美容技術の向上、美容師の育成
話はシャンプーチェックの日から少し遡る。二週間ほど前、ヤッカム様がスカルプケアで来店した時だ。
「実は、娘が大変怒っている…」
「えっ!王妃様がですか?」
「キクチが従業員雇ってしまったから…」
何故怒る…。何が問題なのだろう。こっちとしては忙しく、人手も足りなかったので当たり前の話だ。忙しいの知ってるハズだし。
「実は、キクチが忙しいだろうから、侍女をこちらに寄越すつもりだったみたいでな…」
「えぇー?そんな滅相もないです。でも侍女といっても王妃様の周りはそれなりの貴族の方でしょうから…正直あまり…」
「まぁ、確かにやりづらいだろうな。それに助けるだけじゃなく、多少鍛えてもらって王城の美容室を有効利用したいらしい…」
王妃様の侍女達は、王妃様と一緒にここに来た時や、個人で来た時に、僕達の技術を色々と勉強している。そして普段は王城の美容室で、練習している。それを更に技術力アップさせる為、ここに人を送り込もうとしたら、先にオーパイさんがいて失敗したという事だ。それは僕に関係ないだろう…。怒らないでよ…。侍女達、頑張ってくれ…!
「それでも色々と上手になってきてはいるらしいが、キクチ達に比べるとな…」
「それは当たり前ですよ…僕達はこれが仕事ですから…」
「ここで少し練習すれば、すぐうまくなると思っているようだ。いい道具も揃っているし…そんな事を、言っていたよ」
「それは無理ですよ。素人レベルの話だったら良いですけど…僕やナナセさんと同じには、絶対無理です。もし、使っている道具が良いからなんて思っている様だったら、僕達が怒りますけどね…鬼のナナセさんが多分降臨しますよ」
僕達美容師は、国家資格を持っている。美容専門とはいえ衛生面や薬剤等の勉強だってしているし、国家資格があったってお客様に通じる技術を身に付ける為には、普通に何年もトレーニングをする。どんなに美容師という仕事が好きでも、手荒れや、アレルギーで諦める人だって沢山いる。簡単な仕事ではない。どんな技術も終わりはないし、技術は一生磨き続けるものだ。オーパイさんもその熱意を買って雇ったし、実際今は毎晩トレーニングしている。ナナセさんだって、カットや他の技術を僕から習っているし、僕だって休みを使って講習を受けたり、自主トレもする。そんな話を伝えると…。
「それはそうだ…他の職業でもそうだろうな…私も勿論だしな。きっとキクチ達が当たり前の様にやってしまっているから、わからんのかもな。本当に申し訳ない」
「いや、良いんですけどね。そう見えるってことは、かなり僕達が上達している証でもありますから。それにもし美容師になりたいって人がいれば、教えるのもやぶさかではないんですけどね…でもまだ、新しく雇う人は増やさないですけど。オーパイさんがもっと成長してから考えます」
「わかった、娘にはそう伝えとくよ」
そう言ってヤッカム様は帰っていった。きっとうまく説明して、怒りを沈めてくれるはず…。
※※※
その数日後、またヤッカム様がいつものように、スカルプケアで来店された。
「娘は大変反省していたよ」
「そうですか…こちらもすいませんでした」
「それで、また相談なんだけどな…」
「また面倒事ですか?できれば最近は急がしいので…」
「いやなに、そんなでもない。キクチにとってもいい話だ」
胡散臭いなぁ。聞くだけ聞くけど…。
「この間、美容師になりたい人がいれば良いと言ったよな」
言った。
「軽い気持ちではなくて、熱意のある人が美容師になるべきって言ったよな」
言った。
「そういう人がいれば教えたいって、言ったよな」
そこまでは言ってない。教えても良いかも位だ。
「てことは、そういう人と場所さえあれば、教えてくれるよな」
それは言ってない。間違いなく。
「この間の話では、そんな風に聞こえたけどな。ここでは広さも足りないから、そういう学校をこの街に作ろうと思う。協力してくれるよな。この間の話はここまで見越した話だよなっ!」
どんな風に解釈したんだよ…。言ってないよ…。
「ちょっと話が飛躍しすぎですよ」
「この間の話をしっかりと娘に説明したら、こうなった。正直、私も困っている。それなりに私も忙しいのに」
週二でスカルプケアしてるから、暇に思われてるんじゃないか?学校は急過ぎない?それに一人前の美容師にするってかなり大変だよ?
「決定ですか?」
「間違いなく決定だろう。かなり張り切ってたしな…。細かい打ち合わせは後日するから、何が必要か考えておいてくれ」
「わかりました…」
今はオーパイさんのシャンプーチェックもあるので、それ以降で日程を組ませてもらった。いきなり学校か…。でもこの世界に美容師が増え美容室が出来るのは、凄く良い事だと思う。考えてみるか…。
※※※
そして今現在が、シャンプーチェックの翌日の営業終了後。
「キクチとナナセ、久しぶりね。先日は軽はずみな発言してごめんなさいね」
「こちらこそ申し訳ありませんでした。偉そうなこと言ってしまって」
「私は聞いてないので、かまいませんよ!」
今日は美容師を育成する為の学校を作る打ち合わせだ。参加者は王妃様とヤッカム様、この町の領主様、学者二人、侍女が数名。少し狭いがしょうがない。一応この日の為にパイプ椅子を買っておいたので、椅子は足りている。そして椅子に座る領主様を見て驚く。
「あれっ?ハマナンさんじゃないですか!」
「そうだよ気付いた?」
「サロンの領主って、ハマナンさん…ハマナン様だったんですね…全く知りませんでした…」
「私もビックリです!一言もそんなこと言ってなかったのに!」
「とうとうバレちゃったね。僕は領主という立場抜きで君達と付き合ってた方が、楽しいしね。呼び方も今までどおりでいいよ。今更、様付けは距離感が遠くなるよ」
話が始まる前に少しビックリ。ハマナンさんは40過ぎくらいの素敵なおじさんだ。お店を開店させてからかなり早い段階で、お店には来られている常連さんの一人だ。しかもいつも一人で来ていたはず。
「いつも護衛も付けずに、来ていたのですか?」
「僕は身軽が一番なのさ。家の者には怒られるけどね」
「お兄様らしいですわ」
「えっ…てことは」
「私の息子でもある」
いつも気軽に喋っていたのに…王族だったとは…確かに三人とも同じようなきれいな茶髪で、良く見ると顔も似ている…。早めに教えてくれてもいいのに。しなくて良いと言われても、様付けはしなきゃダメじゃないか…?
「では本題に入りましょう」
そして打ち合わせが始まった。また僕達が大変になるプロジェクトのスタートだ…。




