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汗と涙とファイアボール ――異世界レスラー格闘記――  作者: 石和¥


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13/45

vs道場破り

 翌日は少し動けるようになったので、ストレッチで様子を見ながら不調箇所を探り、その後でウェイトで高めの負荷を掛ける。

 二時間ほど汗を流すうちに、心身とも調子が整ってくるのがわかる。鬼コーチにして名トレーナーの祖師谷龍玄さんから言われ続けてきたことだ。怪我や不調はトレーニングで治す。完治するまで休養していたら、それだけ成長のチャンスが遠のく。

 いまの俺の身体には、圧倒的に筋肉量が足りない。身体をデカくするにはタンパク質も取らなくてはいけないんだが、カネのない俺は食堂で出される飯を残さず摂るしかない。美味くはないが量はあり、肉も出る。お代わりもできる。なにより無料で喰えるのがデカい。

 ここは少しでも多く喰って、肉を付けるしかない。背丈も欲しいところだが、こればかりはすぐにはどうにもならん。


「こんなもん、よく喰えるな。クソまみれの犬の死骸みてぇな味だぜ」


 食堂の隅で山盛りの飯を貪っていると、近くにいた戦奴が吐き捨てるように言う。長身だが猫背で細身の中年男。名前は、たしかオロ。前の試合のときも、控室で見たような気がする。

 目の前に置かれた飯は、その言葉通り半分以上が残されている。


「クソも犬も喰ったことがないから、わからん。わかるのは、喰わなきゃ勝てないってことだけだ」

「あ?」


 オロの濁った目が鋭く細められる。

 中年といっても、元いた世界での俺とそう変わらない年齢だ。まがりなりにも王立中央闘技場(ロイヤル・コロシアム)で生き残れているのだから、軽くみる気はない。


「わからんか。これな、美味いとは言わんけど、案外ちゃんとしてるんだよ」

「ふざけんな。これのどこがちゃんとしてんだよ」


 まあ俺も味は、もう少しどうにかならないかと思う。でもスープは具沢山で温かく、量もたっぷりだ。大量の葉野菜と根菜、鳥肉を香草と魚醤らしき調味料で味付けしたもの。雰囲気としては相撲部屋の食事(ちゃんこ)に近い。


「精をつけて、身体を丈夫に、デカくする食材(もん)ばかりだ」

「ホントかよ。こっちの粥なんて家畜の餌だろ?」


 オロが指したのはパンの代わりに出された燕麦粥。いわゆるオートミールだ。お湯で混ぜられただけなので味も素っ気もなく、食感もいまひとつ。燕麦が家畜の餌なのも事実だが、栄養素だけを見れば小麦のパンより遥かに優れている。

 オロに説明したが、半分も理解してもらえなかった。そもそも栄養とは、ってとこからの話になるので無理もない。


「能書きは知らねえが、不味いもんは不味い」

「ああ。それはわかる」


 食材もメニューも、方向は悪くないのだ。戦奴用宿舎の飯がここまで考えられてるのは、誰かちゃんとした人間が栄養管理をしているんだろう。

 だけど食材の鮮度と、たぶん調理が悪い。元いた世界では居酒屋で調理もこなしていた俺としては、ベローズさんあたりと交渉して厨房の改善をしたいところなのだが……いまは残念ながらそれどころではない。

