異世界美容室、忘年会と新年会
今日で今年も終わりだ。つまり大晦日。日本でも異世界でも都合良く同じだ。気候は違うけどね。一日、一年も同じ時間軸だ。パラレルワールドだと思っていたけど、もしかしたらリリーシュ様かこっちの神様が参考にして同じ様な世界を作ったのかもね。
「もうすぐ一年か…」
パラレルは1月10日オープン予定だった。この日は僕の両親の命日でもある。三年前に不慮の事故で亡くなってしまったのだが、毎年この日を悲しむのも辛いので、あえてオープンの記念日にした。親もその方が喜んでくれると思ったからだ。まぁ異世界にオープンしてしまったけどね。
「さて、今日はゆっくりしようか…どうしようか」
お店は今日から四連休だ。この一年は忙しかったので、やっと休める。特にこの一年ずっと助けてくれたナナセさんは、家族や友人とゆっくりして欲しい。そして兄弟もいない僕は、年末年始はのんびり過ごすのだ。
「シザーの手入れでもするか…」
そんな事を考えていると、ガチャンと扉の開く音。いつもの様に鈴も鳴る。
「キクチ来たぜ!」
「アントレン様!?どうしたんですか?」
「キクチが一人寂しくしてるかと思ってな!」
アントレン様がいきなりやって来た。手にはお酒らしき物も持っている。
「家族とか大丈夫ですか?せっかくの年越しなのに…」
「まぁ俺も独身だし、両親は大分前に死んだしな。兄弟も離れてるから問題なし!」
「一応貴族でしょ?周りの人は?」
「使用人達は休みを与えたさ。皆喜んでたよ」
アントレン様も僕と同じなんだな。でもこんなのも悪くない。ありがとうアントレン様…。
「じゃ飲みますか!」
「おう!」
その後、アントレン様を連れて食糧等を買いにコンビニやスーパーに行った。何気に初異世界のアントレン様。かなり喜んでくれたよ。まだマイの世界に残るなんて言ってたから、無理やり連れ帰ったよ。そして忘年会のスタートだ。
※※※
「…で、炭鉱送りさ…」
「そうですか…」
「キクチが気に病む必要はないさ。こちらもずっとマークしてたし、たまたまあの日でゲームオーバーだったって事さ」
お酒を飲みながら、先日あったカイーノ事件の事の顛末を聞く。聞けばかなり色々と悪い事をしていたようだ。人聖になるには賢さが求められていたが、実際はズル賢さで上り詰めたのだろう。
「あの時はアントレン様と影に助けられましたもんね。感謝ですよ」
「ははっあんなの簡単だったぜ。この王国の雷槍、銀翼の騎士団団長、アントレンに掛かればな!」
「ふふっそうですね!最高の騎士ですもんね!」
「ああ、そういう事だ」
「そういえば影の方にも感謝伝えたかったですけど、気付くといなかったんですよね」
「そういえばそうだな…うん、わかった。おーい!いるんだろ影!出てこいよ!」
大きな声でアントレン様が叫ぶ。すると、入口から音もなくスッと一人の人が入ってくる…。黒い格好で黒い頭巾を被ってはいるが、体のラインで女性だということはわかる。
「お呼びでしょうかアントレン様」
「キクチがこの間のお礼を言いたいってさ」
「先日だけでなく、過去にも賊を退治してくれていたみたいで、本当にありがとうございます」
「いえ、私達も任務ですから。気になさらずに」
「まぁいい。お前も飲めや」
「いえ任務中ですので」
「良いじゃないですか、加護もあるし。お話し僕もしたかったんですよ」
「それに俺とお前がいれば、倒せない奴もそうそういないしな」
「それはそうでしょうが…」
そして無理やり丸め込んで、結局三人で飲む事に。女性が増えるのはなんとなく嬉しい。そして黒い頭巾を取って気付く…エルフだったんだ。しかも凄くキレイ…。
「では改めて、影のミナラーと言います」
「あれっ?ミナラーさんて、もしかしリストに載ってた美容学校に…」
以前、見せてもらった美容学校の入学者リストに、載っていたはずだ。聞き覚えのある名前。それに気にはなってた…何で影をやめて美容の道に…。
「はい。入学予定です。これからよろしくお願いします」
「へぇ~お前だったのか。これじゃ美容学校は、鉄壁の要塞じゃないか」
「何でまた…影をやめてまで…?」
「…私は今までは血にまみれた仕事をしてきました…ですがパラレルの偵察や警護をしていくうちに…」
「「……」」
僕もアントレン様も黙って聞く。
「こんな私でもできるのかなって…。別に影の仕事が嫌という訳ではありません。今までやってきた誇りもあります。でも…皆さんを見ていたら、もっと笑顔や…すいません…何か…上手く説明でき無いのですが…」
