8話目『妹を守る者ほど悲しく愛おしい。』
ただ今、私はとてもとてもトイレに行きたいです。内部に侵入してきた敵を早く追い払いたいところです。
直樹「…急にどーした?そんなリポート、必要か?」
リポートしなきゃいけないぐらい、トイレ行きたい!
直樹「じゃあ、早く行けよ!」
んな事言ったって、まだ前書きの途中でしょうがぁ!
直樹「そのネタは古いんだよっ!とっとと始めれば良いだろ!」
あ、そうか…とはならない!前書きは俺の唯一の愚痴り場所なんだ!
直樹「場合によっては犯罪です。みなさん、ネット内への書き込みは十分に注意してください。」
言っとくがな、犯罪だってバレなきゃ問題じゃないだろ?
注意:今の言動は教育上、不衛生なものとし、このセリフはカットさせていただきます。
兎姫「良いんじゃねぇか?どーせ、犯罪者共は一度、犯罪を犯した時点で、二度と常人としては生きれなくなる。もちろん、罪を悔い改めたとしてもだ!それが犯罪ってもんなんだよ。分かったか?!犯罪は犯した時点で負け犬だ!」
直樹「お、珍しく良い事言った…。兎姫らしくないな。」
兎姫「んだと、クソガキ!」
兎姫が直樹をいじめている間、本文を見ていただきましょう。どうぞ!
火曜日の放課後。兎姫、海美、直樹、響は救世部の部室内でのんびりと過ごしていた。そんな時、一人の依頼人がやって来た。
「頼み事があるんだ。ちょっと良いかい?」
一人の男子学生だ。身長は平均的。少しクセのかかったウェーブの髪を持つ、自然の様な生徒だ。
「ノックしろよ。敵と勘違いすんだろうが。」
兎姫はソファーに寝転がりながら言った。
「珍しい!兎姫が攻撃を仕掛けなかった。」
直樹は机から顔を上げ、そう言った。
「うっせぇ、打っちゃうぞ。」
依頼人は机の近くの椅子に座った。
「初めまして皆さん。僕はフロル。今日、君達に一つの頼み事があります。」
「初めまして、フロル。私は海美。その内容とは何でしょうか?」
フロルは困った表情で話し始めた。
フロルには妹がいた。まだ低学年の小さな女の子。
二年前、フロルと妹は二人で川釣りへ行った、山奥の上流まで。二人は釣りに夢中になり、日が暮れている事に気付かなかった。気づいた頃には日は暮れ落ち、山奥を闇が包み込んでいた。二人は必死になって山を下りていったが、結局、下山できず。二人は動けなくなった。
「おっお兄ちゃん…こっ怖いよぉ…。」
妹は恐怖で泣き出してしまった。
「泣くな、お兄ちゃんがついてる。ほらぁ、乗れよ。」
フロルは妹を背負って歩き出した。
「ぐすっぐすっ…ねぇねぇ、ほんとに戻れるの?」
「心配すんなよ。イザとなればお兄ちゃんがま―――」
その時、フロルは地面に生えていた根っこに足を躓かせ、倒れた!その倒れた先は崖!二人はその崖に落ちていった!暗闇だから見えなかったのだろう。
「わぁぁぁぁ!」
二人は転がって地面に激突した!フロルは背中を強打して立てなかった。
「…こっ、こは…どこだ?」
崖下の森。依然として変わらず真っ暗闇。なので、妹がどこにいるか分からない。フロルは最後の力を振り絞って妹の名前を叫んだ。しかし、帰ってくるのは静寂のみ。
「くそっくそっくそっ!…僕のせいだ…。」
フロルは足を引きずりながらも、森を彷徨って妹を必死に探した。しかし、ちっとも見つからない。だが、運良く道路を見つけた。しかし、まだ妹が見つからなかった。フロルはそんな所で力尽きて倒れてしまった。そこを運良く通ってきた車に助けられた。
「そんな訳なんだ。気が付くと、そこは病院で…妹は見つからなかった。身勝手な僕のせいなんだ…。」
フロルは俯き言った。
「…そんな、まだ幼いのに…そんな事…。」
海美は号泣していた。普段は見せないような悲しい顔をしていた。
「分かったよ、フロルさん。絶対に見つけましょう!妹さんを一番大事に思ってる、あなたの気持ちは良く分かりました!ですから―――」
「じゃねぇだろ、海美。フロルの気持ちを理解できんのはフロルだけだ。あいつのみが苦しまなければならない。フロル自身が引いた引き金だ。だが、放った弾丸を取り戻す手助け程度だったらなぁ、俺らでも務まるんじゃねぇか?」
