ある雪の日
魔剣士達により魔海竜が討伐されて15年。
魔法の海域、通称『魔海』において魔海竜と最後の戦闘が行われた地は、今では観光名所となっている。
戦いで出来た円形の大穴に水が湧き、できた湖。水底に眠る竜と、竜に食われた犠牲者を鎮魂するために十字の橋が渡され、中央に慰霊塔が建てられた。
湖のまわりは封印、結界の強化と、観光客の安全のため、魔石とあらゆる術式を埋め込まれた塀がぐるりと隙間なく囲む。
例外として十字橋の4つある出入り口だけは人々の通行を許しており、ここから橋を渡り、塔へ出入りが出来る。
上から見ると、まさにこの地は『クロスリング』という街の名の通り交差した輪だ。
「うわぁ……シャローゼ様、寒いと思ったら、道理で」
黒に近い焦茶のウェーブ髪を揺らし、玄関先から顔を覗かせる少女、リゼアラ。
ルトアキア王国の外れ……彼女達の暮らす街クロスリングに、久しぶりに大雪が積もったのだ。
「やれやれ今日一番の仕事はとりあえず、この雪をどかすことだねぇ」
と、白髪をまとめ上げた宿屋の女主人シャローゼは、リゼアラの横からドアの向こうを覗きつつ、面倒を見る少年少女達に話しかける。
「雪掻き!するの!?」
「え、でも…けっこう量ありますよね…?」
リゼアラ達の住まいである宿屋は街の中心部から少々外れた山あいの森側にあるから、大通りまで道を繋げようと考えたらちょっとした重労働になる。
「そんなことないよ〜。ね、アラン」
青い髪の少女、ルーシアに促され、横の赤毛の少年……アランが無言で頷く。
「あ…そうか。お二人とも使えるんでしたっけ。魔剣」
***
リゼアラ達は、玄関の前へ厚着をして出直してきた。コートに耳あてにブーツ……リゼアラの手袋にはシャベル。
ルーシアとアランは……。
アランが手のひらに魔力を集めると、まるで彼の髪色のような赤い炎が形を成していき……波打つ刃を持つ、火炎の魔剣を出現する。
アランは力をこめ握り直してから……まっすぐ振りかぶる。
一直線に放たれた炎が、雪を瞬時に溶かしていく。
「おぉ、これならすぐに終わりそうだねぇ。山火事にならないように火力調節だけは注意しておくれよ?」
「まぁアランなら大丈夫でしょう」
火の一族の国ラーガンサの結界守護者である夫婦から、クロスリングのシャローゼの元へ預けられて来た彼は、リゼアラより年下だというのに真面目で家事手伝いもこなす、しっかり者である。
「もし山火事になっても、わたしが消しちゃうから、平気だよー!」
ルーシアは手に自身の魔力を集め、出現させた流水の魔剣を指揮棒のように振る。
溶けた水は魔剣に操られ、小道の横の水路へ導かれてゆく。
「(まだ2人とも小さいのに、たいしたものですね)」
と、思いながらリゼアラは2人のあとを追う。溶け残った雪をシャベルでどけながら感心する。
女主人は『留守番してるから何かあったら呼んでおくれ』と、うまいこと雪掻きから逃げて行った。
「…あ!今日は条件そろってるからアレ!できるかも」
ルーシアが操った水を一か所に集め……氷結させていく。
「凍らせるの、やったことなかったんだけど……この間、シャローゼ様にコツを教わったんだー!」
波間から飛び出そうとしている魚のような尾を持つ獣の氷像が出来上がっていた。
「…ルーちゃんは天才です!」
リゼアラは手を叩いて喝采する。
「イルカですか?」
「ううん!シャチ!」
ツインテールの青髪を揺らし、少女は満面の笑みで答える。
――そう言われてみれば、顔が丸っこい、ですかね…?