「いや…良くわかるよ…俺も同じだ。俺達は人を傷付けるのが仕事の一つみたいなもんだ…悩む事もある…この間の教会の話だって、ある意味俺達の事も含まれていると思ったしな…」
「僕はそんなつもりは…」
「いや、いいんだ。俺達も良くわかっているんだ。実際に体の怪我じゃなく、心が先にやられる奴もいる。そういう仕事なんだ俺達は」
「私もそう思います。本当は私達が必要されない世界が良いのでしょうね…」
僕の質問のせいで、少し暗くなってしまった。でもやっぱり色々と考える事はあるんだなあ…。
「まぁ辛気臭くなってもしょうがない!飲むぞ!」
「ははっそうですね!」
「では私も頂こう」
「「「乾杯!」」」
※※※
それから大分食べて、飲みまくった…。二日酔い確定だ。思ったより遥かに盛り上がってしまった。
「…そっそしたら、ジークフリート様がっぶふっ一人で変な頭にセットして、「これも良い」何て言ってキリッてポーズしててっ、影の私も笑いを堪えるのに必死にっひっひっ」
「ガハッ、あのジークはな以外とナルシストなんだよ。キリッはきついな!あっはっは!たまに鼻毛出てるしなっ!あーっはっは!」
「止めてくださいよ、ミナラーさん!アントレン様も!聞かれたら怒られますよ!ぷぷっ!」
「構わん!キクチも面白い話を聞かせろ!」
「そうだぞキクチ殿!」
「仕方ないですねぇ。ではナナセさんなんですけど…ぷぷっ、以前トイレに入って、出てきたらっくっくっ、ズボンの上からトイレットペーパーが伸びていて、長い尻尾みたいにトイレからっぶふっ、続いていて、うっかりそのままズボンはいたみたいでっ!狐かよって、もうダメこれ以上はっひーっひーっ!」
「ブフォッ!やっやめてくれ酒が勿体無い!はっはっはっ」
「狐って、あはっあはっ、どんな間抜けだよっ!」
悪口…いや楽しい話で盛り上る。ミナラーさんも思ってたより、全然楽しい人で良かった。そこで僕達に声が掛けられる…。
「ナルシストで悪かったなぁ…」
「私はそんなに間抜けな狐ですか…」
「「「えっ…」」」
そこには二人の鬼神がいた。入口から一人、裏口から一人…。全く気付かなかった…。ゆっくりと近付いて来る…。
「アントレン、ミナラーお前達の気持ちは良くわかった…」
「店長、せっかく寂しいだろうと思って来てあげたのに、この扱い…」
王様、手に魔力込めてない?ナナセさん手に持っているのはシザーだよねっ危険だよっ?てか加護はどうなってるの?リリーシュ様!お助けを!
「「「イッ、イヤーッ!」」」
※※※
その後三人はこっぴどく叱られた…。三人供いい大人なのに、涙目だ。でもその後に大量のお酒と料理でもてなす。怒りを沈める地鎮祭だ。それでなんとか事無きを得る。お酒の力は偉大だ。間違いも起こるけど…。
「おっそろそろだな。外に出て見ようぜ!」
「アントレンどうした?」
「いやハマナンが年明けの瞬間に、また花火をするって言ってたからさ」
「あいつめ…また報告忘れているな…ディーテがまた怒るぞ…」
ハマナン様またやるのか…。まあ年に何回もある訳ではないから、張り切ってるんだろうなぁ。そこで酔ってた事もあり忘れていた事を聞く。
「っていうかジーク様は何でここに来たんですか?」
「息抜きだ。アントレンが行く事も知ってたしな」
「王妃様は…」
「…護衛を出し抜く事に夢中になって、忘れていた…」
王様の顔が少しづつ青ざめていく。本当に忘れていた様だ。御愁傷様です。それと僕は怒られないよね…?
※※※
花火が夜空に打ち上がる。とてもキレイで迫力もある。ハマナン様に感謝だ。他の住民も外に出て見ている。今年もよろしく、なんて声も聞こえてくる。
「ナナセさん来てくれてありがとうね」
「異世界で年越すのも良いなって、思っただけですよ!」
※※※
その後も忘年会は新年会になり朝まで飲んだ。朝になったらマイさんもちゃっかり来ていた。その結果昼過ぎまで飲んでいた。途中オーパイさんも来たけど、王様にビビってすぐ帰った。そして…あの人がやって来る…。
「どういう事ですのこれは…!」
昼過ぎに新たな鬼神が現れた。そう王妃様だ。体全体に不気味な魔力が…。後ろにはヤッカム様とタハラシ様も、呆れ顔で控えている。触らぬ神に祟り無し常態だ。
「「「「「「ごめんなさいっ!」」」」」」
僕達は速攻で謝った。そして結局そのまま飲む事に。まずコンビニに買い出しに行った。王妃様とヤッカム様とタハラシ様を連れていく事で、怒りを沈めたのだ。また地鎮祭だ。もちろん徒歩でだけど。この国本当に大丈夫か?まだまだ飲むよこれは…。僕はもう眠いよ…。




