アントレンの失敗、ザドー王国へ帰還の報告
「エレーカシさん、お待たせしました…どんな状況ですか?」
「キクチさん…ストムさんも…すいません…お手数お掛けします…」
僕達はトンネル出口にある、小屋に着いた。まだ外の状況はわからない…。
「今は膠着状態です。向こうも、そこまで好戦的では無いんですけど…アントレンさんが…」
「何をしたんですか…」
「それが…どうやら堂々と王都に行ったみたいで…そこで砂障壁の向こうから来た、と宣言したそうです…それで不審者扱いされ…更に衛兵と揉めて…全員を薙ぎ倒してしまったと…それで向こうも引けなくなって、追い掛けてきた様です…」
「何をしてるんだよ…ここまでの苦労を…というか今はどこに?」
「外で睨み合ってると思います…ある程度の距離はありますけど…」
アントレン様は、逆に流石だよ…。出来れば味方になって貰いたい人達まで、敵に回した可能性があるし…。
「それで、向こうは信じてくれたんですか?」
「ここの施設を見て、疑問には思っているのではないかと…結界にも気付いてるでしょうし…」
「仕方無い…早くもストムさん出番ですね…」
「えっ?本当ですか?心の準備が…」
「会談までは…隠しておきたかったんですけど、そうも言ってられなさそうです」
僕達は表に出る事にした。早くも交渉スタートだ。
※※※
表に出ると、少し申し訳無さそうにしてるアントレン様がいた。
「キクチ…すまない。少し暴れてしまって…」
「それだけじゃ無いでしょ…いきなり王都にいったり…悪手ばかりですよ…」
「まっ、まぁ、早く話も出来そうだし、前向きに…」
「都合良く、言わないで下さい。後でマイさんから、怒られて下さい」
「そっ、そんな…」
アントレン様も狼狽えてる。当たり前だよ。でもそれより、この場をまとめないとね。僕は少し前に出て、向こうの軍勢に話し掛ける。
「すいません!僕が交渉役として、少し話をさせてくれませんか!?」
「貴様は誰だ!」
向こうからも、一人の騎士が出てくる。
「僕は砂障壁の向こうにある、『緑のリトール』からやって来ました、キクチです!こちらの馬鹿者が、無礼を働いた様で申し訳ありません!話だけでも、聞いて貰えないでしょうか!」
「…わかった!そちらに何人か向かおう!」
「俺は馬鹿者かよ…ちくしょう…」
そして三人の騎士がやって来る。椅子も無いが、そこは我慢して貰う。そしてアントレン様は黙っててくれよな。
「私が王都騎士団の団長ワーンズだ。後ろは同じ騎士団の仲間だ」
「ワーンズ様、ありがとうございます。改めてキクチです。今回は簡単に、話を伝えさせて下さい」
「そんな訳にはいくまい…そっちの男が、こちらに無礼を働いたのだからな」
「勿論その通りです。でもこちらも、どうしても譲れないんです。大事な仲間ですので」
「ふん、取り合えず話は聞いてやる。その男の事は後で決めてやっても良い。というか…その前に…本当にお前達は向こうから来たのか?」
よし!話は聞いてくれそうだ。理解のある方で良かった。そして早速、切り札を使っていくぞ!
「信じられないかもですが、本当です。その証拠に、後ろの女性を見て下さい…」
「女が何だというのだ…えっ?…まさか…あなたは…」
「久し振りね…ワーンズ…十年振りかしら?あなたもいつの間にか、団長になってたのね…」
「ストム王女!…あなたなのですか…?」
「そうよ…今帰って来ました」
他の二人も驚いている様だ。ストムさんの顔を、覚えててくれて良かった。
「なっ何故…てっきり…亡くなったのだと…」
「向こうでは、生き残りがいます。私達も最近までは、こっちは壊滅してると思ってましたから…あなた達もそうだったんですか?」
「えっええ、砂障壁の向こうは誰も踏み込めませんでしたし、全てが砂嵐で滅んだとばかり…そう聞いてましたし…」
まぁ、そう思うかもね。でも情報操作をしている人が、いたかもしれない。捜索隊に突破されても困るし、古代遺産に辿り着かれても困るからね。
「ワーンズ、偉くなったじゃないか…僕も会えて嬉しいよ…友としてね」
「おっ、お前は!…嘘だろ…エレーカシまで…生きていたのか…」
「ああ、しぶとくね。十年耐えたよ」
「本当に向こうから来たのか…」
そういえば、エレーカシさんも王女の護衛だったから、それなりの地位だったのかな?