「兎姫さん!それってぇ!」
「ああ、引き受ける。」
「今日の兎姫はヤケに優しいな。」
と、直樹は呟く。
直樹の言葉を無視し、兎姫はソファーから立ち上がってフロルの前に立った。
「フロル、妹思いの良い兄だな。確かにお前は身勝手だ、身勝手のクソガキだ。だが、良いもんを持ってんじゃねぇか。それを決して忘れんな。妹が見つかるかどうかは知ったこっちゃねぇ。もう死んでるかもしれねぇ。」
フロルの表情がより暗くなる。
「…先入観を捨てろ。直感に従え。そこにお前の求める答えがあるはずだ。」
「…何か変なもん食ったか、兎姫?」
直樹は物珍しそうに見つめて言った。
「バーロー、んな訳ねぇだろうが。俺は至って普通だ。」
兎姫はフロルに向き直った。
「まぁ、その内容からするとだ…今日は実行できそうにねぇ。土日になるが、良いか?」
フロルは頷く。
「じゃあ決まりだな。」
救世部の土日の予定が決まった。フロルの妹捜索だ。当然ながら、二年間も迷子ならば見つけるのは容易じゃない。それを分かってての話だ。
その日、もう一人の依頼者がやって来た。女子学生一人だ。フロルはまだ、部室内に残っていた。
「あ、また誰か来た。…依頼は何でしょうか?」
海美の質問に女子学生は答えた。
「あの、私は楓(かえで)。妹の事なんだけど…。」
「また妹かよ。今日はそう言う日なのか?」
直樹は呆れ顔で言った。
「まぁまぁ、そう言わずに。…ところで、その要件とは何ですか?」
「その、最近、妹の様子がおかしくて…。」
直樹が気づく。
「あれぇ?それって何か聞いた事あるぞ。大丈夫か?」
「妹の様子がおかしいとは具体的にどんな?」
楓は答える。
「私も具体的には良く分からないのですが、家にいての事なんです。妹は昔から引っ込み思案で、家の中でも部屋にこもり気味で…部屋の中で何してるかは知らないんです。…上手く説明できないんだけど…こう、性格が変わったというか何と言うか…。」
「ふむふむ、なるほど。つまり、そんな妹さんの様子を偵察して欲しいって事ですね。」
「えーっとー…そうじゃなくて。…妹がいつも、悲しそうな表情で帰ってくるのが、苦しくって…何の役にも立たない私じゃ、妹を慰められない。一人で苦しんでる妹の悩みを解決できない姉なんて…。もう自分の生きてる意味も分からなくなって…それで、無力な自分はここに来た訳です。つまり、妹を慰めて欲しいんです。」
またしても、海美は号泣していた。今日はいつもより泣き易い海美。
「…そんな悲しい事…楓さん、誰だって生きてる意味があるんですよ。…ましてや、姉のあなたがいなければ妹さんは生きてられない。あなたがいる事で妹さんはいられるんです。」
「ちげぇよ、海美。引っ込み思案には二種類の人間がいる。エリート脳の持ち主、または、寂しがり屋だろう。その二つに共通するものは自分を認めてくれる存在だ。故に、その存在に恵まれるまではほとんどの人を拒絶する。だから、残酷なことを言うようだが、姉なんていなくても生きてはいられる。…だが、楓。お前、自分が無力だとか、役に立たないとか言ってるよな。お前…思い上がってんじゃねぇ!」
兎姫はマジギレで叫んだ。
「お前はなぁ!ただ自分を貶し(けなし)、底辺に置くことで、『自分は力のない人間ですよ』とアピールし、他人を同情させたいだけだろうが!そんなんで同士ができるとでも思ってんのか?!悲劇のヒロインぶってんじゃねぇよ!」
兎姫の叱咤が部屋に響いた。
楓は俯き、涙を零した。そんな楓の近くに兎姫は座り込んだ。椅子ではなく床に。
「まぁー、泣くんじゃねぇ。大声出してゴメンな。今言ったことは全て本心だが、それは一理だ。お前が悪いとは言ってねぇ。ただ、そんなに悩んでんのに、何で今頃、俺らに頼みに来た?」
楓は震えた声で答える。
