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Zhang Fang: 2016

作者:宮沢弘
「お嬢さん、一人でこの人数を相手にできると思っているのかね? それも素手で」
 軍服を着た一人が言った。
「さぁ、どうでしょう。自動小銃を持った六人。それもこの山奥の村を襲いに来た、下っ端軍人でしょう? それともなにか回収して来いと言われているのかしら?」張芳は、両手を腰の後、ベルトへと回した。「政府の命令は出ているのでしょうけど。村人を殺してもいいという許可まで出ているのかしら?」
 張芳の後ろ、数メートルから数十人の村人が見ていた。
「回収の話をどうして…… いや、そんなことはどうでもいい。村の連中はどこかに逃げましたと。それで事は済むな。お嬢さんの、その自由主義的な格好も気に入らねぇ。そういうお嬢さんに守って貰おうっていうのも気に入らねぇ」
「それは妬みかしら?」張芳はベルトに仕込んであった、短かく、反った刃のついたナックルを握った。「それとも、私の格好があなたがたの劣情を刺激しただけ?」
「二つめかもな。ピッタリした服でよ。だからよ、お嬢さんには怪我ぁさせたかねぇんだ。ちょっとどいててくれるだけでいいんだがね」
「そうもいかないのよ。ここには守る本があります。それを譲り受ける約束をしました。そこにあなたがたが、それらを回収に来た以上、彼らを守る必要があります。あなたがたに回収させるわけにもいきませんし、それに、その本のありかもわかりませんから」
「そうかい。じゃぁ、まずはお嬢さんの足を撃たせてもらおうかな」
 六人が自動小銃を構えた。
(ロン)刃夫(ジンフウ)師範張芳(チャン・ファン)、参ります」張芳は両手を腰から離し、六人に向かって走り出した。

   * * * *

「ファン、これはなんだ? 似たのは見たことあるけど」
 トレーラーの入口から、共演者のトニーが声をかけた。
「ちょっと、トニー。ここは私のトレーラー。あなたを招き入れた覚えはないけど」
「共演者だからな。主演とはいかないが、演技の合わせくらいは必要だろう? それで、これは?」
 トニーは、刃のついたナックルを−−ただし木製の−−、手に握った。
「あぁ、それはそうじゃないの」
 ファンは、助演には上等とも思えるソファーから立ち上がり、台本をソファーに投げた。
「こうじゃないって?」
 トニーの前に立ったファンは、木製のナックルを一個トニーの手から抜くと、自分の右手にはめた。
「あなたはこんなふうに、(びょう)を親指の方にしていたけど」
「鋲?」
「えぇ。この鋲、刃は小指の側にくるように持つの。こんなふうに」
 ファンは、手を表に裏にと回し、握った様子をトニーに見せた。
「見たことあるって言ったけどさ、それのナイフはこんなに反ってなかったぜ?」
 ファンはトニーが手にしているもう一つのナックルを見た。
「演技合わせ、必要よね。ちょっと外に出ましょうか」
 トニーとファンはトレーラーの前へと出た。
 ファンは片手をトニーに向け、トニーはもう一個持っていた木製のナックルをファンに渡した。
「それじゃぁ…… わかりやすいように投げをやりましょうか」ファンは受け取ったナックルを左手に握ると、言った。
「ここでかい? 地面の上なんだけど」
「あなたもアクション役者でしょ? それくらい大丈夫よね?」
「まぁ、そうだとおも」
 トニーがそこまで言った時、ファンはトニーの右手を取り一本背負を決めた。
「ね?」
「な、なにが?」受身は取ったものの、地面に叩きつけられたトニーはむせながら答えた。
「刃が反っているから、手首がある程度自由に動かせるの」
「あ、あぁ、そうか。なるほどね」トニーは立ち上がり、土を払いながら答えた。「それはずいぶん、凶悪な武器に思えるけど。君にそんな功夫(カンフウ)ができるとは知らなかったな」
「言っていないもの。それに、これでも師範なのよ。ただ、功夫の一派というのとはすこし違うけど。この仕事にも結構、役に立っていると思うわ。でも、まだなにか足りないのよね、私には。だから、今も助演なんでしょうね」
 ナックルを外しながら答えるファンを、トニーは見ていた。
「助演とは言っても、俺たちはいい役を取ってると思うけどね。それってさ、監督やプロデューサーに見せるわけにはいかないのか?」
「なにを? まさか刃夫(ジンフウ)を?」
「そうそれ。刃夫(ジンフウ)っていうのか。ともかくそれ」
 ファンは外したナックルを、しばらく眺めた。
「いいえ、だめよ。今、あなたに見せたのは例外。助演の共演同士としての演技合わせの一環。これは…… そんなにいいものじゃないのよ」