 ただでさえ俺は、あれこれ勝手な真似をしすぎているところなのだ。これ以上なにか聞き入れてもらいたければ、ちゃんと段階を踏まなくては。


「おい!」

「てめぇ! なにやってんだ!」


 食堂の外から、怒鳴り声が聞こえてきた。なにやら揉め事が起きたようだ。

 見慣れないデブと筋肉質の大男が、練習場の真ん中に陣取っていた。周囲に立っている戦奴たちは怒声を上げるだけで手を出そうとはしていない。


「おい、どうした?」


 俺たちが食堂から出てくるのを見て、大男は抱えていたものを放り出す。

 見ると、さっきまで練習場にいた戦奴のひとりだ。ボコボコにされて気を失っている。


「笑えるよなあ〜? 王立中央闘技場の戦奴ってのは、どんだけ強いのかと思ったら。たった二発で動かなくなっちまった」

「そりゃそうだ。ここは、生きてく価値もないゴミを集めて見せ物にする、公開処刑場だからな」

「なるほどな〜? だから、こんなに弱いのか」


 俺の隣で、オロが唸り声を上げる。怒りに満ちた顔でふたりを睨みつけているが、なぜか動こうとはしない。


「なあオロ、あいつらを知ってるのか?」

「いや。でもあの腕の刺青。地下闘技場の出場者だ」


 たしかに、剥き出しになった男たちの腕には、青黒い腕章みたいな模様が入っている。地下闘技場か。そんなものがあるのか。事情は知らんけど、ワクワクする言葉ではある。


「おいおい……わざわざ俺たちが、()()に来たっていうのに、誰も相手してくれねえのか?」

「出てくるわけねえよ。しょせん腰抜け揃いのお嬢ちゃんばかりだからな」


 う〜ん。わからん。

 あいつらが挑発したいのはわかる。強そうなやつを引っ張り出して痛めつけようとしてるのもわかる。

 知りたいのは、それであいつらに何の得があるのか。そして、なんでこのタイミングなのかだ。

 考えたところで答えは出ない。ここはベテランのオロに訊くしかない。


「今日はベローズが、興行の打ち合わせに出ていて不在だ。大した脅威がないと踏んだんだろう」

「うん。そこまではわかる。でも、得られるものもないよね?」

「?」


 俺は男たちに向き直る。いまの話を聞いていたようだ。ニヤニヤした表情もだらけた姿勢も維持したままだが、わずかに身構えるような気配があった。

 最初から探りを入れるのが目的だったのだろう。こんなしょうもない妨害工作に嫌がらせ以上のメリットはない。いまの俺には、カネにもならない茶番に付き合う暇はない。

 双方の利益を考えれば、選択肢はそう多くない。


「なあオロ、ここで何か起きたら、王立中央闘技場(うち)地下闘技場(むこう)の揉め事になるかな?」

「いや。こっちの興業主(オーナー)は公爵閣下だ。()の連中も手は出せん」


 じゃあ、いいか。現場で済むなら、ここで片を付けよう。

 まっすぐ歩み寄った俺を見て、デブが呑気にせせら嗤う。腰も高いし膝も揃ってる。手も両脇に垂らしたまま完全に棒立ちだ。


「なんだァ? ここじゃガキにまで……」


 最後まで言わせず、片膝を取ってテイクダウン。そのまま倒れた相手の身体に乗り上げながら回転する。極めたままの膝からボリゴリッと鈍い音がして、デブは大きく息を呑んだ。


「ぎゃああああああぁッ⁉︎」


 悲鳴を上げて転げ回るデブに背を向け、俺は大男の方に向き直る。

 デブは挑発しただけだが、こいつはウチの選手に手を出したのだ。ケンカではなく、メンツの問題。だとしたら制裁は正面から。腕や足の一本はもらうが、心も折らなくてはいけない。不意打ちを喰らったとか、油断したという言い訳は許さない。


「てめぇ……なんだ、いまのは」

「知らないの? “生きてく価値もないゴミ”が、“見せ物”に使う技だよ?」


 俺は笑顔でホラを吹く。精いっぱい無邪気に、子供のような笑顔で。

 だが残念ながら、大男は挑発に乗ってはくれなかった。となれば、方針転換だ。


「望み通り、相手してやったぞ。()()には、()()で返すのがウチの流儀だ」


 いや、知らんけどな。

 だが今度のハッタリは通じたようで、大男はダルそうなポーズを捨てて臨戦態勢に変わっていた。立ち姿は後ろ足に七割ほど重心を置いた半身。どうやら打撃主体(ストライカー)、それも足技を含む格闘スタイルのようだ。

 だったら寝技や関節技(グラウンド)に持ち込んで……なんて簡単な話ではない。いまの俺は身長165センチで体重60キロそこそこ。対して相手は2メートル前後で100キロは超えてる。元王国騎士団長(シュパングダーレム)ほどではないが、そこそこ締まった身体は堂々のヘビー級だ。そんなもん正攻法で倒せるわけがない。

