美容師キクチ、今後の報告
あれから皆には、まだ報告出来ていなかった。パラレルが無くなる事を。そして今日は…。
「今年は、コンテストでヘアショー出来なくて残念ですね!」
「うん。でも忙しかったから、しょうがないよ」
今日は二回目の美容コンテストだ。内容は、サハラ様達一年生のヘアコンテストと、二年生達によるヘアショーだ。僕達は審査のみ。
「まぁ、審査員だけでもしっかりやろうよ」
「そうですね。後は楽しんで見ましょう!」
次はもう参加出来ないのか…。寂しいなぁ。
※※※
ヘアコンテストは、他国の女性が優勝した。パラレルの実習でも、凄くセンスを感じた人だ。サハラ様は残念ながら、入賞出来なかった。八十人もいるし、審査も大変だったよ。二年生のヘアショーは、とても上手にやっていた。本人達は勝負したかったみたいだけど、同時にヘアやメイクを協力して行うショーも楽しかった様だ。
「次は店長の挨拶ですね!」
「うん…しっかり聞いていてね」
「…?はい…聞きますけど…」
各国の首脳陣もいるし、丁度良いよね…。
「では、閉会の挨拶をキクチさんお願いします!」
「はい」
司会のハマナンさんに、呼び込みされた…。僕はしっかりと話して行く。
「まずは、皆さんお疲れ様でした。コンテストもショーもとても楽しめました。見に来た各国の人や街の人も、楽しんでくれたでしょう。去年も言ったかもしれませんが、まだ皆さんはスタートラインに立っているだけです。まだ美容師としては、走り出せてはいません。でも、もう走り出して下さい」
皆は真剣に話を聞いている。
「二年生は、年明けと共に卒業してもらいます。これは、以前に校長のマイさんや、講師のカズヤさんと決めました。つまり合格です。美容師として」
そこで学生達から、歓声が上がる。待ちに待った資格の取得だもんね。
「あなた達のお店『ルーキーズ』も次の世代に譲って貰います。これからは自分の店を持つ為の、準備を初めて下さい。故郷でも王都でも、好きな場所で始められます。でも卒業してから、パラレルで修業したいと言っていた皆さん…ごめんなさい…それは出来ません…」
喜んでいた学生が、何で?という顔をしている。そしてパラレルのスタッフや、他の人も…。
「来年…年明けすぐに、パラレルはこの街を去ります…。すいません急な話で…」
当然ざわつく…。そしてその意味を知る人達は、異世界の行き来が出来なくなると、理解しているだろう。信じられないかもしれないが…。
「なので、お願いがあります。パラレルのあった場所に、美容室を作って欲しい…。出来れば今の二年生にやって貰いたい…そして、美容学校も手伝って上げて欲しい…学生の育成や、新しい技術や薬剤の開発もね…」
皆は話をまだ飲み込めてないだろう。でも話し続ける。
「そしてこの世界に、オシャレを発信し続けて欲しい。少し故郷に錦を飾るのが、遅れても構わない人は是非協力して下さい。お願いします…すいませんね…僕の話ばかりで、でもこの二年で皆さんの可能性と、この世界の可能性を充分に理解しました。僕達がいなくても、新しい文化は作られ続けるでしょう。僕は皆さんを信じています!頑張って下さい!」
そして僕は壇上から下がる。歓声は上がるが、戸惑いも多い。理解するには、時間が掛かるかもしれないね。そして裏に戻ると…。
「てっ店長!どういう事ですか!?もしかして…」
「キクチくん!異世界に来れなくなるの?」
「うん…この間リリーシュ様から言われたよ」
そう言うとナナセさんとマイさんは、項垂れる。後ろで見ていたカズヤさんも、戸惑っている様だ。サイトウさんもどう思ってるかな…。ジーク様達にも改めて説明しなきゃだしね…。取り合えず、打ち上げバーベキューだな。きっと皆が来るだろうし…。
※※※
「キクチ!どういう事だ!」
「聞いてないわよ!」
「アタシはどうすれば…」
「すいません…」
物凄い詰められてる…。ちょっと怖いよ。各国首脳陣も興味津々だ。異世界から来ているのは、大分バレてるみたいだし、説明しても大丈夫かな。
「この間、リリーシュ様がお店に来られまして…その時に…時空の歪みが出来ているそうで、直さないといけないと…その為にパラレルは元の世界に戻ります…」
「リリーシュ様が下界に降臨したのか…」
