美容室アシスタントのナナセ、二つ名祭り開催
あれから多くの騎士が来るようになった。今日は騎士副団長と一般騎士の二人が来ている。近衛隊長や騎士団長の影響だ。今、王都では短髪の騎士がモテるらしい。やはり清潔感が感じられるだけで大分違う。今までは男性もバサバサ一つ結びが当たり前だったから、女性には野蛮に写っていたのだろう。漫画の影響で装備品も少しづつではあるが、オシャレになっているらしい。最近では好きなキャラクターへの憧れからか、眉や髭の手入れまでするようになった。
※※※
「二つ名とかないんですか?」
「なんですか?二つ名ってナナセさん」
ナナセさんがまた面倒臭そうなことを、騎士副団長に言い始めた。
「うーんと…ある程度の実績や評価の高い人がもらえる称号みたいなものです!副団長さんは何か無いですか?」
「そうだねぇ…僕は2年前に隣国との戦争で活躍して副団長になったんだけど、その時は大分評価してもらえたよ」
「どんな内容ですか?」
「一番目立ったのは作戦の裏をかかれた時だね。本陣に急襲してきた騎馬隊100人から王を守ったんだよ。まぁ王もかなり強いからそうそうやられはしないけどね。後は…」
副隊長が身振り手振りも交えて色々と説明している。平和な世界だと勝手に思っていたけど、実際は戦争もやっぱりあるんだな。まぁ魔物もいるらしいし、大変な世界なのかもしれない。
「…で僕の火魔法でとどめさ!」
話を聞いてナナセさんは考える。子供じゃあるまいし、そんなのを付けて意味あるのかな。
「なるぼど…うーんじゃあ…『炎の守護者』なんて二つ名はどうですか?」
「なっ…ほっほの、炎の守護者!すっ素晴らしい!なんて響きだ!副団長の僕に相応しい!」
「副団長ズルい!俺はっ…くそっ!まだ大したことしてないっ…」
「じゃあ騎士団に名前を付けましょうよ!」
まさか…ものすごく興奮している。中二病が爆発している。ナナセさんに至っては軽くバカにしてないか?まぁ皆して楽しそうだから良いけど…。
「銀色の剣や鎧が多いし、世界に羽ばたいてるという意味で『銀翼の騎士団』で良いですか?一般の騎士は、全員が銀翼の騎士です!」
「俺が銀翼の騎士だと…!最高じゃないか!」
「じゃあ僕は…銀翼の騎士団副団長で炎の守護者ってことかっ!」
「ついでに紋章や旗も作りましょう!銀色の翼をモチーフにしたこんな感じで…」
おいおいどこまでやる気だ。中二病は爆発し続けるのか。ナナセさんはイラストまで描いて見せてるよ。変なところでセンスを出しまくるナナセさん…。そこで声を掛けられる。
「キクチさん…」
「何ですか?エルメスさん」
「私も…二つ名を…出来ればいつも組んでいるパーティー名も…」
そう冒険者のエルメスさんだ。実は隣で話を聞きながら、僕はエルメスさんをカットしていた。エルメスさんも長いエルフの耳を傾けて話を聞いていたようだ。
「私は冒険者ギルドの特級だし、パーティーもしっかりと実績がある!いいだろう?」
「はぁ…わかりました後でナナセさんと話して下さい…」
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やはり面倒臭い事になった。その後は案の定、二つ名祭りだ。あのナナセさんの提案を、あっさりと騎士団は受け入れた。団長に至っては翌日朝一に二つ名を貰いに来た。『王国の雷槍』という二つ名になっていたよ。本人は物凄く気に入っているみたい。そして騎士団には団長と副団長の他に、五つの部隊に別れている。結局その部隊長、副部隊長まで二つ名を付けた。さらに冒険者ギルドの方も五つのパーティー名と、八人の二つ名をナナセさんは考えてあげた。騎士も冒険者も、まだ付けて貰えない人達は、必死に実績作りをしているらしい。
※※※
二週間かけて騎士団と冒険者の二つ名祭りが終わりを迎えた。そしてその日の営業終了後…。
「これで頼まれた人、全員終わりましたね店長!」
「約二週間か結構大変だったね」
「店長は一つも考えてないじゃないですか!」
そうは言っても、いつも問題解決に苦労しているのは僕だ。たまには苦労するがいい。それに中二病要素が僕には足りない。二つ名なんて無理だ。
「最後の方は少し苦痛でしたよ…思い浮かばなくて」
「言い出しっぺだし、それに皆気に入っているから良いんじゃない?」
「まぁそうですね!」
そこでガチャンと扉が開き鈴の音がする。するとそこには…鬼がいた…。禍々しいオーラを纏った近衛隊長タハラシ様と数名の近衛兵…。
「どっどうしました?タハラシ様…」
「ナナセさん…!もちろんわかってますよねぇ…」
