vsホウキ
「王立中央闘技場、ヒューガッ! “ザ・ファイアボール” タイトォーッ!」
「「「おおおおおおぉ……!」」」
「「「ファイアボー! ファイアボー! ファイアボー!」」」
実況の呼び出しを受けて、俺は観客席からの歓声に手を上げて応える。
すげえ。音圧が。地響きが。視線が。熱気がビリビリと伝わってくる。スタジアムが揺れてる。実況の声が掻き消される。
冷静に考えれば、ここ武道館よりデカいし、観客もずっと多いんだよな。ヤバい、そう考えたら緊張してきそうだ。
「……地下闘技場! オサーン! “野獣”!」
なんとか聞き取れた呼び出しに、だが対戦者は何の反応も見せない。そりゃ敵地の観客に愛想を振りまくとは思ってないが、俺を見据えたまま無表情で突っ立っている。
「始め!」
俺たちを中央に呼びつけた審判員が、試合開始の合図を告げる。その間もずっと、オサーンは俺を見たまま動かない。
なんだこいつ。
身長は百八十前後で、体重は九十そこそこ。元いた世界での、俺の身体に近い。“地下闘技場の壊し屋”とは聞いているが、エイダもこいつの試合を見てはいないそうな。
姿勢が直立なので格闘の形式は不明。耳も潰れてないし、鼻も潰れてない。拳もそうゴツくない。
見て取れる情報はないな。形式としてあまり決まった格闘技というのは多くないようなので、こいつも喧嘩殺法というか我流なのかもしれん。
「しッ」
短い息吹と共に、オサーンは直立のまま蹴り上げてきた。素早く鋭いが、スナップを効かせた格闘技の蹴りではない。伸ばした脚を水平まで上げるバレリーナのような蹴り。
俺は頭を振って避け、相手の出方を窺う。威嚇にしても牽制にしても、いまのだけじゃ意味がわからん。……と思ったが、オサーンは直立に戻って、俺をつまらなそうに見た。
いや、こっちから行かなきゃダメなのかよ。
これまで戦った相手の中では大きい方ではないが、それでも身長差が頭ひとつ違うので、直立されているとやりにくい。
「しッ」
踏み込もうとしたところで、今度はパンチ。フットワークも使わず棒立ちのまま、肩も腰も入らない手打ちパンチだ。ガキだと思ってナメてるのか、食わせ者なのかが読めん。
あるいは、中央闘技場の興行を盛り上げる気はないという意思表示か。
前の試合で同僚のグンサーンが――結果的に、ではあるが――バロンの咬ませ犬にされたことを考えれば、それが最も腑に落ちる。
「しッ」
今度はハエでも払うような横薙ぎの平手打ち。頭を振って避ける。いい加減イラッとしてきた。観客からも、ブーイング混じりで困惑したざわめきが聞こえてきている。この辺り、元レスラーのプロ意識として許せないのだ。
オサーンにどんな意図があろうと勝手だが、職業戦奴ならプロの仕事をしろ。
どうしたもんか。“たとえホウキが相手でも、名勝負にするのが真の名レスラー”というが。これでは本当に、ホウキを相手にしてる気分だ。
「しッ」
サッカーボールキックに来た脚をキャッチして軸足を払う。一瞬身体を泳がせたオサーンだが、くるりと半回転すると払われた脚で蹴り飛ばしてきた。
反射神経もバランスもいい。勘も鋭いし対処能力も高い。当然だが、やればできる選手なのだ。無気力試合は、ただの示威行為か。
俺は蹴り飛ばされてよろめく。まともに喰らったのは事実だが、突き放されただけでダメージはそれほどない。こちらのフリに乗ってくるかと思ったが、オサーンはつまらなそうに背を向け、ダラダラと試合開始地点まで戻っていく。
「おい! なにやってんだ!」
「やる気がねえなら帰れ!」
客のヤジが降ってくる。同感だが、その責任の半分は俺にある。つまらない試合で失望させると、せっかく盛り上げたバロンの努力まで無駄になる。
「おい」
俺はオサーンに声を掛け、振り返った顔の前に炎の玉を吹き掛ける。
「ッ⁉︎」
一瞬ハッと飛び退ったオサーンは、俺が大笑いしているのを見て顔色を変えた。むろん俺の得意技にして唯一の特技であるファイアボールだ。威力もサイズも大道芸レベルでしかないが、腕に纏う以外にもお手玉くらいはできるようになったのだ。
使い道などないと思っていたが、意外なところで役に立った。
「ビビッた? ねえビビッた? うひゃひゃひゃひゃ……!」
「くッ、そガキがぁッ!」
打ち下ろしの掌底を見舞ってきたオサーンを、今度は俺がつまんなそうにスカす。一歩動いてリーチの外に出ると、俺は対戦相手に背を向け観客席に肩を竦めた。
「こいつ! デッケー図体して! 俺のファイアボールが、怖いってよ!」
「「「ぶはははははは……!」」」
「地下闘技場の戦奴は、そんなもんかー!」
俺と観客の煽りに、オサーンはブチッと怒りの表情になる。沸点低いな。無気力試合で妨害するプランどうした。
「なんだよ、お前ら戦いに来たのかと思ったけど、違ったのか? あぁん?」
最後のひと押しをしようと、俺は大袈裟に尻を振ってブリブリにシナを作る。
「お花、でも、摘みにきたのかぁ? お嬢ちゃあぁん?」
そういえばワールド・ウェイストランド・レスリング時代、客の盛り上げはド下手なのに対戦者の敵意を煽るのは上手いと言われたことがある。
それも演出ではなく、選手控室での現実で、だが。
「……貴、様……ッ!」
また、やりすぎたな。いきなり空気が変わった。オサーンは本気になったか、腰が落ちてる。姿勢も前屈みで両手を構えてる。ファイティングポーズというよりアマレスの構えっぽい。
うん。こういう単細胞は好きだ。無気力と全力しかないから、わかりやすく御し易い。与し易いかどうかは別の話だが……まあ、どうにかするさ。
俺は笑って手招きすると、アメリカで有名になった牛山さんのキメ台詞を叫ぶ。
「サッサと来い! ひよっこ!」
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