「大丈夫なら…すぐ近くに移店とか…」
「どうやらこの大陸に、かなり無理が出るらしくて…元々三年ぐらいだと決めてたそうです…すぐ近くに作ったら、歪みが重なって大変だそうです」
その話しに皆は驚く。でも驚かない人も…。
「私は気付いてたけどね。あの歪みはヤバイよ。流石にね…。多分こうなると思ってた」
「サーツリーク様は、わかってたんですね…」
「まあね。ニールも気付いてたよ。二人でパラレルに行った時だね。あえて言わなかった…リリーシュ様の邪魔にはなりたくないし。なぁニール」
「儂達が…口出す事じゃない気がしたからのう。まぁアントレンだけは違うようじゃが…」
「えっアントレン様も…気付いてたんですか?」
それは驚きだ。他の皆もまさかアントレンが、という顔だ。
「まぁな…あの歪みに気付いた時は驚いたよ。オースリー王国では、俺しか気付いてなかった事にもな…」
「何故、私達に言わなかった…」
「タハラシ…それだけヤバイんだよ。オースリー王国には悪いが、すぐにサーツリーク様の元に向かったよ。きっとこいつなら…気付いてたはずたからな…」
「俺達だって…」
「ジーク…気付けない奴には…何でも無いんだ。仮に俺が教えて、良く知らない奴、気付いていない奴が…もし何かしようとしたら…」
「したらどうなるんだ…」
「間違いなく失敗する…そして、この世界は終わりだ…」
そんなのがお店にあるの?ちょっと怖い…。
「サーツリーク様も、ニール様も俺と同意見だ。模索はしたけどな。とにかく何もしないのが一番だった…何かされたらと思うと…何も言えねぇよ」
「アントレンが…そこまで言うのか…」
「俺もな色々考えたけど…無理だったよ…あれは防げない。パラレルはあの場を離れるしかない…それが俺達の出した結論だ…」
きっと悩んだんだろうな…。マイさんとの事もあるしね…。最近やっと、デートに行って貰えたのに…。
「キクチは…向こうに帰るのつもりなのだな…」
「…はい。でも正直迷いました…この世界も大好きですからね。でも僕の家はパラレルあってこそです。パラレルがある所に、僕はいます」
「そうか…そうだよな…」
僕は良いけど…問題は皆だ…。
「サイトウさんは…ポンデリーン様やユウリさんの事もありますし、カズヤさんも…ご両親の事等ありますから、今すぐとは言いません。年明けまでに決めてもらえば…リリーシュ様は、好きにして良いと言ってました」
「そうか。俺はもう決まってるけどな」
「俺も決まってるよ」
「そんな簡単に決めなくても…まぁ時間はありますから…もう少し考えて下さい…」
「師匠、アタシは…」
「オーパイさんは…連れていけない…出来れば、パラレルの跡地に店を出すのを…手伝ってやって欲しい。故郷の事もあるから、無理にとは言わないけど…新しい店のスタッフとして…」
「そうですか…アタシは…どうすれば…」
「焦らなくて良いから、ゆっくり考えてね…」
皆はどう動くのかな…。そしてこの二人も…。
「ナナセさんとマイさんも、良く考えて決めて下さい…どう決めても文句は言いませんし、尊重しますから」
「そうね…」
「わかりました…」
「美容学校の事や、今まで仕入れていた物も、これからは上手くいかなくなります。商品は大分この世界でも作られる様になりましたけど、品質はまだ及びません。学校の管理や講師も、残る残らないにしろ次の人は必ず必要ですから…来年の事もありますからね…後二ヶ月で色々と準備し、まとめましょう」
「そうですね…」
「大分僕のせいで、暗くなっちゃいましたね!取り合えず今日のコンテストの打ち上げをしましょう!楽しく飲んで騒ぎましょう!」
そうは言っても、そんな空気にはならなかった。まぁそうだよね…。ごめんなさい。盛り上がりも程々に、宴は終わってしまった…。
※※※
あれからお店は通常営業だ。特に変化は無い。でも皆は早くも、今後の行く先を決めた様に見える。それが、頼もしくもある。そしてどういう答えを、僕は聞かされるのだろうか…。
「店長!私は決めてますから!」
「そんなに焦んなくても…」
「焦ってません!そんな必要はありませんから!」
「わかったよ…」
そしてナナセさんから順番に、僕は皆の決意を聞いていく事になる…。