「その…わっ私、最初は自力で…何とかしようと。…自分の妹だから、誰にも手を借りずに、一人で解決できれば…何て思ってて…。だけど、妹は私になんか見向きもしなくて…。それで…どうしようもなく…友達にも相談…したけど相手にされず…自分で自分のしてる事の意味が分かんなくなって、それで―――」
「何でだ?!そんなに苦しんでんなら、俺らに最初から頼めよ!赤の他人だけど、俺らはそんなお前を友達みてぇに見捨てたりなんかしねぇ!助けんのが俺らの役目だ!困って悩み苦しむ人がいるのに、見捨てられるわけねぇだろ!お前が思うほど、この世の中の人間は残酷じゃねぇ。お前が一人で悲しいなら、俺らがいつでも付いてやる。妹もお前と同じ、一人で悩み苦しんでんだよ。そんな妹をお前、一人にはしねぇだろ?」
「…うん…だけど―――」
「だけどもクソもあるかぁ!言ってる意味、分かんねぇのか?!」
兎姫は楓の服の襟を掴み言った。
「俺は!悲しみ悩む依頼人のためだったら死んでも構わねぇって言ってんだよ!」
楓は号泣し、泣き崩れた。
「兎姫さん…それって…。」
「…本心だ。」
直樹は感動して眺めていた。
「兎姫、お前どうしたんだ?まるで別人だな。」
この時、ゲームをしていた響は思った。
(楓がここに来れなかったのって、兎姫が怖いからじゃね?)
フロルが泣き崩れている楓に近づいた。
「楓さん?実は僕も、妹の事で依頼しに来た者なんだけど…君が羨ましい。…妹が君を無視する。それって、君の事を思ってくれてるんじゃないの?…妹が姉を無視するのは…恥ずかしいからさ。…羨ましいな、僕は自分で妹を…。」
楓は反応し、涙目の顔を上げた。
「楓さん、私達救世部が君の悩みを解決します。安心して我々に任せてください。きっと、妹さんを復帰させますから。」
「決まりだな。」
今日の依頼内容が決まった。楓の妹を慰め、復帰させる事。複雑で最も難しい内容だ。人の心意気を変える事は一筋縄ではいかない。長引く可能性も考慮しての依頼。解決できるか?
「って事だ。夜間の部活動の了承を得たくてな。良いでしょ、氷見ちゃん?」
「WARNING、了承は良いとして、近頃は不審人物が辺りを彷徨いている情報が回ってきてます。兎姫、また何かやらかしたのでは?」
兎姫は苦笑い。
「はぁ~、裏社会に首を突っ込むのは注意しないけど…、」
「しないんかい!」
「けど、闇に浸かるまで追う必要はないのよ。」
兎姫は首をかしげた。
「…兎姫、気を付けなさい。今まで兎姫が戦ってきた相手とは比じゃない。そんな奴らが多々いる訳。危険になったらではなく、その前に帰ってね。」
「ああ!分かってる!だが、今回は俺だけじゃない!進化してんだぜ。」
兎姫は氷見に夜間の部活動の了承を得た。今回の依頼はそれだけ長くなる。
救世部は依頼人の楓と客のフロルを連れ、目的の家にやって来た。時間帯は夕方。空が赤く染まった頃。
兎姫はその家の2階を眺めながら、
「今回はただの依頼と信じてるが、まさかな…。」
「何が言いてぇんだ?意味深だぜ。」
響の応答に、
「さぁな。」
曖昧に答えた。
「兎姫さん!私を必要とするなんてぇ~!ただ事じゃないんだね~!」
暁理が兎姫に飛びついた!それを兎姫が殴って地面に落とした。
「いちいち、俺に飛び込むな、気持ち悪い。」
暁理。この前、救世部に演劇出演して欲しいと依頼しに来た演劇部の生徒。
「そんな事言わずにさぁ~。」
「俺は同性愛者じゃねぇんだよ。」
「別にそんな事思ってないよ!友達としてだからぁ~。」
楓は家のドアを開けた。それに続き、他の数人も家の中へ。
「ここが楓さんの家…やっぱり、思った通りの綺麗な家ですね。」
「…まぁ、掃除は欠かせずやってますし。…妹の部屋は2階の寝室です。」
楓と一緒に皆は階段を上って2階寝室前の廊下にやって来た。
「妹の部屋は私も入った事がないんです。どうなるかは分からないんですが…。」
「うーん、どうしますか、兎姫さん?」
兎姫は答えず。
「兎姫さん?あれ、いない?」
兎姫がいつの間にかいなくなっていた。
「おいおい、大丈夫かよ。あいつを野放しにしたらヤバイだろ。」
直樹はそう言った。
「おいっ!聞こえてんのか?!」
どこからか、兎姫の声が!
