サロンの街の領主、ハマナン仮装祭
「お店が出来てもうすぐ十ヶ月ですね」
「そうですね、ありがたいです」
「もう少しすると大分寒くなりますから、風邪とか気を付けて下さいね」
「そうなんですか…」
ハマナンさんがカット中にそんな事を言う。この異世界に来て一年近く経つが、気候はそこまでの変化は無かった。おそらく来た当時が春先くらいで、そこからは少し暖かい位で猛暑みたいなのは無かった。とても過ごしやすい気候だ。
「もう少ししたら、リリーシュ様の信仰祭があってそこから一気に冷えます。そして暖かくなってくると新年ですね」
「となると僕達が来たのは、年明けだったんですね」
「多分そうなるね」
この異世界と僕達の世界の時間経過は、ほぼ一緒で地球と似ている。以前、星空等を観察した時も、似ている星が多かった。全く同じではないが、太陽や月も同様だ。僕の予想では、ここは違う星ではなく、僕達の地球の違う形ではないかと思っている。そうパラレルワールドだ。偶々かもしれないが、美容室の名前とも合ってるし…。まぁ話は会話に戻る。
「それで相談なんだけど」
「ハマナンさん今は美容学校の準備で忙しいので…」
「そんなに構えないでよ…まぁ本当に軽い相談なんだ」
「本当ですか?」
「いやさぁ…さっきも言った信仰祭だよ。盛り上げる案があれば参考にしようと思ってさ」
ハマナンさんが言うには、信仰祭は大通りに屋台が出たり、教会でお祈りをする位らしい。今の街は色々と活気もあるし、いつもと同じではつまらないと思ったそうだ。
「面白そうな話じゃない、キクチくん!」
「マイさん?」
「ハロウィンみたいな事すれば良いじゃない!」
「はろうぃん?どの様なものですか?」
マイさんが、ハマナンに説明をする。様々なコスプレをし、仮装を楽しむと。騎士の格好でも、お姫様の格好でも、エルフの格好でも、ドワーフの格好でも、魔物の格好でも!と力説している。異世界に来ている僕達からしてみれば、普段から仮装を見てる状態だからなぁとも思うが。
「素晴らしいですね、面白そうだ!そうしましょう!すぐにお知らせしましょう」
「お姉ちゃんは、祭り好きだなー」
結局その他に、誰が一番か決めるコンテストまでする事になった。基準は何だよ…。それと花火も決まった。何となく言った「花火もあると良いよね」がこんな大事になるとは…。詳しく説明したら、出来ると思ったらしい。魔法や魔石を使って打ち上げる様だ。ハマナンさんは魔力が高いらしく、張り切っている。領主としての腕の見せ所だそうだ。いや、領地経営ってそういう事じゃないよ…。
※※※
そしてあっという間に、信仰祭の日がやって来た。今日はお客様も来ないだろうし、定休日にして皆で楽しむ事にした。
「いやー凄いね」
「本当だね!お姉ちゃん!」
「アタシもこんなの見たことない!」
「皆、張り切っているね」
皆が皆、好きな格好をしている。小さい娘はお姫様だったり、騎士に憧れている男の子は騎士の格好だったり。冒険者の方も普段から倒している魔物に扮していたりする。中でも笑ったのはギルデさんのドワーフの格好と、ディンドンさんのエルフの格好だ。他にも屋台のオヤジがメイド服着てたり、男装や女装と様々だ。嬉しかったのは、僕達が売っているスタイリング剤やアイロンを使っているのが良くわかる事だ。
「やって良かったよ。マイさん」
「ホントにな。ここまでなるとは思わなかったよ」
「お姉ちゃん、想像を越えるのがこの国なんだよ!」
因みに僕達は、僕が王様、ナナセさんが吸血鬼、マイさんがゾンビだ。そしてオーパイさんは何故か冒険者の格好をしている。久々に着たかったらしい。でも何気に皆クオリティが高い。準備していくうちにテンションが上がってしまったのだ。それは仕方ない…。
※※※
「結構魔物の肉って美味しいね。いつも食べてんの?」
「いつもではないな。未知の生物とか怖いし。でも肉以外は結構食べるよ。お酒も美味しいし」
「店長は心配し過ぎなんですよ!」
「師匠はこういう所が臆病ですよね!」