リゼアラは、女主人の所蔵する古代の動物図鑑・海編に載っていた姿を思い出す。
やはりルーシアは、水の一族の国アクアパレスの出ということもあり、海や川の生物が好きなようである。ついこの間までのお気に入りはワニだった。
仕事の合間に、『ヌイグルミを作って!』と、ねだられたものである。
早足のアランを追い、リゼアラの前をキャッキャと笑いながら駆けてゆくルーシア。
――アランは火の一族だから、左右が赤い火の翼。ルーシアは水の一族だから、左右が透明な水の翼。
……私は……。
まだ昼間であるから、3人の背に翼は無い。夜になると、月の引力に引っ張られ、魔力の翼が出現する。
夜にならずとも、出そうと思えば出すことは出来るが、今は特に必要も無かった。
「この雪掻きが終わったら、お部屋のお掃除と、ランチの準備と。……シャローゼ様の蔵書の整理……までは、無理か」
シャベルでテンポ良く溶け残りの雪を除去しながら、リゼアラは考える。
リゼアラの師匠でもあるシャローゼ……本人に聞いても『自分はただの宿屋の女主人さ』と言うだけなのだが、それにしては謎の蔵書は多いわ何にでも詳しいわ……あげく魔剣士のご家族から頼られ、子供を預かり、こうして手伝いをさせつつ魔術の使い方を教えてくれている。
絶対に、タダ者では無い。
「……夕方になったら、いつもの結界補強の作業ですね〜」
クロスリングを囲む、魔石が埋め込まれた塀……黄昏時に、この塀が形作る輪の真上を、大きな円を描くように飛び、魔力の翼を落とすことはリゼアラの幼い頃からの仕事である。
彼女の、なかなか他に類を見ない『色違いの翼』を羽ばたかせ、羽根状の魔力の欠片を、きらきらと真下へ落とすことで、封印と結界の強化を行う。
リゼアラは光の魔剣士と、闇の魔剣士の間の子だった。
父母は周囲から『どのような危険な魔力を持つ子が産まれるかわからない』と、産むのを反対されたそうだが、仲間達の手を借り、無理を押し通して出産したと聞く。
そもそも光と闇の一族は元は同じひとつの一族であった。
神を信じ、神に愛された白き翼の一族は希望の光を操る一族だった。
だが、神に裏切られた者を救う絶望の闇を操る黒き翼が突然変異として現れ……一族は2つに裂けた。
お互いがお互いの一族を狩りあったらしい。
実際、生まれてきた子達は両方の力を受け継いでいて、魔力が強すぎた……そこで魔海竜が倒された現在、魔海も最大版図となっている宝石の一族ルトアキア王家は世界の均衡のため誓約を誓わせた。
長女は魔海竜の眠る地クロスリングで、黄昏時に魔力を零し、封印の強化に努めること。
強大な魔力の、有効活用だ。
それさえこなせば、あとは放って置いて貰える。
自由に暮らすことが出来るのだ。
月がで始める頃、彼女の背には一対の……黒と白の翼。
右が白鳥、左が黒鳥。色違いの羽。
なんで?
みんな、いっしょなのに。
なぜ、わたしだけ…はねのいろがちがうの?
昔、シャローゼにそう聞いて困らせたものだが、のらりくらり、ここまで無事に育てて貰った。
自分は、この街の居場所を気に入っている。
黄昏時に見渡すことが出来る、上空の景色を。
しかし、こんな自分を任されたシャローゼというひと……彼女には羽は無いから、人間?なのであろうが……。
――うーん……失礼ですけど、本当に人間?
きっと魔海竜との大戦中、活躍した名のある魔女か錬金術師か何かに違いないのだ。
あまり詳しいことは教えて貰えていないのだが……。
「いつか、教えてくれるでしょうか?」
ぼんやりそんなことを考えながら作業をしている間に、アラン達はだいぶ先まで進んでいた。
大通りまで、あと少し。
***
プライベッターにあげたものを加筆修正。