「兎姫さん?どこに…。」
楓は驚き叫んだ。
「妹の寝室からです!」
兎姫の声は寝室から響いている!なぜ、兎姫が寝室にいるのか?
数分前、皆が家に入る時、一人だけ裏口に回っていた。兎姫はこの家を観察した時、こう考えた。
(引っ込み思案が部屋の扉を開けてくれるか?無理だとしたら、残りは一つ。ベランダからだ!この家のベランダの近くには木が一本生えてるしな。そこから侵入した方が良さそうだな。)
こうして、兎姫は木を上って、ベランダに飛び移ったのだ!今、ベランダに立っている。が、室内へは入れない。窓にロックがかかってる。
寝室内には一人の少女が座っていた。暗い表情でこちらを見ている。
「なぁ、俺の話を聞いてくれ!俺は昔から、友達が虐められていると助けるタイプの人間だった。だが、その喧嘩の強さ故に、俺に話しかける生徒はいなくなった。友達も喧嘩している俺に怯え、遠ざけるようになった。それから、俺は友達なんかを大事に思うことはなくなった。ただ、力に飢え、暴力に暴力を重ねて自分を落ち着かせる事しか考えてなかった。そんなある時、俺は一人の人物と喧嘩をしたんだ。そいつは俺より小柄な男子。俺はいつもどおりに、そいつをぶちのめした。だが、その男子はもう動けないはずなのに、何度も俺に歯向かってきた。体がズタボロになりながら、それでも自我を保って俺に向かってくる。そんな奴を俺は平然と叩き落とした。そんな事を繰り返して、先に俺が諦めた。その男子に訊いたんだ。『どうしてお前は俺に突っ込んでくる?そんな事して、何になるんだ?』とな。…で、こう返ってきた。『お前も同じだ。何か目的があるから人は動く。そのためだったら何でもやってやる。』って。…お前、何が目的なんだ?」
少女は反応し、立ち上がって窓際にやって来た。
「…あなたも同じ…私も同じ…。でも、違う。」
「違う?…それは正義とか悪とか、そう言う類でか?」
少女は軽く頷く。
「私は…私の信頼できる…そんな人物を探すために生きてる。あなたは、うさ晴らしの暴力。」
兎姫は俯き言った。
「ああ、確かにな。あの時の俺は完全に悪だった。」
「今も悪。人の家に侵入してきた時点で…。また同じ事を繰り返すの?」
兎姫は少女を見つめた。
「繰り返さねぇ…何があっても…。俺はもう!信頼できる人間ができた!心を許し合える友達ができた!一緒にバカしてられる友達ができた!俺はもう!一人じゃねぇ!お前は信頼できる人間を探してるって言ったな。俺じゃ駄目なのか?俺なんか赤の他人じゃ、駄目なのか?」
少女は頷く。
「何でだよ!俺は確かに、お前のことなんか、一ミリ足りとも知らねぇよ。だけどな!お前の気持ちぐらいは理解してやる!だって、お前は俺と同じだから!」
少女は首を振る。
「違う…私はそんな…暴力なんかしない…。」
「孤独だった俺と同じと言ってんだよっ!引っ込み思案なオメェを誰が仲間としている。いねぇだろ!オメェは独りだ!そしてこれからも!」
少女は窓ガラスを叩いた。
「違う!私は―――」
「違くねぇ!今のお前に信頼できる人間がいない限りは!お前は一生、独りで悲しく生きていくんだ!」
少女はデスクにあった辞書を窓ガラスに投げ飛ばした!窓ガラスは粉々に散った!兎姫はその辞書を避けず、顔面に激突した!