屋台の謎の串肉を食べながら、そんな事を言われる。だって怖いものは怖いじゃん。だがナナセさんは気にせず、いつもこっちの食事を食べている。食堂にも行ったりしてる。だけど僕は一度怖い思いをしていて、とても恐怖感が高い。実は…謎の緑の肉に、トラウマがあるのだ。お腹を下したりはしなかったのだが…。その話は止めとこう。話すのも嫌だ。
「店長は、謎の緑肉にトラウマがあるんですよ」
「言わないで。思い出すから」
「あーあの肉ですか。アタシもちょっとわかるけど」
「何?気になるじゃん。キクチくん教えてよ」
「イヤです」
そんな話をしながら、教会へお祈りをしに行く。リリーシュ様には、色々とお世話になっているから、しっかり祈っとこう。一応お布施もしておく。これからの異世界発展の為に…。因みに全く関係無いが僕はリリーシュ様の事を、勝手に美容神と呼んでいる。
※※※
これから、仮装コンテストの表彰だ。今回仮装が盛り上がった理由の一つとして、やはりコンテストにし競い合った事があるだろう。賞金総額100万リルだ。これはかなり大きい。決め方も皆の投票だから文句も出づらくなっている。しかも魔道具で集計するので不正もできず、早くて正確らしい。
「では、五位から発表していきます…」
もしかしたら僕達もあるかな?クオリティは中々だしな…。
「五位は…エルメスさんです!」
エルメスさんはわかる。執事の格好しただけなのに色っぽかったもんな。エルフってだけで有利だし。あの男装令嬢は、反則だよ。
「四位と三位が同票で…ギルデさんとディンドンさんです!」
あれは卑怯だよな。二人並ぶと絶対笑う。なんだかんだ言ってやっぱり仲良しだと思う二人だ。
「二位は…アントレンさんです」
アントレン様!いつの間に参加してたの?気付かなかった…もしかしてマイさんのストーカーじゃないよな…。あっ…こっち見てる…。てか格好がいつものマイさんじゃないか…。そんなにピチピチさせてメイクまでして、完全におネエじゃないか…。何やってんだあの人…。騎士票集めんなよ…。バカにされてるぞ…。
「そして一位は…プルトンさんです!」
あっあの人はっ!いつも来てくれている定食屋の娘さんだ!いつもは優しくておとなしいイメージだったけど、今日はセクシーな女王様スタイルだ。それにあんな我が儘ボディだったとは…。胸やお尻に目がいってしまうのも仕方ない。恥ずかしそうにしているのも完璧だ。会場中の男性が熱狂しているのも良くわかる。一位に相応しい。それだけで、このコンテストは大成功と言って間違いないだろう。
※※※
「あぁ~残念でしたね」
「まぁ仕方ないさ」
「てかキクチくんやけにエロい目で、一位の娘見てたね」
「アタシもそう思いました!」
「店長~!?」
「いやっ…そんな事ないよ!」
皆に少し攻められていると、上に花火が上がっていた。日本の花火よりも遥かに高く上がり大きく広がっている。色や形も様々だ。かなりハマナンさんは研究していたようだけど、魔法を使った花火はここまでスケールがでかいのか…。
「店長凄いですね!音も大きいですね!近いです!」
「本当に…凄い!日本でもここまではならないよ!大成功だよ」
僕は本当に大満足だった。街の人達も今までにない催し物を大変楽しんでいたし、大盛り上がりだった。子供から大人まで皆が笑顔で帰っていく姿も、見ていて嬉しいものだった。
※※※
「また、娘が怒ってるぞ。今度は王も」
いつも通りヤッカム様がやって来て、そう言われた。どうやら信仰祭がバレたらしい。特に秘密にしていた訳ではないが、最後に上げた花火が王都や他の街からもしっかり見えたそう。どこも信仰祭をやっているのに、サロンの街だけ何やら様子が違うと、噂になったらしい。騎士を中心に、アントレン様の格好もかなり話題になった。結果バレた。アントレン様はあの姿のまま帰ったらしいし…。
「僕は関係ないですよね?ハマナンさんが決めたんですよ…」
「花火や仮装の準備に夢中になり過ぎて、報告するのを忘れてたそうだ…」
ハマナンさん…浮かれてたんだね…。領主としての腕の見せ所だ!とか言ってた癖に…。この結果、王様が動く事になる。とうとうあれをする事に…。苦労が続くよ…。