   * * * *

 そう、そんなにいいものじゃない。張芳は、六人の男を相手にしながら思った。身を沈め、正面の男の太股に左手の鋲を刺す。男の態勢が前屈みに崩れたところを、右手の鋲で首を掻き切る。それは、二歩前に見たビジョンそのままだった。その男の自動小銃を奪い、三人の腹に何発かずつ撃ち込む。あとの二人は、ゆっくりと後退し、そして走って行った。
「どっちにしろ、ここからは避難したほうがいいでしょう。それで、その本はどこですか?」
 村人のところに戻ると、張芳は訊ねた。
 老婆が背負っていた袋を下し、そこから四冊の本を地面に並べた。
「張家の方が功夫を使うとは思ってもいませんでした。噂として聞いとりましたのは、静かに現われ、静かに消えるとだけでしたから」
 答えを聞きながら張芳も膝を着いた。
「その方針に、祖父はこのやりかたを加えることにしました」
張偉(チャン・ウェイ)様が、そう言われましたか……」
「えぇ」
 張芳の答えに、老婆はうなずいていた。
「あの時代は酷かった…… 静かにやるだけでは限界があると考えられたのでしょうな。あるいは……」
「この土地でも酷かったのですか?」
「あぁ、いやいや。私はちょうど都市部に出ていましてな。ここはそれほどでもなかったと聞いとります。むしろ今のほうが酷いかもしれませんな」
「そこで張家のことを聞いたと?」
「実を言いますとな、何年か張偉様の手伝いのようなことをさせていただいとりました。張偉様はあらゆる本を救おうとなさっていたが、張芳様、あなたは?」
 老婆は目を細めて張芳を見た。
「私も可能なかぎり。この四冊以外にもあるなら、お預りしますが。さきほど、噂で聞いていたとおっしゃいましたが」
 張芳は老婆の目を見て訊ねた。
「そうですとも。噂はそうでしたな。私は噂よりもほんのすこし詳しいというだけですが。張芳様にお預けする価値があるのは、この四冊かと」
「祖父は、なんの訓練も受けていなかったことを悔んでいます。もし今後、私に預けたほうがよさそうな本があったときには、皆さんがどこに隠れるにせよ、また呼んでください」
「そうですか。張偉様がそう判断されたのなら、あるいは、私の力が足りなかったのかもしれませんな。えぇ、その時はそうさせていただきます」
 老婆の答えを聞きながら、張芳は一冊を手に取り、タイトルと装丁を確認した。西洋、中世の装丁で間違いないようだった。タイトルは “Marco”。装丁の技術と、タイトルに記された年には若干のズレがあるように思えた。だが、内容は、おそらく間違いない。
 二冊めは、おそらくはギリシア人、あるいはローマ人の名前と思えた。装丁から考えられる年代は “Marco” と同じくらい。それは、タイトルの年からは大きく離れたものだった。
 三冊めは、 “Marco” と同年代。装丁は他の二冊と同じ年代に思えた。
 おそらくは、どれも複製本だろう。だが、オリジナルが今も存在しているとは限らない。
 そして、最期の一冊は中国語で書かれていた。装丁は、タイトルの年代とは大きくずれていた。おそらくは巻物だったものを本の形に装丁し直してある。質素な装丁ではあるが。だが、これは他の三冊と違い、オリジナルという可能性もある。
 問題は、この四冊をどこに収めるかだった。しばらくは張家の洞窟に保管しておくしかないだろう。取り合いになるようなものでなければ、張家としては助かるが。
「これらは、適切な場所に収めましょう。これまで、丁寧に保管していただきありがとうございます」
「軍が来ると聞きましたのでな。私どもが持っているよりも、張家の方に託したほうがいいかと思いまして」
「それでですが」張芳は老婆から受け取った袋に四冊を入れながら訊ねた。「中国語のこれはオリジナルで、昔からこちらのあったものかもしれません。ですが、どこから、あるいは誰がこれらの西洋風の三冊を持って来たかは伝わっていませんか? それにもしかしたらこの中国語のものも」
「それは伝わっておらんのです」老婆は首を横に振った。「聞いたことはあったのかもしれませんがな。なにせこの年寄りでは」
「わかりました。では、皆さんも早く避難を。私もすぐに消えましょう」
 老婆が差し出してくれた張芳自身のバックパックを受け取ると、本が入った袋を押し込んだ。
 張芳は立ち上がり、そのバックパックを背負い、村人に一礼し、そして歩き出した。
 そんなにいいものじゃない。なぜ張家に生まれたのかと思うこともある。なぜ祖父が私に香港で刃夫(ジンフウ)を習得させたのかと思うこともある。
 私は本のためだけの存在ではない。私は刃夫のためだけの存在ではない。祖父は、それでも張家は本のための存在だと言う。すべては私の修行でもあるとも言う。それだけでないことを証明するためにも、私は役者でもあり続ける。この一歩先には、そのための日常が待っている。

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