 かといって、あんまり汚い勝ち方だと王立中央闘技場(うち)の看板に泥を塗る。どうしたもんかな。

 元いた世界で、道場破りの相手をしたのは三回だけ。幸か不幸か、ワールド()ウェイストランド()レスリング()は売名目的の連中には人気がなかったのだ。でも、その経験から学んだことはある。


「まずは(さば)く」


 何がなんだかわからないまま一方的に負けると、腕自慢の連中はなぜか敗戦を納得しないものなのだ。だから好きに動かせて、やりたいようにやらせてやる。


「しッ!」


 踏み込みざま振り出されたパンチは斜めにすくい上げるような軌道で、直後に逆側のパンチが振り下ろされた。

 大振りの二連打を避けた俺は、懐に入ろうとして踏みとどまる。追撃で突き出された膝蹴りを喰らいかけた。その後に踏みつけるような蹴り。いわゆるヤクザキックだ。

 空手の前蹴りを二行程に割ったような攻撃。こういう格闘技があるのか、こいつの個性(ナチュラル)かは不明だが、面白い動きだ。


「デカい口叩いて、逃げるだけか! ああン⁉︎」


 そんな挑発には乗らん。というか、乗れん。体重差は倍ほどあるからな。まずはお手並み拝見だ。

 パンチは軌道の外周側(そと)から叩いて逸らし、キックは(かわ)して重心を乱す(いなす)。闘牛士のように最低限の動きで、相手の勢いをコントロールする。

 自分の意思と違う動きをさせられると、呼吸が乱れて息が上がる。膂力(ちから)任せで稽古が足りない大型選手に、その傾向が強い。


「そこから、少しずつプレッシャーを掛ける」


 膝の内側や顎や肝臓に、コツコツと短く打撃を当てる。あえて倒さずに、“ホラお前は喰らったぞ”と教えてやる。

 体格で劣る相手には、“いまので倒せたんだぞ”という威嚇と脅迫。だが体格で勝る相手には“次は本気で当てるぞ”という挑発になる。まして半分以下の体重しかない子供がそれをやるのだから、大男の顔は見る間にどす黒く紅潮した。


「ふッ、ざけやがって……!」


 踏み出した足にローキック。相手の膝の外側、関節の少し上にある急所をスネで押し込むように蹴る。ローキックというのはモーションが地味で、慣れない相手には警戒心を抱かせない。が、対処の方法を知らないと、これが覿面(てきめん)に効く。

 何度か喰らわせていた蓄積もある。まともに入ったローに、大男はガクッと膝を揺らした。回り込む俺に向き直ろうとするが、身体を泳がせて上手くいかない。膝に力が入らないことに動揺している。

 無事な方の足に軸足入れ替え(スイッチ)するが、動きが急にぎこちなくなった。姿勢が崩れ、重心(こし)が浮いている。

 打撃系格闘技でスタンスは攻守の基礎だ。試合中にそれを替える想定はしない。せいぜいフルコン空手くらいか。


「がああぁッ!」


 大男は無理やり距離を詰めて、強引に極めに来た。フェイントもなしコンビネーションもなしで、力任せに薙ぎ払う大振りのフック。

 そんなもん当たるわけないだろうが。

 頭を下げて懐に入り、無事な方の足を刈る。崩れたバランスは呆気なく崩壊して、巨体は地べたに転がった。


終わり(詰み)だな」


 うつ伏せになった男の背に乗って首に腕を回す。頸動脈を()める裸締め(スリーパーホールド)。多少の体格差があろうが、まともに入れば逃れようもない。俺は耳元で降伏勧告を行う。


「負けを認めるなら、地面を二度叩け」

「……ぐッ、ぐぶッ、ぐ」

「意地を張っていると失神させる(おとす)ぞ」


 言ってはみたものの、俺もわかってはいるのだ。こいつは負けを認めるわけにはいかない。少なくとも、この状況では。なので、


 俺はそのまま、男を締め落とした。


【作者からのお願い】

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お手数ですが、よろしくお願いします。

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