「いってぇ!」
「私は違うっ!違うっ!違うっ!」
少女はデスクに置いてある物品を全て払い落とした。地面にゴトゴトと落ちていった。
兎姫は部屋に土足で踏み入る。進んでくる兎姫に、少女は怯えて部屋の角に丸まった。そんな少女の前で、兎姫は座り込んだ。
「…ああ、確かにお前は違う。俺と同じで…でも違う。だってお前、今、心の壁を割ったもんな。ありがとな、俺をお前の部屋に入れてくれて。心の壁を破ったお前はもう、独りなんかじゃねぇ。もし、お前の信頼できる人物がいねぇなら、俺がいつでもなってやる。気に食わなくても、俺がお前の友達になってやる。」
少女は首を振る。
「良いから俺について来いよ。楽しいぜ、俺らは今。これから先に佇む見えない何かを追い続けることがさ。…くせぇな、セリフが…。スマン、俺にもっと語彙力があれば、お前を納得させられたのにな。」
兎姫は少女の頭を撫でた。そして立ち上がり、ベランダに向かった。
「ちょっと待って!」
少女の声に止まる兎姫。
「何だ?」
少女は涙目で言った。
「何で…そこまでして…私なんかを…。」
兎姫は薄く笑った。
「そんな事か。俺が人を助けるのが好きだからだ。いや、自己満足してぇのかもな。じゃあ。」
兎姫が帰ろうとした。しかし、少女はその手を掴んで止めた。
「何だよ、お前はもう大丈夫だろ?」
「…私のためなら、その…傷も平気だって言うの?」
兎姫は苦い顔になった。実は少女の投げた辞書が顔面に当たったせいで、鼻血が垂れていた。それと、部屋に入る時、腕と足をガラス片で切りつけてしまい、四肢から血が流れていた。
「…う~ん、まぁ、いてぇけど…お前の方が痛かっただろ?独りは傷より苦しいからよ。」
兎姫はベランダの柵に足をかけ、木に飛び移ろうとしたが、その足を止めた。
「そうだった…お前、まだ名前…訊いてなかったな。俺は兎姫。お前は?」
少女は小声で、
「私…雪…。」
「雪か。覚えとくぜ、じゃあな。」
兎姫はジャンプし、木に飛び乗った。
寝室前の廊下では、皆が黙ったまま、立ち尽くしていた。兎姫の話が全て聞こえていた。
「兎姫さん、流石です…。」
「雪…そんな事を思ってたなんて…。」
「…まぁ…ここにいるのもあれだ、兎姫を迎えに行こうぜ。」
直樹は階段を下り始めた。皆、直樹に続いて外に出た。外では血だらけの兎姫が立っていた。
「テメェら!おせぇじゃねぇか!何してんたんだよ?!」
「兎姫さん?!大丈夫なんですか?!」
「ん?ああ、これ?ただの出血だ。ほっておけ。」
「兎姫さん、ところで私、呼んだ意味、あるの?」
暁理はそう訊いた。
「…ああ、まだ終わらなそうだしな。」
その言葉に、みんなは首をかしげていた。
帰り道、依頼人の楓はそのまま帰宅し、残った救世部と暁理、それとフロルは暗い夜道を帰っていた。数十メーターにつき、一本ずつ配置される電灯の青白い光が歩道を照らす。不気味な夜道だった。
「もうこんな時間に…兎姫さん、こんな遅くで大丈夫なんですか?」
海美は心配そうに訊く。
「んー?…良いんだよ、氷見ちゃんには了承を得たんだしな…。」
兎姫の脳内に氷見の言葉が響いた。
『WARNING、了承は良いとして、近頃は不審人物が辺りを彷徨いている情報が回ってきてます。』
不審者?はっ…そんなもん、俺が打ちのめす。
『…兎姫、気を付けなさい。今まで兎姫が戦ってきた相手とは比じゃない。そんな奴らが多々いる訳。危険になったらではなく、その前に帰ってね。』
比じゃない?だが、そんな不審者が多々いるって事はだ…そう言う組が動き出してる訳か。怪しいな、何か裏に巨影が蠢いている。裏社会か…。
「それにしても奇妙だよね。」
フロルはそう呟く。
「何がですか?」
「監視カメラ、全てが作動してない事ってあるのかい?」
それを聞いた皆が驚いた。
「おいっ、フロル!お前、監視カメラなんて気づいたのか?!」
直樹は訊く。
「うん、そうだけど、何か?ここの電灯やら家の外やらに付いてる監視カメラ全てが起動してない。停電だったら電灯は消えてしまう。だから、何者かが全ての監視カメラを停止させた。そうとしか考えられない。」
兎姫は考え込んだ。しばらくして、兎姫は急にオールを構えた。
「どこぞの組かは知らねぇけど、邪魔でもしたいのか?尾行者、いや、ストーカー!電柱になんか隠れてねぇで出てこいよ!」
