異世界美容室パラレル、開店
それは突然だった。見慣れない景色に戸惑う自分がそこにいた。
「どうなってんだ?」
※※※
話はほんの少し前から始まる。ここは、美容室『パラレル』。明日一月十日にオープンを控えている普通の美容室だ。因みに明日は、事故で他界した両親の命日でもあり、何となくこの日を開店日にした。スタッフは二人、鏡は四面、シャンプー台は三台で昔の喫茶店の様な内装をしたお店だ。住居も兼ねていて、パラレルの二階と三階は僕の家になっている。要するに、僕は朝から明日の開店準備をしようと階段を降り、何気なく窓の外を見てみると、自分が全く知らない風景になっていたという訳だ。それで思わず出た言葉がさっきの言葉だ。
「おはようございまーす!あれ、店長どうしたんですか…!?って、えぇー!?」
そこに裏口から開店準備を手伝いに来た、アシスタントのナナセさんが入ってくる。そして外を見て呆けている僕を見た後、同じ様に外を見て驚きの声をあげる。
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僕達は暫く呆けていたが、少しづつ冷静になり行動に出る。まずは現状を良く理解したい。
「外に出てみるか…」
「店長危なくないですか?」
「それを確かめにいくんだよ」
少し店内から外の様子を伺い、思いきって外に出てみる。するとそこは、やはり見慣れない世界が広がっていた。なんと言うか…昔のヨーロッパの様な世界で、何よりも見たことのない人種の人達。
「店長…これ異世界ですよ!」
「異世界?」
「中世ヨーロッパ風で獣人やエルフっぽい人もいるし、髪の色も様々だし。」
「そうなの?」
「ライトノベルの定番です!」
※※※
店に戻り異世界やライトノベルの話を、ナナセさんに教えてもらった。しかし僕達は魔法もなにも使えないし、神様的な人からの天啓もないので自分達は勇者や聖女ではなさそう。
「店長…元の世界に戻れますかね?」
「そうだね、一応裏口から出てみよう…」
何故かあっさり戻れた。裏口から出て正面を見ると、閉店状態のままで入る事の出来ないお店があった。改めて裏口から店に戻り外を見ると、やはり異世界のままだ。いったいどうなってるんだ…。とりあえずもう少し様子を見るべきか…。
※※※
「店長!文字が変です!」
「何?」
「ポップや商品、雑誌の文字も見たことない字に変わっていて…」
「…本当だ…」
「しかも、何故か読めます…」
その後店内を色々調べてみたら、文字がおそらく異世界の言語に変わっている事がわかった。外に出て異世界人の会話に耳をすますと、日本語で喋っている事も判明した。その他にも何か変な所はないかと調べると、お金も変わっている事に気付いた。
「金貨、銀貨、銅貨で単位はリルみたいですよ店長」
「そうだね。メニュー表の料金がこっちの値段になっているし、何故か財布の中が金貨と銀貨と銅貨になってるよ」
こちらの貨幣を裏口から持ち出すと円になり、円を店に持ち込むとリルになる事もわかった。1リル=1円で金貨1枚が10万円、銀貨が千円、銅貨は十円らしい。
「店長どう思います?」
「何が?」
「何か意味があると思いませんか…この状況」
「確かにナナセさんの言う通りかも。まるでこっちで美容室を開けって言ってるような気がするよ」
明らかに都合が良すぎる。異世界美容室をオープンする為に準備してたように見えるくらいだ。
「そうなんです!私もそう思ったんです!この状況って都合良すぎませんか?」
「ホントにね。外を見て気付いた事でもあるんだけど、この街…いやきっとこの国、もしかしたらこの世界って、物凄くダサいんじゃないかな?」
「髪バサバサでしたもんね。服もなんか変だったし、オシャレに興味無いんですかね?」
そうなのだ。僕達からしてみると、この街の人はダサいと思う。田舎町ではなさそうなのに。
「明日オープンしてもこの状況だったら、このままやってみる?」
「なんか面白そうですね!」
「神様がこの世界にオシャレを広めて欲しいと、思っているのかもね」
「絶対そうですよ!」
※※※
ということで僕とナナセさんは、異世界で美容室パラレルを開店することにした。最初は無料でシャンプー体験をしてもらったり、サンプルのシャンプーを配ってみたり、ポスターを貼ってみたりと色々行い、徐々にお客様を増やしていった。喜んでくれる人が多く、評判は上々。カットする方も出てきて、紹介で来るお客様も。カットの感想も、新しい自分を見てとても喜んでくれていると思う。正直日本のお客様は入ってくる事は出来ない。だが親しい人だけは、たまに裏口から入ってもらって施術したりしている。あと材料屋さんもね。そういう人達には異世界で商売している事を、正直に話している。当然最初は信じないが、皆に外を見せて納得してもらっている。一応、秘密にはしてもらっている。今後どうなるかわからないけど、少しでもこの世界のオシャレを創ることができたら嬉しいと思う。ナナセさんも異世界の方の幸せそうな顔が嬉しいらしい。
「さーて今日もよろしくお願いします!」
「はい店長!」
ガチャッとドアが開き、リンリンと鈴の音がする。お客様が来た合図だ。
「「いらっしゃいませ!」」
今日も異世界美容室がオープンする。