元冒険者オーパイ、美容室就職
「あんたの店に、惚れちまったんだ!」
いきなり店にやって来たのは、冒険者のオーパイさん。お店に何度かカットしに来たこともある。ショートカットでスタイルの良いキレイな女性だ。たしか、そこそこ腕のたつ冒険者の方だ。
「何でまた急に…」
「自分の生きる道を見つけたのさ…冒険者としてそれなりにやって来たが、この街に来て人を幸せにするあんた達を見て、そう思った」
「冒険者だって、皆の幸せにかなり貢献してますよ?」
そこでオーパイさんはズボンの裾を上げて見せてきた。ふくらはぎから脛に掛けて大きな傷がある…。
「…冒険者が嫌になったわけじゃない…出来なくなった…」
「…そうですか…」
「でも!仕方なくとかではなく本気なんだ!この街を見ていて…いつかアタシも親の髪を切りたいな…何て思ったりしてさ…」
足の怪我は魔物にやられたらしい…。足が千切れるくらいの怪我だったが、治癒魔法のおかげで普通に生活はできるらしい。但し激しい戦闘はかなり厳しいと…。
「店長!良いんじゃないですか?もしあまりにもダメだったらクビにすればいいし」
「そうだね。良いかもね!取り敢えずこれる日から来てもらおうかな」
「師匠!姉御!ありがとうございます!是非明日からお願いします!」
取り敢えずしばらく試用期間として扱い、大丈夫そうなら正式にアシスタントとして採用することにした。給料は最初のうちは安めだけど、オーパイさんはかなり高いと思ったようだ。月15万リルつまり15万円だけど。それと呼び名は変えて欲しい。
※※※
「師匠、無理いってすいませんでした。明日からよろしくお願いします」
「うん。こちらこそよろしく」
「明日からよろしくね!」
外には同じパーティーを組んでいたメンバーが待っていた。お店にも来たことのあるメンバーだ。話を聞いてオーパイさんにおめでとうの声や、はたいたりして皆喜びあっている。オーパイさんも含め皆泣いている。
「キクチさん、明日からオーパイをよろしくお願いします…」
泣きながら声を掛けてきた男性は、パーティーのリーダーでリダリーさんだ。生死を分けてきたメンバーの新しい人生に安心したよう。
「皆さんも一生の別れじゃ無いですし、お店に来れば会えますから、いつでも来て下さい」
「いつかオーパイさんにカットしてもらえる日が来ますよね、店長!」
そんな話をした後、元パーティーのメンバーと一緒にオーパイさんは帰って行った。そして、次の日二日酔いで現れ、少し遅刻したオーパイさんは、めちゃくちゃナナセさんに怒られていた。昨日帰った後、パーティーのメンバーと酒を飲みに行ったせいだ。
「ごっごべっごべっんなざいっ!ゆるじでぐだざい~」
いい大人が泣かされている。確かに初日にこれはまずいけど。てかナナセさん超怖い…。見たことない…。スーパーナナセ人だ…。僕も気を付けよう。
「店長も何か言って下さい!もう坊主です!」
「そこまでしなくても…」
その後ナナセさんを説得し、オーパイさんに軽く注意し営業を始めた。最初は掃除や洗濯からだけど頑張って欲しい。ナナセさんも教育担当として目を光らせている。
※※※
オーパイさんが入って二週間ほど経った。最初は洗濯機や乾燥機等、様々な電化製品に驚いてはいたがあっという間になれた。ナナセさんによる厳しいシャンプー技術のトレーニングも始まっている。営業終了後に遅くまで行われる日もある。シャンプーモデルは僕達以外にも元パーティーメンバーも手伝ってくれている。本人の能力やものすごい頑張りもあり、異様に飲み込みが早い。
「来週あたりに合格できるかもね」
「そうですね店長」
オーパイさんには聞こえていない。今は元パーティーのメンバーを必死にシャンプー中だ。
「リダリーさん、今日も手伝ってもらって悪いね」
「いやー、無料でシャンプーしてもらってるんで、むしろありがたいですよ」
「されてみてどう?」
「最初の頃より大分上手になってると思いますよ。すごく気持ちいいし。シャンプーってこんなに訓練するものだと思ってもいなかったし」
「ふふっ美容師の道は以外と大変なんですよ」
「キクチさん、そういえば言っていたあの件…なんとかなりそうです」
「本当に?じゃお願いしてもいいかな…」
「わかりました。任せてください!」
リダリーさんと色々話を進めている。全てはオーパイさんのシャンプー合格の為だ。
※※※
そして一週間が過ぎ、営業終了後のある夜。これからシャンプーチェックの本番だ。オーパイさんはかなり緊張している様子。
「それじゃあシャンプーチェックを始めますね!」
「はっはいっ!」
「じゃあ店長!モデルさんを連れてきて下さい!」
「モデル…?」
そこに連れてきたのは…。リダリーさんにお願いしていた、ある人物だ。