その時、背後の電柱から一人の男が現れた。灰色のジャージ姿の男はこちらに近づいてきた。
「良く分かったなぁ、なーんて、在り来りなセリフを吐くつもりなし。まぁ、5点はあげようか。」
兎姫はオールを構えたまま、男を睨みつけた。
「テメェ…最近、噂の徘徊者の一人か?それともただの変態か?」
「かっかっかっ!さぁな。俺には答える義務はない。だが、邪魔する気もないさ。」
「じゃあ、偵察で俺らをマークしてたか?」
「んー…まぁ違くはないが、惜しいな。15点。」
海美は兎姫に呟く。
「兎姫さん、ここは逃げましょうよ。相手は戦う意思がないらしいし。」
「駄目だ。こいつら、坂田政治界家の人員かもしれない。だとしたら、俺らの命はねぇのと等しい。」
海美の表情が真っ青になった。
暁理は兎姫に訊いた。
「兎姫さん、坂田政治界家って~なぁ~にぃ?」
「…ああ、坂田政治界家。俺らが生まれる前の話だ。」
『世の中の整理と純化』を目的とした企業だったが、裏ではまったくもって違う。麻薬取引、軍事武器作成、密輸、この世の凡ゆる悪事に関わる企業だ。全ては金と権力のため。そのためだったら、平気で殺人も犯すような奴らだ。邪魔する奴、厄介な奴、都合に合わない奴などがいれば即刻殺される。ただ、最終的な目的は未だに分からない。でも、一つ言える事。それは、この企業に関わってしまったら最期、二度と同じ暮らしには戻れなくなる。
「そんな企業だ。それが坂田政治界家だ。人類史上最大最悪のクソゴミカス野郎共、平気で人殺しをし、無駄に権力と金を手に入れる。この世の底辺にも位置できねぇ程のクズ野郎だ!いや、クズに可哀想な程だ!テメェらは地獄の最底辺でやっと収まる程の最底辺のクズだ!」
男は笑っている。
「かかかかかっ!良い響きだ、負け犬の遠吠えとやらは。まぁ、残念ながら、的外れ。25点減点。」
その時、響が大爆笑し始めた!
「ははははははっ!ぶはははは!だっ駄目だ!もう我慢できねぇ!マジ笑えっばははは!」
「響さん?どうしたんですか?」
響は笑いが収まってから話した。
「ふぅ~…いやな、あいつ、俺の知り合いだ。」
「えぇぇぇぇぇっ!」
海美は当然の大仰天。
「わりぃな、ちょっとだけ黙ってただけだ。面白そうだったからな。」
「響ぃ!テメェ、帰ったら覚えてろよ!」
「まぁ!まぁ待てよ!そんな事言わずに!こいつは使える奴だぜ。警官だからな。」
「けっ警官だとぉ?」
男は前に出て、
「かかかかっ!騙してスマンな。俺は慶助(けいすけ)だ。こう見えても警官でな。最初は夜間見回りをしてたんだが、まさか響の奴がこんな所で歩いてるとは思わなくてな。それで尾行してたんだ。勘違いさせて悪かったな。」
「何だよ、俺の考え過ぎかよ!…まぁ、響の言う通り、こいつは使える。警官がいるんだったら、あっちは何もできないはずだ。」
その言葉通り、誰も何もしてはこなかった。いや、してこない方が普通なのだが。
それで、妹の雪はどうなったのか?それは秘密。
そうそう、今日の兎姫がなぜ、あんなに優しかったのか?実は、兎姫にも小学生の妹がいたんだ。だが、数年前…ある事故で、妹は行方不明に。多分、死んだのだろう。ある事故と言うのは、フェリー沈没の事だ。その沈没に巻き込まれた兎姫達。兎姫はギリで脱出したが、妹は遅かった。太平洋の海にフェリーごと沈んでいった。それから、兎姫は妹の事をより大事に考えるようになった。それが、兎姫が今回、優しかった理由だろう。兎姫がグレ始めたのも、丁度こんな頃だろう。
人は誰でも、悲しき過去を持ち合わせている。それが、いくら明るく振る舞う女子生徒や、バカみたいにふざけ合ってる男子生徒でも。その過去への後悔は二度と洗い流す事はできない、シミのようにこびり付いた呪い。その呪いは時に、人の全てを変えてしまうことも。だから、人は皆、悔い改め、そして明日へと前向きに歩き出す。そう、いくらネガティブな人だとしても、生きてる事がその証。だからこそ、我々人類は命と言うものを大事に扱い、そして綺麗に散らしていかなければならない。そう、人は生と言う名の牢獄に縛られているのだ。その牢獄で、人は自分の領域を知り、どこまで自己を昇華させられるのか。
次回、第9話…『命の尊さを知れ。』