「…まさか二つ名ですか?」
「当たり前です!何故っ騎士団のみに、あんなに素晴らしい事をっ…」
「だって…近衛兵隊の方が大分人数少ないし…別に言ってこなかったし…」
「言ってくれれば良いじゃないですかっ!」
めちゃくちゃ怒ってる…。それに一緒に来ているのは皆幹部の近衛兵だ…。これは相当だな。一応僕達は近衛兵の事は気にしていたのだ。だが王の懐刀という場所は人数も当然少ないから、店に来る頻度は圧倒的に騎士団より少ない。それに騎士団から連絡がいくと思っていたから…まぁ少し軽く見ていたのは事実だ。
「私達、近衛兵は昨日知ったのです。最近騎士団が何かやっているなとは思っていたのですが、話を聞くと騎士団の特殊任務ということで…あまり詮索もせずにいたら…」
「昨日何かあったんですか?」
「…昨日いきなり任命式を始めたんですよ…銀翼の騎士団のっ!」
他の近衛兵も悔しそうにしている。話を聞くと、王への忠誠を改めて誓いたいと王にお願いし、式を行ったらしい。新たな紋章や旗を掲げ、自分達が今後、銀翼の騎士団と名乗る事を報告し、さらに一人づつ二つ名まで報告したそう。ある程度鎧なども揃え、全員短髪にした事もありかなりスマートでカッコ良かったそう。王族は皆が大喜びし、参加できた貴族や侍女達も大興奮だったと。
「式が終わった後、近衛兵達は全員膝から崩れ落ち、涙を流しました…中には「何故、私は騎士団に入らなかったのだ」なんて言う兵まで…」
「そんな事が…」
「あの時のアントレン達騎士団の勝ち誇った顔が、悔しくて悔しくて!」
「…そうなんですか…わかりました!タハラシ様達にもピッタリの二つ名を考えさせて下さい!」
「近衛兵隊の名称も…」
「わかってます!任せて下さい!」
※※※
結局、ナナセさんは近衛兵隊にインペリアルガードという名称、タハラシ様はロイヤルガーディアンの二つ名を与えた。ほぼ同じ意味だが…。あえて洋風な名称にしたのは騎士団との差を付ける為だ。さらに盾をモチーフにした紋章や旗を考えた。その後は一緒に来ていた幹部の近衛兵達に同じく洋風の二つ名を付け、終わりと思ったのだが…。
「任命式が全く同じになっては下に見られてしまう…何か良い案はないか?」
「任命式するつもりなんですか?」
「当たり前だあれだけ悔しい思いをしたのだから。それに凄く良かったのも事実だ」
「じゃあ、騎士の誓いを作って皆でやりましょう!」
「騎士の誓い?おっ教えてくれっ!」
「まず隊長が「我らインペリアルガードは誓う!一つ、王を守る絶対の盾になる事を!」みたいなのを言って全員が同じ様に復唱するの。それを10個くらいやって最後に「例え我らが死しても、この誓いは破らない、この命を捧げよう!」とか言っちゃえば完璧じゃないですか?」
「「「「「………」」」」」
皆沈黙している。そして震えている。
「すっ素晴らし過ぎるっ!」
「すでに涙が…良いもんだな誓いって…」
少しナナセさんが漫画的なセリフを出しただけで…こんな事に…。この世界で今一番影響力あるのは、間違いなくナナセさんだな。そしてそのまま、騎士の誓いインペリアルガードバージョンは、ナナセさんが主体で決め、あっというまに完成。更にポーズなども決めた。中二病万歳。
※※※
「ありがとうございます。ナナセさん」
「いえいえ!私達も軽率なところありましたから!」
満面の笑みでインペリアルガード達は帰って行った。この王国で凄いと思う事は、行動に移すまでの速さだ。何かあればすぐに動くのだ。それが国民だろうが王族だろうが。だから私達はいつも急な対応をさせられる。だからわかることもある。
「ナナセさん」
「はい」
「来るよ」
「ですね」
「「銀翼の騎士団が…」」
早くて速かった。インペリアルガードが帰ったその日の夜中から騎士の誓いの猛特訓が始まったらしく、翌日にはインペリアルガードの任命式を行ったらしい。その場で披露した騎士の誓いに皆が涙を流したそうだ。銀翼の騎士団ですら号泣だったらしい…。そして…。
※※※
「ナナセちゃん!何で俺らには、騎士の誓い教えてくんなかったんだよ!それになんだよ、あのカッコイイ感じの二つ名は!」
「その…アントレン様とのタイミングが合わなかったり…差別化を図ったりしたので…」
任命式の夜にはアントレン様は来てしまった。つまり昨日インペリアルガードが帰った翌日だ。やっぱり行動力半端ないや。そしてナナセさんは銀翼の騎士団にも騎士の誓いを作った。これでこの騒動は終わりと思っていたのだが、この後さらに誰も予想できない展開になる…。