「おっ、お母さん!?」
「久しぶりねオーパイ。会いたかったわ」
オーパイさんの母親、イーパイさんだ。オーパイさんの家族は近くの街に住んでいるのは知っていたので、リダリーさんにお願いして連れてきてもらった。イーパイさんの後ろにはパーティーメンバーも控えている。
「もしかして皆が連れてきたの!?」
「そうだ、だから頑張れ。そして成果をお母さんに見せてやれ」
リダリーの言葉に息を飲む。これは試験だということを思い出したようだ。
「オーパイさん、これはシャンプーチェックです。これからはお母さんではなく、初めて会った一人のお客様として接して下さい。私も店長も真剣に見ています」
「ナナセさんの言うとおりです。そして冒険者を離れたオーパイさんの本気を見せて下さい。僕達と…お母さんに」
「はいっ!」
そしてシャンプーチェックが始まる。
「今日シャンプーさせて頂きますオーパイです。よろしくお願いします!では、タオルとクロスを着けていきますね!」
緊張しながらも元気良く進めていく。周りで見ている元メンバー、そしてイーパイさんも不安そうに見ている。クロスを付け椅子を倒しフェイスタオルを掛ける。
「お湯の温度等、気になったら言って下さいね!」
丁寧にお湯で髪を流していく。まず余分な汚れを落とし泡立ち良くするためにも、しっかりと頭皮から毛先までお湯を通す。
「痒い所や気になる所はありませんか?」
一生懸命にシャカシャカと腕を動かし、洗っていく。鉛筆で白い紙
を真っ黒にするように、しっかりと洗い残しを無くす。指先のタッチも爪を立てず指の腹で洗う。
「流し足りないと感じる部分はありませんか?」
トリートメントも付け、しっかりと流していく。首周りに流し残しがあると、特に気持ち悪いので念入りに。最後に丁寧にタオルドライして起こしてあげる。
「お疲れ様でした!」
終わった。細かいところを言えばきりがないし、技術は常に向上させるもの。だが、お客様に提供する最低限のレベルは十分越えていると思う。後はナナセさんの判断と、イーパイさんの反応だ。まずナナセさんが
「イーパイさん、オーパイさんのシャンプーはいかがでしたか?」
「…正直に言うと、最初は不安だったわ。オーパイって知ってるからだと思うわ。でもやってもらっているうちに、すごく丁寧に接してくれているのはわかったし、とても気持ち良かったわ。とても良いものねシャンプーって」
「お母さん…」
「オーパイは昔からガサツだったし、冒険者をやめて自暴自棄になってるんじゃないかと思ってたけど、そうじゃなかったのね」
「アタシは本気だよ!」
「だったら一回報告に来なさい!アタシ達はキクチさんから連絡が来るまで知らなかったんだよっ!」
オーパイさんの家族は、リダリーさんにお願いして伝えるまでなにも知らなかった。大怪我をしたのも知らなかった。これは怒られて当然。
「じゃあ私から細かい所を言わせてもらいます。まず顔周りの……揉み上げの……ネープを流すときの……この時の姿勢が……」
すごい細かい…。鬼軍曹のようだ。オーパイさんは泣きそうじゃないか。見ている人達も少し怯えている…。でも答えはわかっている。
「…と、細かい部分は今後も精進して下さい!という事で、合格!」
「えっ…嘘」
「シャンプーに終わりは無いんですよ。これからも上手くなって下さいね!良いですよね店長!」
「うん。明日からお客様に入ってもらうよ」
「あっありっありがどぶっござっございっいっまずう~!」
「「「やった~!」」」
大泣きだ。皆も嬉しそう。イーパイさんも微笑んでいる。その後せっかくという事もあり、カットしてキレイにブローをさせてもらった。素敵なショートボブにしたところ、本人も大満足と言っていた。
※※※
「今日はわざわざ来てもらって、すいませんでした」
「アタシの方こそ、こんな娘を預かってもらって申し訳ない。オーパイも迷惑掛けるんじゃないよ!」
「わかってるよ。お母さん」
「今度は父ちゃんや弟も連れてくるよ」
そう言ってイーパイさんはオーパイさんと帰っていった。今日はオーパイさんの家に止まって、明日の早朝にリダリーさん達と街に帰る。
「大分上手になってたじゃない?ナナセさん」
「まだまだです!私や店長には遠く及びません!」
「まぁそうだろうけどさ、明日からまた楽しみだよ」
「確かに、それはそうですね!」
※※※
「なにやってんですか!このバカちんがーっ!」
「ごっごべんばっ、ごめんばざびっ!」
次の日オーパイさんは遅刻をした。昨日の遅くまでイーパイさんとおしゃべりをし夜更かししたらしい。そしてイーパイさんを見送った後、二度寝してしまったのだ…。スーパーナナセ人がまた現れた…。はぁ…。大変だよ本当に…。
 




