vs遥かな光
「あ?」
ナニ言ってんだお前、みたいな顔で見られた。うん。俺もそう思う。そうだ俺負けなきゃいけないんだ。いま完全に忘れてた。
気にすんな。ムキムキのオッサン相手にヘンな趣味はねえから。魅力を感じたのは選手として使い勝手だ。熱血馬鹿鳥仮面だけでは、中央闘技場も選手層が足りん。
初見の客を呼ぶのに必要なのは、わかりやすい配役。
最低でも熱血主人公、クールなイケメン、コミックリリーフと、できれば手堅いまとめ役。そこで団体内部に強いヒール役がいると他が映える。
当座はバロンが一枚目、三の線は俺がやるとして。二枚目はラックランドを口説き落とそうと思ってた。家族にカネを残すため、自分で自分を売った獣人の戦奴。
最初に会ったときは、気に入らん対戦相手を私刑のように叩き潰していたな。性格にはかなり難ありだが、実力は確かだし顔もそこそこ良い。あと二戦で自分を買い取るカネができるとか言ってたから、もう戦奴の地位からは解放されているかもしれん。
オサーンなら、いぶし銀の職人肌でもイケるし、団体内の悪役としても盛り上がる。“外敵の皮をかぶった”どころか、現状は外敵そのものだしな。これは美味しい。
――俺、負けなくちゃダメか?
こいつが引っ張れるんなら、勝っても良くないか? 後の揉め事なんか後で考えればいいだろ。最悪、興業進行管理人と興業主に土下座して頼めば。どうにかならないかな。
意識が逸れた間隙を縫って、拳が顔面に叩き込まれた。よろめき無防備になったボディをフルスイングの回し蹴りが薙ぎ払い、派手に吹っ飛ばされた俺はボールのように跳ねながら転がる。
「ボーッとしてんじゃねえ!」
ああ、まったくだ。試合中に気を抜くなんて、対戦相手にも客にも失礼ってもんだ。
俺はフラフラとよろめきながら立ち上がった。音と見た目と飛ばされ方は派手だが、ダメージは芯まで刺さらず表面的なものに留まっている。
まただ。オサーンの奴。面白がってる。俺を誘ってやがる。まだ見ぬプロレスの高みに。
「ぐふッ」
呻き苦しむ演技に見せて、俺は笑いを嚙み殺す。
そんなに、知りたいかよ。俺が、どこを目指しているか。何を求めているか。どんな景色を共有しようとしているのかを。
だったら。
「いいぞ! 掛かってこい、オサーン!」
俺のすべてを、お前にぶつけてやる。
◇ ◇
唸りを上げて襲い来る打撃を、俺は全力で迎え撃つ。
お互い、手を抜いてはいない。ただ打点を、筋肉の厚い部位に限定しているだけ。胸板、腹、肩、上腕、太腿。痛みもあればダメージもあるが、潰し合いでも、壊し合いでもない。
俺たちは渾身の力で思いの丈を、意地と誇りをぶつけ合う。
防ぎ、逸らし、躱し、弾く。腰は落とし、足は止めたまま。逃げも隠れもせず。退きも逃れもしない。
肉を打つ音は静まり返った闘技場に、バチバチと激しく響き渡った。観客は歓声どころか物音ひとつ立てず、俺たちの攻防を見守っている。
空気が変わったことを、誰もが察していた。俺も、オサーンも、実況解説や審判員もだ。戦いの終着点に。頂点に向けて、駆け上るときが来たのだと。
「があああぁッ!」
「うおおおおぉッ!」
ドゴン、と腹に突き刺さったのはオサーンの拳。俺の腹筋を捩じ切らんばかりに押し込まれる。跳ね飛べば衝撃を流すことはできたが、姿勢が崩れれば追撃に捕まる。
だから、あえて前進。半歩でも踏み込めば、威力最大値のポイントからは外れる。あまりに正確なオサーンの打撃だからこそ、できる対処だ。
「……はッ!」
奴が拳を引く隙に身体をかぶせ、死角からロングフックを放つ。速度とスナップを優先した平手打ち。オサーンも反応はしたが、わずかに遅れた。掌底気味に入って頬を揺らし、場内に甲高い衝撃音を響かせる。
グラリと震えた足元は持ち堪えたものの、脳をシェイクされた巨体は一瞬そのまま棒立ちになった。よし、チャンス!
追い打ちに踏み込みかけた俺のなかで、本能が止まれと金切り声を上げる。
「……ッく!」
こちらの引き戻しに乗せて放たれたのは、空手の鉤突きに似た水平の軌道。肋骨を砕く一撃を、肘で打ち落とす。
完全に逸らすことはできなかった。肌を掠めただけで、ハラワタごと掻っ捌かれたような痛みが走った。俺はたまらず後退して距離を取り、必死に息を整える。
そうだ。体格差は、技術で埋められる。ハッタリで抑え込める。だが、物理法則まで覆せるわけではないのだ。
真正面から打ち合えば、不利なことくらい馬鹿でもわかる。
それがわからないのが大馬鹿で。わかっていても退かないのがプロレスラーだ。
「おおおおおおぉッ!」
俺は吠える。アドレナリンで気力体力を振り絞る。観客を引き付け、攻めどきだと教える。対戦者には、もう長くは持たないと。最後の勝負だと合図を送る。
「るああああぁあああぁッ!」
頭を下げ両腕をガッチリと固く構えて。オサーンは俺の腹めがけて突進してくる。試合開始早々に見せた攻撃だ。今度は魂ごとすべて乗せ、全身全霊を掛けた突撃。こちらを睨みつける目の奥で。瞬く悦び。
汚ったねえだろよ、それは。
ぶつかれば無事では済まないのは確実。だが逃げたら、腑抜けだと思われる。不実だと笑われる。卑怯だと蔑まれる。そんな奴だったのかと失望される。
誰にって、観客でも仲間でもオサーンでもない。俺自身にだ。
「いいぞ! いいぞ、オサァーアアアァアン!」
拳を振り上げ叫んではみたが、何も考えられない。どうするべきかなど、なにひとつ思いつかない。そんなもん知るか。何ができるかじゃない。俺が。プロレスラーの、ヒューガ・タイトが。
何を、したいかだ。
「うおおおおおおおおおおぉ……!」
切れぎれの意識のなかに。瞬く視界のなかに。輝く光が広がるなかに。
――花道が見えた。
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