優しい世界だ。
「この程度で許されて良いのじゃろうか…」
「キクチ達が良いって言ってるしな。カナヤも構わんよな?」
「ああ、とても感謝してるよ」
※※※
それから空気も重いのでピザと寿司を取って、軽く宴会だ。ナナセさんの提案でね。皆大喜びだ。でも…。
「あんなにキクチが怖いとはな。僕は肝が冷えたよ…」
「俺もだよ。話には聞いた事あったけど、報告以上だ」
「はっはっは。だから言っただろ!俺はカイーノの時にも見てたからな!」
「店長!その話、私達聞いてませんよ!」
「私も人前であんなに泣いたの、子供の頃以来よ」
「妾は今日二回も泣いたのじゃ…」
「師匠は後ろから見ても、物凄い威圧感でした!」
「私もジーク様を守れる気が全くしなかったよ。威圧感でたじろぎました」
「私も逃げるとこだったよ。宰相としては、恥ずかしいな」
「流石、私の後輩ね!」
…皆、好き勝手言ってくれるよ。それだけパラレルが大事なんだよ。それだけはわかって欲しい。その後も遅くまで話は尽きなかった。僕は怒らせたらまずい存在になり、他の皆は大分仲良くなっていたよ。少しだけ疎外感を感じたね。そして何故か全員泊まっていった。この世界は、上から下までの距離が近いと思う。オーパイさんも最初は緊張してたはずなのに、今では普通に喋れる。もちろん僕達もだ。それに僕が好き勝手説教しても、ちゃんと聞いてくれる。普通は有り得ないし、国が許さないはずだ。やっぱりこの世界は優しい。
※※※
「やっぱり許して上げましたね、店長!」
「まあね。本当の原因は、僕達がこの世界にオシャレを広めたせいかもしれないしね」
「それだけオシャレが、影響与えてるって事ですね!」
「そうだね。そうだと良いね」
そんな事を話しつつ、改めてこの世界にオシャレを広めようと決意する。でもトラブルは避けられないんだろうなぁ…。