「キクチさん、こう見えても近衛の副隊長だったんですよ、僕はね。今じゃ大分老いてしまって、剣も握ってませんから、信じられないかもですけどね」
「へぇー偉かったんですね。そんな風には見えませんでしたよ。人柄かな?ただの優しいおじさんて、感じでしたから」
「ふふっ、昔は鬼の様に強く、将来の隊長で間違い無しと言われてたお前が「ただの優しいおじさん」か…ましてやストム様や王族の護衛で、教国の刺客を何度も倒してた、お前の剣が鈍るとも思えんが…」
「そうでしたね…何度も私達は守って貰いましたよ」
「昔の話ですよ…今はトンネル工事の作業員です…」
その時に向こうの騎士達が、勢い良くやって来る。そして気が付いたら、僕達は囲まれていた。ストムさん達に、気付いてしまった様だ。敵意は無さそうで良かったよ。
「やっぱり、ストム様だ!」
「ほら見ろ!俺の目に狂いは無い!」
「あっちはエレーカシ様じゃないか!?」
「うっ嘘だろ!あの英雄が生きてたのか!?」
「やった!本当に向こうから、来たみたいだぞ!」
「「「「「ワァァァー!」」」」」
※※※
大フィーバーだった。ストムさんやエレーカシさんも、照れ臭そうにしていた。満更でも無さそうだったけどね。そして騒ぎをワーンズ様に、納めて貰い話を続ける。
「すいません…興奮してしまって…でも私も気持ちはわかります…奇跡と立ち会っている訳ですから」
「そうですか良かったです…とにかく、見ての通り僕達はこちらにやって来ました。それで、この場所で改めて会談を設けたいんです。王族や国の偉い人達と…」
「何故?すぐにでも、王城にお連れしますのに…」
そこでストムさんとエレーカシさんに、確認を取る。信用出来るかどうかだ。
「ワーンズは大丈夫でしょう」
「私もそう思います」
「なら、信じて話しましょう…僕達はザドー王国を、全く信じていないんです。だからまだ、そちらには行けません」
「えっ…」
「砂障壁は、教国の死んだ教皇が起動してたんです。そしてザドー王国の誰かが、暗躍した可能性があるので、その理由と人物を突き止めるまでは…安心してザドー王国に行けません。なので僕達は独立国として『緑のリトール』として、会談を行いたいんです。対等に話し合いを行いたいんです」
「そんな馬鹿な…」
そして僕達は、自分達の立てた仮説を丁寧に伝えた。途中で砂障壁の鑑定も行ったりした。鑑定魔法は知っていたが、今まで鑑定魔法を砂障壁に掛けた事は無かったんだろう。
※※※
「確かにキクチ殿の言う事は、納得出来る…むしろその可能性が一番高い気がする…」
「何も無ければ、それが一番ですけど…」
「現状を考えると、慎重に進めるしかないな…」
「理解して貰って、助かります」
「わかった。すぐに王都に戻り、陛下に伝えてくる。すぐここに来るだろう。ストム様もいるしな」
話はまとまった。これで会談のお膳立てはバッチリだ。後はリトールの独立を認めて貰って、悪人を探しだして、砂障壁を止める。これだけだ。
※※※
「ストム様、久々にお会い出来て…本当に嬉しく思います」
「私もです…本当ならもっと色々、話したいんですけど…今はそうも言ってられませんからね」
「ええ、すぐに戻ります。そしてまた話させて下さい」
「僕もワーンズに会えて嬉しかったよ。それに君が今日の交渉相手で良かった。信じられる友だからね…かなり安心して話せたよ」
「ああ、そうだな。私も友とまたこうやって、会えたのだからな…神に感謝するさ…次は酒でも飲もうじゃないか…昔みたいにな」
そう言って、ワーンズ様達は王都に帰っていった。騎士達は何度も振り返り、何度も手を振ってきた。騎士らしくもない、無邪気な子供の様にね。それだけ砂障壁を越えて、王女達に会えた事が嬉しかったのだろう。ストムさん達も勿論嬉しいだろうしね。そして次は会談だ。いつになるかは、まだわからない。さて誰が来て、誰がどんな事を言って、誰がどんな行動を取るか…。まだ誰にもわからない。